3-12「リーベン・ソロー」
「どういうつもりだこれはぁ!?」
怒号が轟いた。怒りを露わにするのはコンラッド・デイブス。リリディア神聖国のル・ロイザ攻略における司令官だ。
彼は今、眼前で飄々と突っ立つ男を心底軽蔑するような目を向けていた。
その男、リーベン・ソローは左腕で少女を抱え込んでいた。少女は気絶している様子でグッタリと力なくリーベンに寄りかかっていた。
初めて見るその少女が誰かなど、コンラッドは考えるまでもなく察していた。
「随分な言い様だなぁ? こっちはてめぇらが勝てるように動いてやったんだぜ?」
「私がいつそんな命令を下した!?」
コンラッドがリーベンに与えた指示は、屋敷に侵入したリリディア兵と合流し屋敷を占領、もしくはリックドラック・サンディルムを隠し通路を通して呼び込む事だった。
とはいえ、占領するには戦力が足りない事は分かり切っていた。上手く隙を突けたなら儲けもの程度の期待であり、本命はリックドラックを誘き寄せる事にあった。
リックドラックが隠し通路に侵入したところで潜ませた伏兵が屋敷側の出入口を封鎖し、この約二千の兵が集うリリディアの陣地にて迎え撃つつもりでいた。
いわば五年前の意趣返し。逃走を許し、完勝を逃した過去を払拭すべく前回と変わらぬ舞台を再び用意する腹積もりだったのだ。
だが、そこに余計な茶々を入れてきたのがリーベンだった。
「現場判断だよ。アンタの目的はリックドラック・ガドルックを倒す事だろ?
その為に俺も一肌脱いでやったんだよ」
「余計な真似を……」
己が作戦を汚された事に腹を立てながらも、コンラッドはリーベンの発言の意図を探る。
今のリックドラックはサンディルム卿を名乗っている。にも関わらずリーベンは旧姓を口にした。
それが意味する所を察し、リーベンの事を鼻で笑う。
「あぁ……そうか。貴様の目的が分かったぞ。殊勝な言葉で誤魔化そうとその実、貴様自身の利益しか考えておらんのだろう」
問い詰められたリーベンは、さも愉しそうに大声で笑いだした。
「フッ……ハッハッハ! あぁ、そうだな。その通りだよ。俺の為さ。
だが、アンタを裏切る気はねぇよ。分かるだろ?」
「ふん。十分に裏切られておるわ。その分の責任は取ってもらう。いいな」
コンラッドは不快感を隠さない。しかして、リーベンがこれから何をするつもりなのか察してもいた。故に、リーベンを止める事はない。
そうなることをリーベンも理解していた。
「あぁ。アンタの望みはキッチリ叶えてやるよ」
愉悦の表情を浮かべるリーベンだったが、その空気を壊すように一人の兵士が駆けこんできた。
「ほ、報告! ル・ロイザ南門の城壁より降り立つ影あり!」
叫ぶように報告を述べる兵士の言葉を受け、周囲に陣取る兵士たちが浮足立つ。
一方でコンラッドは南門を眺めながら、首を捻った。
南門が開かれる様子はない。街の守備を優先しているままなのは明白だ。
その上で、犠牲を厭わず攻めてくるつもりだというのだろうか。だとしたら、せめて見つからないよう遠回りしてくるのが定石だ。それに無数の兵を城壁から降ろすのでは時間がかかりすぎる。これでは狙い撃ってくれと言っているようなものだ。
わざわざリリディア側の視界に入る南門の城壁から降りてくる意図はなにか。
「城壁からだと? 数は?」
「そ、それが……二人です。こちらに向かってきます」
「二人!? バカを言うな!」
「ですが……見間違えるはずがありません!」
予想を遥かに下回る数に、リーベンが怒鳴る。たった二人とはどう考えても戦いに来た人数ではない。ふざけていると思ったのも無理はなかった。
一方で、コンラッドは静かに状況を見守っていた。降伏するつもりならば、もっと堂々と出向いてくるはず。つまり、命乞いに来たわけではないと分かる。では何が目的なのか、コンラッドにはその答えが見出せずにいた。
「リックドラックと……もう一人は、噂の竜人か?」
「リックドラックは間違いありませんが、もう一人は……情報とは一致しますが……」
兵士は曖昧に言葉を濁す。直接顔を見た事があるわけではないので断定はできないのだろうと、コンラッドは納得した。
「なら間違いあるまい。バカがそう多くいてたまるか」
相手がリックドラックと竜人であれば、降伏どうこうではなく真っ向から挑んできたと考えるのが自然だった。もちろん、伏兵の類は警戒必須だ。コンラッドは手近の部下にル・ロイザの城壁や周囲の監視を命ずる。
領主自ら囮となり、兵士を裏から移動させて奇襲をかけてくる可能性を考えたのだ。
それから数分。
ゆっくりと歩いてくる二つの影を、二千の兵士で囲う形で迎え入れる。絶対に逃がさないよう退路を断ち、確実に決着をつけるためだ。
いきなり攻勢に出たりはしない。まずは相手の出方を伺うのが肝要だった。
「リーベン!!」
声の届く範囲にまで距離が縮まったと同時に、耳を劈く怒声が響いた。
何人かの兵士は思わず顔をしかめているが、コンラッドは眉一つ動かさず、名を呼ばれたリーベンに至ってはむしろ楽しそうに笑っていた。先ほどまでは詰まらなさそうにしていたが、その怒声に含まれた衰えぬ覇気を感じた事を喜んでいるのだろうと、コンラッドは察する。
リーベンの様子を見ながらも、コンラッドはリックドラックに視線を釘付けにしていた。
彼の者が五年間待ちわびた仇敵だから、というのも大きな理由だが、何よりコンラッドの興味を引いたのはその腕だ。
五年前、両断し奪い取ったはずの右腕が、存在してる事実にコンラッドの目は引き付けられていた。
それが本物の腕ではなく、鉄で出来た偽物であると理解するまでに暫しの時間を要した。
何故なら、リックドラックが歩く所作に一切の不自然さがなかったからだ。ごく自然に、人が歩くように腕が動く。それは材質こそ違えど、間違いなく血の通った腕と思われた。
「よぉ、大将。たった二人とはどういうつもりだぁ? まさか命乞いなんてつまらねぇ事しねぇよな?」
「そんな事はどうでもいい! ミリーを返せ!」
「まぁ、そうだよな。今のアンタならそういうよな。だがよ、まさか素直に返すなんて思ってねぇよなぁ!?」
リーベンが戦いたくてウズウズしているのが、誰の目にも明らかだった。
それに対し、コンラッドは心底邪魔そうにリーベンを抑える。
リーベンの期待もリックドラックに対してなら、コンラッドもまたリックドラックとの邂逅に期待を寄せていたのだから。
「……その辺にしておけ。久しいな、リックドラック。またこうして相見えた事を嬉しく思うよ。
少々、想定と異なる流れになったのは残念だがね」
コンラッドはリーベンが抱えるミリーへと目線を向ける。それだけでリックドラックには意図が通じたようだった。
「コンラッド……そうか、元部下が迷惑をかけたようだな。五年をかけたにしては随分卑しい作戦だと思ったが、納得したよ」
コンラッドは非難の声も甘んじて受け入れる。自身が命じた事ではないとはいえ、今の状況が全てだ。互いに部下を御しきれなかった点をなじり合うのも致し方無いと言えよう。
一しきり笑い合い、コンラッドは改めてリックドラックを注視する。
五年前の記憶と比べても遜色はないように、コンラッドの瞳には映っていた。
「理解してくれて助かる。私は貴様と、あの時のやり直しをしたかっただけだ。
我が策を上回る圧倒的フィジカル……貴様のバカげたやり方を今度こそ否定してやるためにな」
その為に、五年もの月日をかけてこの舞台を用意した。二千対千という数字は五年前に比べれば小規模といえるが、比率的にはそう変わらない。
今度こそ戦略と数で、最強と謳われた強さを叩き伏せる為に。
「お前の本命はやはりここ……いや、俺だったわけだな。随分と回りくどい事をしてくれたもんだ。
だが、お陰で無駄な被害を増やさずに済みそうだ。それだけは感謝してやるよ」
リックドラックは皮肉ではなく、素直な感謝を示した。ここで決着がつくのであれば、ランテに差し向けた一万のリリディア兵も七千五百のアルディス兵も無事に終わる可能性が出てくる。実際、コンラッドはリックドラックの言葉通り、ランテに向けた兵士には状況を見守るように伝えてあった。
全てはこのル・ロイザでの決着を優先する為に。
互いに大将首さえ取る事こそ勝利だと、信じあったが故に作られた舞台だった。
「おいおい! そっちで楽しそうにしてるんじゃねぇよ! 殺し合うのは俺だろ!?
なぁ、その腕はなんだよ? 動かせるのか? そんなものがあるならよぉ! もっと早く教えろよっ!!」
コンラッドとリックドラックの対話を阻むように、リーベンが間に入ってくる。ミリーを盾に、リックドラックを挑発しながら。
それに対し、アルディス竜帝国側もリックドラックではない方が前に出てきた。噂の竜人、サクラだ。
「落ち着け。あれが出来たのはつい先日の事よ。まだテストもしておらん。
もっとも、そんなものは不要かもしれんがの」
「そうか、てめぇかぁ。いい仕事してくれたのはよぉ。感謝してやるぜ!」
会話から、リックドラックの右腕を製造したのがサクラだと察せられる。
その事実にリーベンは狂喜していたが、コンラッドもまた内心で笑っていた。五年前を再現するには、仇敵もまた万全であるべきだったからだ。
「感謝を示したいなら娘を返せ。貴様の言葉は胸に響かん」
サクラは涼やかな視線でリーベンに命じる。心底侮蔑しているのが如実に理解できた。
だが、リーベンはそんな視線は意に介さない。
「ハハハッ! バカかよ! せっかく大将がやる気になってんだぜ? そんな勿体ない事できるかよぉ!」
「ま、そこで素直に返すわけはないか。問答はもう無用だの。あちらのご用命通り、主から行くか?」
言葉を知らぬ獣を前にしているかのように、サクラはすんなりと対話を諦めたようにリックドラックに確認を促していた。
ただでさえ二千の兵隊を前にたった二人で対峙しているというのに、更に順番を決めようとしているようにしか見えない光景は、あまりに状況にそぐわなかった。
しかし、当の本人たちは気にした様子なく話を続ける。
「いや、レディファーストだ。俺は後でいい」
「分かった。露払いは我に任せるがいい」
話が纏まったのか、サクラが一歩前に進み出た。
本気でたった一人で先鋒を務めるつもりのようだ。
リックドラックが後方に下がった形になり、リーベンは怒りに顔を歪ませた。
「……あぁ? その腕は飾りか?」
「秘蔵の品を見せびらかすのは、少々品性に欠ける行為と言えるでの」
サクラは自身にあてられた感情などどこ吹く風といった様子で、飄々と髪をいじくる。
「それに外野が煩くてはお披露目する気にもなれん。少し静かになってもらわぬとな」
「そういえば竜人を名乗っていたなぁ。どこまでやれるか見せてみろよ!!」
「残念だが、その方向での活躍は期待されても困る。我に出来るのはこういう……姑息な真似での!」
突如、サクラは何かを掲げたかと思うと、サクラを中心に結界が展開された。
それは誰もが見覚えのあるもの。特別なものではない魔道具の力だった。
「あ? 盗聴防止の結界?」
魔力と声を通さない、それなりの地位にあるものであれば一つは持っているであろう凡百の魔道具。
その結界の中で、サクラは分かりやすいようにゆっくりと口を動かしていた。
『ぼやぼやしていてよいのかの?』
その口の動きをリーベンが理解するのとほぼ同時、二筋の閃光が走った――




