3-3「二つの設計図」
リックドラックと顔を合わせた翌日、朝一でレイニーの執務室に訪れた我は、約束通り二つの設計図をレイニーに手渡していた。
レイニーはそれぞれの内容を確かめるようパラパラと紙面を確認していたのだが、その手がピタリと止まったかと思うと戸惑いの声を上げた。
「えっと……これは?」
盗聴器ではない方の設計図を指し示し、問いかけてくる。
「昨日話したものだが……聞いていなかったのか?」
「いえ、聞きました。聞いていましたけど……これがその……?」
「ちょっとした小細工だと言ったはずだが」
対局を変えるようなレベルの代物などそうそう手軽に用意できようはずがない。
本当に些細なものを考えただけだ。
「これは……そういう事……なんですよね」
「まぁ、お主の想像は大体合ってると思うぞ。
とはいえ、優先事項は盗聴器のほうであるからの。あまり無理は――」
「いえ! これは絶対に間に合わせます。ありがとうございます。
すぐ製作に向かいますので、失礼しますね!」
興奮した様子のレイニーは、ガバッと勢いよく立ち上がると我を置いて執務室から飛び出していった。
興奮していると言ってもレイニーが優先順位を間違える事はあるまい。おそらく盗聴器の製作依頼を市井の魔導具屋に頼みにいったのだろう。
一人残されたところで途方に暮れるだけだ。
ひとまずレイニーの屋敷から出て、街に繰り出す事にする。
設計図を手渡した所で、我の役割の大半は終わった。残る役目は魔石の収集だ。
では、魔石はどこにあるのか。その答えは最近知ったのだが、魔物の体内にあるという。
ただし、全ての魔物に存在するわけではない。
魔物は人と同じように繁殖で増える事もあるが、以前討伐したエンペルボアのように自然発生でこの世に現れるパターンが存在する。この自然発生で産まれた魔物の体内から魔石が排出されるそうだ。
故に、魔石は貴重なものなのだ。
これをエンペルボアと戦う前に知っていたら、多少の無理は通して倒しきったというのに惜しい事をしたと後悔したものだ。
そんな魔石を集めるには、自然発生した魔物を見極めて倒す必要がある。だが、特殊な個体を除けば外見上は他の魔物と変わらず、見極める事は難しい。
ではどうすればいいのか。
答えは一つ。『ダンジョン』に潜る、だ。
魔物の自然発生が特に頻繁に行われる場所をダンジョンと呼ぶ。それは大抵、深い洞窟であったり人の手を離れて久しい遺跡だったりするらしい。
残念ながら強力な武具が置いてあったり、宝箱が用意してあったりという事はほとんど無いそうだが、魔物の素材や魔石の回収だけで充分と言えるだけの成果が期待できるそうだ。勿論、その分危険も大きい。
だが、バトルハルバードを持ち、目からビームを得た今の我ならば遠近どちらも対応できる。全く問題はないはずだ。
というわけで、ダンジョンの情報を求めて冒険者ギルドへと向かう事にした。
ここしばらくはレイニーから直に依頼を受ける形を取っていたので、来たのはこれで二度目だ。
よくよく考えてみるとまだ依頼の受注方法すらもよく分かっていない。
ひとまずカウンターで話を聞くべきかと視線を彷徨わせると、近くに見知った顔が揃っていた。
「おお、久しいの。壮健そうで何よりだ」
我が旅立つきっかけを作ってくれた三人組 《草原の導き手》だ。我の呼び声に三人の顔がこちらへと向く。
我の顔を認めるなり、三人共に笑顔が浮かんだ。
「サクラじゃないか! 二か月ぶりくらいか? そっちも変わりな……くないな」
リーダーであり剣士のラウルが、その視点を我の顔に固定しながらむず痒そうな表情をする。
「どうしたんだ、その……変装?」
「二人とも失礼だよ! サクラちゃんなりのお洒落なんだよ、きっと」
射手のニーダと魔法使いのルーナもラウルと同じように怪訝な眼差しをこちらに向けていた。
理由は分かっている。この世界に、メガネはまだ普及してないのだ。
故にメガネ型の魔道具である目からビームも奇抜なファッションと捉えられてしまうのだ。
ちなみに、メガネは普及していないがレンズ自体は存在している。
片眼鏡……いわゆるモノクル、それも手持ち式が一部で使用されているらしい。
この世界では、基本的に身体機能は魔力で補強できる。身体機能の強化は属性で言えば無色第一系統《身》に該当する。これはあらゆる種族が適性の有無に関わらず使える魔法の属性だ。
そして、この身体機能の中には視力も含まれる。
つまり、外的な補助具を使わずとも自前で何とか出来る者が多いのだ。だからメガネの普及も進んでいないのだろう。
「まぁ、我の事は良い。それよりもラウル達は何をしておるのだ?」
ラウルたちが囲う机の上には何もない。仕事を終えて一杯ひっかけている訳でも、次の依頼に向けての作戦会議という風でもなさそうだ。
「一仕事終わったんでね、次の依頼を吟味中さ。と言っても、最近は魔物討伐の依頼が減って来てるんだけどな」
ラウルが言いながら指をさす。その先へと目を向けると、依頼書が張られた掲示板があった。その前は他の冒険者でごった返している。《草原の導き手》は良いものを求めて人混みの中に突撃する気はないようだ。主婦には向かないな、などと訳の分からない例えが浮かぶ。
掲示板前が混雑しているのは、花形の依頼が減っているせいだろうか。魔物討伐といえば、冒険者にとって最も身近な依頼だろう。
「そうなのか?」
「魔物の出現が減ったという話は聞かないんだけどね。何故だか依頼が出るより先に討伐されてるみたいなんだ」
どうにもどこかで聞いたことがある気がする話だ。
そういえばレイニーから受けたエンペルボアや他の魔物の討伐は、本来は冒険者に委任されるものだったのではないだろうか。
その仮説が正しかった場合、我が冒険者の食い扶持を侵害していたという事になるわけで。
だがしかし、それはレイニーが我の身辺調査の為に行っていた事であるからして致し方なかったわけで。
つまるところ責任の所在は我には無いと判断していいはずなのである。
「あー……それは不思議だのぉ」
我に責任がない事を脳内で理論づけつつ、素知らぬ顔で同調しておく。
「ま、依頼が途切れる事はないし、食いっぱぐれる心配も無いからいいんだけどな」
「そうかそうか。ならば良かった」
よくよく考えれば素材収集や護衛依頼などもあるはず。冒険者の仕事が無くなる事はないのだ。
選択肢を狭めてしまったかもしれないが、そこはまあ冒険者として何事も経験しておくべき事態だったという事にしてもらおう。
「なんでサクラが安堵してるんだか。で、そっちは何でギルドに?」
「ダンジョンに挑もうと思っての。場所を調べに来たのだ」
我が領主やレイニーに協力している事は内密にという話だが、魔石集めやダンジョンに向かう事は別に秘匿する情報でもない。自身の夢の為など幾らでも言い訳が効く。それに、《草原の導き手》が相手ならば言っても秘密は守られるだろうという信頼があった。
もちろん、だからといって本当に秘匿とすべき事情を話す気は無いが。
「ダンジョンかぁ……え、一人で潜る気なの!?」
我の発した単語に逸早く反応したのはルーナだった。あまりの剣幕に我は一歩退いてしまう。
「そのつもりだが」
我の受け答えに、今度はラウルやニーダまでもルーナに続いて迫ってきた。
「いやいやいや! 流石にダンジョンを舐めすぎだ!」
「ダンジョンは基本的に狭いからサクラの強みは活かせないと思うぞ」
「私も賛成できないよ」
三者三様のダメ出しを食らう。とはいえ周囲に人がいる状況で、竜について指摘しないでいてくれる分だけ冷静に諭されているのが分かる。
「むむむ。ではどうしろというのだ」
行くなと言われても行く理由があるのだから頷く事は出来ない。
我が反論すると、ラウルとルーナは言葉に詰まった様子だったが、ニーダだけはニヤリと笑った。
「俺たちを雇えばいいだろ」
「お、おい、ニーダ!?」
ニーダの返答は想定外だったようで、ラウルが慌てた様子を見せる。ルーナは反対に少し考える素振りを見せた後、納得したように頷いた。
「でも、ちょうどいいんじゃ? 私達も依頼の選定に困ってたわけだし」
「ルーナまで……いや、まぁ確かに悪くないか」
「こらこら、我を置いて話を進めるでないわ」
ルーナの説得でラウルも考え直した様子だ。それはいい。仲良きことは麗しきかな。
だが、話の主役は我だったはずだ。置いてきぼりは寂しいではないか。
「そうは言うが、当ては無いんだろ。だったら頼んじまえよ。こう見えていい仕事するぜ、俺たち」
「そこを疑ってはおらんがの」
彼らの実力はよく知っている。足手まといになる事は絶対に無いし、慣れないダンジョン探索においては知識の面でも頼りになる事は間違いない。
「真面目にどうだ? 俺達ならサクラも遠慮する必要は無いだろう」
事情を知っているというのも大きいポイントだ。
考えれば考えるほど、彼らの提案が最適解な気がしてきた。
「確かにな。それに、よくよく考えれば借りを返しておらなんだな」
彼らは認めていないだろうが、まだ1000万マリー分の借りがある。
あの時は二度と恩を売らないようになどと言われた記憶があるが、こうして機会を得られたからには多少は買ってもらうとしよう。
「おおっと! 依頼の請負は適性価格で頼むぞ。暴利ぼったくりはしないからな」
「ええい! 我の心を読むでないわ!」
我の腹積もりは読まれたらしく、先手を取られてしまった。
だが適正価格であろうと借りを減らす機会にはなる。
「行くんならとっとと依頼出してくれよ。さくっと受けるからよ」
「分かっておる! ちょっと待っておれ!」
ニーダに急かされ、我はギルドのカウンターへと走った。
冒険者へ依頼を出す以上、冒険者ギルドを通すのは義務だ。幾ら知った仲とはいえ、無用なトラブルを起こさないようにするのは当然だし、彼らの評価にも関わるだろう。
そうして、カウンターでダンジョンの情報を手に入れつつ、《草原の導き手》とともにダンジョン探索へと出発するのであった――




