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1-3「魔竜と竜人」

「覚えておくがいい! 我が名はサクラ! サクラ・ライゼンなり! はーっはっはっはっは!」


 ――記憶を取り戻した。

 それは自分……サクラにとって、極めて重大な事実だった。

 記憶。

 そう、自分は以前、佐倉頼善という日本人だった。

 人からは奇才と呼ばれ、自身はせいぜい秀才止まりだと自負していた科学者の男。

 そして、夢を叶えられなかった男の名だ。


「サクラさん……確認するが、君は村を襲ったか?」


 一しきり笑いあげた後、目の前の冒険者が恐る恐るといった様子で訊ねてきた。

 前世の記憶を取り戻したとはいえ、今世の記憶も残っている。当然、そこに無い記憶は思い出せない。

 首を振って答えを示す。


「いいや? 何の話か分からないが、それが我を狙った理由というわけか?」


 僅かな会話ではあるが、推測するには十分な材料。身に覚えのない奇襲は、誰かの罪をなすりつけられたせいかと納得する。


「やはり、別人……いや、別竜だったか。

 申し訳ない! 誤解とは言え、罪なき貴方に敵意を向けた事を謝罪する」

「悪かった」

「申し訳ありません」


 リーダーらしき先頭の男を筆頭に、三者三様に頭を下げられる。


「はっはっは! 気にする必要はないぞ。お陰で大切な事を思い出せたしの。むしろ感謝したいくらいだ!」


 それは純然たる本心だった。

 殺されかけたとはいえ彼らとの接触が無ければ、これから先も前世を思い出す事なく、ただただ何も無い人生を歩んでいたかもしれない。竜人の寿命は千年を越えるという。それだけの時を虚無で埋めるなどぞっとする。


 冒険者たちの表情が僅かに緩んだ。僅かなのは社交辞令か何かだと疑われているのかもしれない。だが、気にすることはなかった。一先ず敵意が無い事が伝わればそれでよかったからだ。


「だが、事情は説明してほしいな」

「もちろんだ。ああ、紹介が遅れた。俺はラウル。

 冒険者ユニオン《草原の導き手》のリーダーだ」


 剣を携えた先頭の男……ラウルが会釈した。誤解とは言え、彼は危険な竜を相手に真正面から向かってきた男だ。他の仲間を庇うようにしていた点から、責任感の強さが窺える。

 そしてここまでの会話から生真面目さも感じられ、好感が持てる人物だと思えた。


「俺はニーダ。見ての通り狙撃手を担当している」

「ルーナです。魔法担当です」


 続けて奥の二人からもそれぞれ紹介を受ける。それから彼らの事情に耳を傾けた。


「ここ最近、近隣の村々が魔竜に襲われる事件が起こっているんだ。

 それで冒険者ギルドに退治依頼が出て、俺たちが請け負ったんだ」

「その魔竜が帰る場所がこの山だって話だったんだが……」


 大よそ予想通りの内容に納得しつつ、話を聞いているうちにふと思い出す事があった。


「そういえば、少し前に二つ隣の小山に竜が住み着いたみたいだが……もしやそれではあるまいな?」


 竜としての感覚故に詳しい月日は思い出せなかったが、最近見慣れない竜が近場に現れた事実はあった。

 こちらの存在を感知してか最初は様子を見ていたようだが、何もしないと勘付くや否や近場に居を構えたのだ。自分自身、流れ者でこの山に辿り着いた事もあり、こちらの領分を侵さない限りは特に何かするつもりはなかった。

 ある種の親近感があったと言える。

 だが、そうして彼の竜を放置した結果が今に繋がっているとしたら、非があるとまでは言わずとも誤解を生む原因の一端は担ってしまったかもしれない。


「え……二つ隣、ですか?」


 ルーナが呆けたように呟いた。ほぼ同時にラウルが懐から何か紙らしきものを取り出す。気になって覗いてみると、どうやら依頼書のようだった。

 依頼の内容が文章で提示されているのに合わせて、下部には大雑把ながら地図が描かれていた。


「依頼書にはちゃんと描かれてるように見えるが?」


 山に籠って惰眠を貪る日々と言えど、外出くらいはする。それこそ、生物である以上食事は必要だ。冬眠に近い状態ゆえ、数日に一度で十分だったが、それでも外に出るたびに周辺の様子は見ていたから近隣の地理は把握している。

 自分の記憶と依頼書に描かれた地図を見比べれば、依頼書の内容が正確な事は一目瞭然だった。


「おい、ラウル? 自信満々にこっちに向かったのはお前だったよな?」


 呆れたような目線を向けながら、ニーダがラウルへ問いかける。よくよく見ればラウルの額から冷や汗が流れていた。


「いや、でもこっちの方が凄い魔力だってのはお前らも認めてただろ!?」

「そ、そうだよね。森の中からでも感じられるほどの魔力だったもんね」


 慌てたように紡がれたラウルの言い訳に、ルーナが同調するようにラウルの肩を持つ。

 魔法が使えない『できそこない』の我には分からない感覚だが、他人の魔力は感知できるものらしい。ただし、ほとんどの生物はそれで自身の動向を悟られないよう、魔力を極力内に抑えるものだそうだ。もちろん、できそこないの我にはそれが出来ない。

 竜は他の生命体に比べて魔力が高いという。それを駄々洩れにしていれば、他人が脅威に感じるのも当然か。

 つまり結局、自分のせいであるという結論に戻ってくる。


「あー、その……すまなかった。どうやら我にも責があるようだ」


 過ちは素直に認める。人として当然だろう。

 頭を下げると、何故だか三人は慌てふためいているようだった。


「頭を上げてくれ! 元々間違ったのは俺たちの方だ。情報と違っているなら確かめるべきだったんだ」

「全くだ。これじゃ草原の導き手なんて名乗る資格ないな」


 確かに導き手を名乗りながら目的地を間違えるのは恥ずかしいことかもしれない。

 しかし、これ以上謝罪合戦を繰り返すのも時間の無駄だ。話を進めるべく話題を切り替える事にする。


「ところで、お前たちはこれからどうするつもりなのだ?」


 依頼の標的が間違っていた。ならば、本来の標的である魔竜の所に赴くのか。あるいは一度体勢を整えるべく撤退するのか。

 別にどちらを好む好まないなどはなく、彼らを次のステップに誘導できればそれでよかった。


「あー……そいつは、その……」

「無論、魔竜を倒しに行くさ」


 ニーダが言い難そうに言葉を詰まらせていた横で、ラウルが迷いない決意を口にした。

 途端、ニーダとルーナの顔が強張る。


「おい! ラウル、それは……!」


 ニーダがラウルの肩を掴んだ。ラウルの言動……いや、行動を止めようとしている様子だ。

 その意味が分からず思わず首を傾げる。


「何か問題でもあるのか?」


 問いかけると、呆れたようなため息とともにニーダが事情を語りだした。


「端的に言えば、決め手に欠けるんだよ。ラウルだって分かってんだろ?」

「だとしても、だ。俺たちが魔竜を倒さなきゃ大勢の人々が危険に晒される。やるしかない」


 ラウルは人々を守ろうとする使命感を口にする。だが、恐らくニーダはもっと現実的な話をしたかったように見えた。

 それを指摘しようかと思ったが、現実的な話をするなら一つ疑問が浮かぶ。


「……そもそも、民の危機に動くべきは冒険者でなく国や軍ではないのか?」


 無論、冒険者が戦う事がおかしいわけではない。国家が対処しきれない細かなものや後回しにしがちな問題などを率先して解決できる強みもあるだろう。

 だがしかし、多くの町や村に被害をもたらした魔竜ともなれば流石に国が動くレベルの問題ではないか。


「それはそうなんですけど……」

「サクラ……さんは知らないかもしれないけど、この辺は国境が近いんだ。

 今は国同士のいざこざが絶えないから、軍の助力には期待できないんだよ」


 つまり下手に軍を動かせば、その隙を敵国に突かれる可能性があると言う事か。魔竜の存在すら敵国の策略の可能性もあるかもしれない。

 確かに自分は俗世間から離れていたし、故郷を離れてから当てもなく彷徨って辿り着いた場所だ。今居る国についても全く知らなかった。


「なるほど。では、決め手に欠けるとは? さっき戦った時の最後の一撃、あれは確実に魔竜を葬れる威力があっただろう。我も思わず走馬灯を見るほどだったからな」


 前世の記憶まで遡るほど、痛烈な威力を見せた一撃を思い出す。

 あの魔法さえあれば何も臆する必要がないはずだ。


 そう問いかけると、ニーダの表情が一層暗澹に沈んだ。


「まさにそれが問題なんだよ。ほら、ルーナ」


 ニーダがルーナをせっつく。ルーナが懐から何かを取り出した。


「これが先ほど使った魔道具です」


 先ほどは細かく見る事もなかったそれを改めて見せて貰う。

 大きめの筒のような外観をしていたその魔道具をまざまざと見つめるも、その仕組みやらはさっぱり分からない。ただ一つ分かったのは、中央に大きなくぼみがあり、その周辺に無数のヒビが広がっていた事。そしてそこに砕けたガラス片のようなものが散らばっていた事だった。


「……壊れているように見えるな」


 推測するに、そこにガラス玉のようなものがはめ込まれており、それが砕け散った結果周辺にも影響を及ぼしたと思われた。


「壊れてます。竜を一撃で倒せるだけの魔力を籠めるのは、かなり無茶なんです。

 とても並の魔石に耐えられるものではありません。

 ですから、元々使えるのは一度きりだったんです」


 魔石。それは確か魔力を蓄積する性質を持つ石の事だったはずだ。どうやら魔道具を使った際に、限界を超えた魔石が破裂したと言う事か。

 そしてその事は彼らも承知の上だったようだ。


「ふむふむ……ん? 一度きり……つまり」


 そこまで事情を聴いて、ようやく理解する。

 いや、ニーダやルーナが魔竜退治に及び腰になっていた理由は少し前から理解していた。今しがた思い至った事は、その原因だ。


「我のせいか」


 結局そこに戻ってくる。我を倒すべく挑んだ結果、一度きりの魔道具を惜しげもなく使う決断をしたわけだ。


「あ、いや! それは違う! 俺たちの早とちりが悪いんだ。サクラさんが気にする必要はない」


 我の発言を受けて、ラウルが慌てたように両手を振って否定を示す。

 再び謝罪合戦に舞い戻りそうな展開に、思わず苦笑してしまった。


 さて。

 こうなったら最早、取るべき道は一つだった。

 彼らの選択を待つのではない。我自身が選択をする。


「……いや、我の責任でもあろう。

 だから代わりという訳ではないが、お前たちを手伝おうではないか」

「え?」

「魔竜退治に赴くと言っている。それなら勝ち目も見えてこよう?」


 導き出した結論。それは共に魔竜を倒す事。

 魔道具を台無しにしてしまった事も帳消しにできるし、彼らの依頼も果たせる。まさに一石二鳥だ。


 能力的には一人でもいけそうではあったが、あくまで依頼を請け負ったのは彼らだ。全てを請け負ってしまっては彼らもばつが悪いだろう。それよりはあくまで助力という形で共に戦う方がお互い気が楽というものだ。


「その……いいのか?」

「構わぬ。知らなかったとはいえ、ヤツが人を脅かしているというのなら戦う理由は十分にある」


 ラウルが申し訳なさそうに訊ねてきた。問題ないと首を振って笑顔を返す。

 語った戦う理由もまた本心である。竜人チェリーのままであれば他の人間をそこまで気にかける事はなかっただろう。しかし前世の記憶を思い出した今、人々に危険が及んでいると知って黙って見過ごす選択肢は持てそうになかった。


「有難い。では申し訳ないですが、お力をお借りします」


 ラウルが深々と頭を下げる。それに追随するようにニーダとルーナも頭を下げた。


「では早速作戦を練ろうではないか!」


 彼らとともに魔竜退治、その為の作戦会議と洒落込むのであった――

本日の更新はここまでとなります。

一章完結まで毎日更新しますので、よろしくお願いします!

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