2-10「ロノッテ」
エンペルボアを倒して無事ル・ロイザに帰還した。
太陽は既に沈もうとしており、仕事終わりの時間だからか辺りは人の往来で賑わっていた。
レイニーの屋敷に向かう途中、不意にラギルが我の方に振り返った。
「さて。良い時間だな。俺はちょっとばかし酒場に寄らせて貰う」
「なんだ、サボりか?」
「報告なんざお前一人で十分だろうがよ。ほら、とっとと行った行った」
強引に決めつけられ、ラギルは退散してしまう。
彼の言い分も間違ってはいない。エンペルボアを発見し、ほぼ倒したも同然の所でリリディアの兵に見つからないよう逃げ帰った。
これくらいの内容なら一人で十分と言える。それを押し付けられた事に関しては少々思うところはあるが、ここは依頼報告がスムーズになったと考えよう。
既に雑踏の中に消えたラギルに向け、一度嘆息した後、再びレイニーの屋敷へと向かった。
屋敷の前まで行くと、ロノッテが待機しているのが見えた。
帰還の情報が届いていたのか、タイミングを予測していたのか。まさかずっと待ちぼうけていたわけではないだろう。
「ロノッテよ、戻ったぞ」
「お帰りなさいませ、サクラ様」
「サクラでよい。今の我は客人でなくお主と同じレイニーの部下のようなものだからの」
契約を交わした間柄、という意味ではレイニーと同格とも言えるが、やっている事は下請けだ。ならばロノッテと同じ立場といっても相違あるまい。
「ではサクラさん、と。ラギルさんは一緒ではないのですか?」
「やつなら報告を我に任せて酒場に行ったぞ」
「……珍しいですね」
真面目なロノッテならいい加減さを怒るのかと思ったが、それよりも疑問が先行している様子だった。
「そんなに真面目な男なのか?」
ラギルの事は今回の依頼で会話した以上の情報は持っていない。それでも酒場行きが珍しいがられるほど真面目な人間とは思わなかった。尤も、仕事自体は適切にこなしていたので我としては問題ないと判断しているが。
「いえ、そうではなく。その……お金にうるさい方なので酒場なんて珍しいと思っただけです」
「……ふむ。ま、そんな気分になる時もあろうの」
どうやら別の事情だったらしい。しかし、まさかの倹約家だったのか。そういう風には感じなかったが、人とは意外な一面があるものだと納得しておく事にした。
そのままロノッテに案内され、レイニーの下へ。
ロノッテは部屋の前で待機し、我は一人レイニーの待つ執務室へと入る。
「戻ったのですね。エンペルボアはいましたか?」
開口一番にそれか。というか、ラギルがいない事は気にしていないのか。
「いたぞ。倒しきる一歩手前でリリディアの兵が来たので逃したがな」
「存在が確認できたなら構いません。具体的な報告を聞きましょう」
レイニーに促され、一つ一つ説明していく。道中の様子も含めて、と言われラギルとの会話も覚えている限り話した。エンペルボアとの戦いに関しては、少々バトルハルバードの活躍を盛らせてもらったが、誤差の範囲だろう。
その後のリリディア兵の足音から逃げ去った事まで含め、大体話し終わった後、レイニーは少し考えた様子を見せ、視線を我の後ろへと向けた。
「……そのバトルハルバードとやらを見せて頂いてもよいですか?」
「ほう」
ほうほうほう!
バトルハルバードの活躍を聞き、興味を持ったか。
これは是非、実際に見て感動してもらうしかあるまい!
早速、ライトアックスとレフトアックスを取り出し、バトルハルバードへと合体させる。
一連の流れを一つ一つ丁寧に説明し、目の前でギミックを披露する。
そうして出来上がったバトルハルバードを目の前に掲げ、一薙ぎ。
どうだ、と自信を持って突き立てた我に向かって、レイニーは小さく口を開いた。
「わざわざ合体させる意味はなんですか?」
またか。
またなのか。
この世界の人間は皆が皆そんなに真面目なのか。浪漫が無いのか!
……いや、分かる。
分かってはいるのだ。
この世界は前世と違い、生き死にが近すぎる。
それ故に、『無駄』の意味を考える余裕がないのだ。
しかし、それは実に勿体ない事だと思わないか。
人は誰しもかっこよさを追求し、理想の姿を追うものではないのか。
環境や情勢が許さないから諦める……それも真実だろう。
だが、それでも目指すからこそ……否、目指してしまうからこその浪漫ではないか。
「……どうかしましたか?」
おっと、少々脳内のテンションがおかしくなっていたようだ。
自省するように頭を振る。
我がどれだけ嘆こうと、この世界が変わるわけではない。
夢を持たない人を、夢を見る余裕が無い人を、どうして攻められようか。どうして嘆く事ができようか。
そんなものは我の傲慢に過ぎない。
それでも、我は我の道を行く。
それは竜人という強き肉体を得られた幸運からくるものではない。我が我だからこその話だ。
「いや。説明するのが少々難解だと思うてな。
残念だが、主が納得する説明は今の我には出来なさそうだ」
「……そうですか」
そっけなくレイニーは頷いた。
我が重く受け止め過ぎていただけで、レイニーにとってはただの雑談程度の感覚だったのかもしれない。
だとすればもっと適当な返事で良かったかも、と思ったところでレイニーは顔を上げてじっと我の方を見てきた。
「そういえば、サクラさんには『スーパーロボット』なるものを作るという夢があるとか。
これも、その一環なのですか?」
まさかレイニーの口からその単語が出るとは。
《草原の導き手》から聞いたのだろう。別に隠す事でもないので、レイニーに知られていても構わない。レイニーもスーパーロボットが何なのかはわかっていないようだし、然して問題になることもないだろう。
ただ、質問の返答には窮した。
ギミックや構造を流用する可能性、という意味ではバトルハルバードは原始的過ぎる。
だが、『合体する武器』という大きな括りであればスーパーロボットの武装として是非搭載したいものだ。その雛型と思えば関連はあると言える。
「……まぁ、そうだな。関係性で言えばゼロとは言わぬが、0.01%程度であろうな」
「なるほど。それで……いや、それだけでも……」
ぶつぶつと何か考え込むように独り言をつぶやき出す。
特に偽りを語ったり、欺瞞を口にしたつもりはないが何か気に入らない事でもあっただろうか。
「……すみません。少々考え事をしていました。
依頼報告も十分です。後はご自由に」
解放の許しが出た。
腑に落ちない点はあるが、これで書庫にある本の閲覧が再開できる。
一礼し、執務室を出るとそこにはロノッテが控えていた。
我の要望を理解しているようで書庫へと先導して歩き始める。
実によく出来たメイドだ。
その後、夜も更けるギリギリまで本を読み漁っていた我だったが、ロノッテのタイムアウト宣言にて仕方なく屋敷から去る事となった。
玄関口を出て、門扉まで向かうその途中、外からやってくる人影があった。
たった一人。暗がりでよく見えないが、背格好から男だと分かる。
遠目からも引き締まった肉体である事が分かるが、特に目についたのは男の右腕。そこにあるべきものが見当たらなかった。端的に言ってしまえば肘から先が無い。
隻腕の男にロノッテも気づいたようで、すぐに道の端に控えた。
その手が我の裾を引っ張っている。意図を察し、我もロノッテの横に控える事とした。
頭を下げる中、男は一瞬こちらを一瞥しながらも無言で通り過ぎていく。
男が完全に玄関の向こうに消えた後、ようやくロノッテが顔を上げた。
「……今ので良かったのか?」
「はい。ありがとうございます」
対応は正解だったようだが、合点がいかない。貴族や平民の作法に詳しいわけではないが、挨拶の一つはするべきではなかったか。
「本日、お越しになるご予定はありませんでした。それもこんな夜更けです。
非公式な訪問だと推測されます。ですので私達は見ていない、領主様は来ていない。これが一番良いわけです」
ロノッテの説明が実に分かりやすく、感嘆する。
そして、あの隻腕の男は領主だったようだ。間近で顔を見る事は叶わなかったが、貫禄を感じる風体だったので納得いく。ただ、どちらかといえば傭兵や戦士を思わせる身体だった気がするのは気になるところだった。
「どうかしたのか、ロノッテ?」
ふと、ロノッテが領主が去った玄関の方に見入っていたのに気付いた。
その瞳は潤み、どことなく頬が紅いようにも見える。
「あ、いえ! 何でもありません」
ロノッテは慌てた様子で両手を振って否定しだした。あまり触れない方が良さそうだ。
そうして、我は宿へと戻り、一日が終わるのであった――