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2-8「契約」

 私がサクラ・ライゼンと対面する事になったのは、報告を受けてから五日後の事だった。

 日数がかかった理由は単純に優先すべき仕事の処理に追われていたのと、部下に命じて情報収集を行っていたからだ。


 結果から言えば、それだけの日数を用いてもサクラ・ライゼンなる人物の生い立ちや経歴などについては全く分からなかった。

 竜人の住む場所はそもそも秘匿されているし、一部確認が取れている場所は調査するには遠すぎる。

 直前まで住んでいたという山にも調査員を向かわせたが、竜が住んでいた痕跡こそあれ他には情報どころか物の一つすらなかったという。

 結局、《草原の導き手》から聞いた話の裏付けが取れただけだった。


 また、この数日におけるサクラ・ライゼンの行動も監視させたが不審な点は無かった。

 道具屋で冒険用の消耗品などを買い、冒険者ギルドで初心者向けの依頼を受領し近隣の魔物を狩る。ごく一般的な冒険者になりたての行動だ。

 三日目には武器屋で斧を二本も受け取ったらしい。敢えて斧を武器に選んだことも気になったが、それ以上に気になったのは討伐依頼を終えた後の余暇時間、魔道具屋に長時間居座り店主と会話していたという点だ。魔道具に興味があるという話は《草原の導き手》から聞いていたのでこれの裏付けが取れたというだけの話だが、調査によるとオーダーメイドの魔道具作成について訊ねていたらしい。

 その報告を聞いた時点で、サクラ・ライゼンに魔道具に関する知識が皆無な事は理解できた。


 一般的な話になるが、魔道具は形こそ個性が出る物の、その効果はだいたい定まっている。

 魔道具の構造は、記された詠唱文スペルに従い魔石にこめられた魔力を強制的に魔法へと変換するものだ。

 ただし、そのスペルとはどんなものでもいいわけではない。


 そもそも魔法とは魔力さえあればイメージによって発動できてしまう。

 ただし、イメージが薄弱な場合は詠唱などによって補完が必要となる。その詠唱文はあくまで当人が理解していればいいもの。つまり普遍でなく個々で変わるものなのだが、魔道具に必要なのは普遍性のある詠唱文でなくてはならない。

 詠唱文を必要としないほど魔法を理解するのではなく、誰が唱えても変わらず発動できるほどの魔法への理解が求められるのだ。言い換えれば、感覚か理論かの違い。

 そして一つの魔法を極めながら、それを理論的に詠唱文へと変換する技術を持つ魔法使いは少ない。


 現存する魔道具は、過去に存在した一部の魔法使いが苦心の末に生み出したスペルによって作られるものだ。

 ちなみに、《竜滅砲》の正体は赤色系第二系統である光属性魔法で最強の威力を誇る古の魔法だ。強力無比だが使い手が絶えて等しく、本来の魔法名が失われてしまったという。竜さえ屠れる魔道具として形が残っている為、この呼称が付けられた。


 サクラ・ライゼンは魔法が全く使えないほど苦手だと聞いた。

 もしかしたら魔道具を用いる事で、その弱点を克服できると考えているのか。

 だとしたら、残念だがその望みは叶わない。魔道具はそこまで万能なものではないのだから。


 サクラ・ライゼンと立ち会う場所は私の屋敷を指定した。

 私自身は貴族でもなんでもないが、五年前に起こったリリディア神聖国との戦で多くの貴族がいなくなり、空き家が増えた。

 領主直属の部下として活動する私にその一つが使用人とともに下賜されたのだ。

 最初は断るつもりだったが、研究に便利だったのと、こういった事態に丁度良かった事もあり、結果的にはとても助かっていた。


 この屋敷を会合の場にした理由は幾つかある。そのうち、最大の理由は直接領主の館に招く危険を避ける為だ。

 そして今、私は執務室にてサクラ・ライゼンの到来を待っている。

 約束した時間ちょうどに、扉がノックされた。


「失礼します。サクラ・ライゼン様をお連れしました」


 部下のロノッテの声だ。彼女は私より年下の人間で、主にメイドとして従事してもらっている。

 物腰も柔らかく、日々癒しを与えてくれる貴重な存在だ。


「そう。入ってもらって」


 扉越しに入室を許可すると、ロノッテが扉を開けた。その向こうに、小柄な少女の姿があった。

 見た目は十四、五歳くらい。燃えるように赤い髪は竜の姿からきているのだろうか。

 戦闘用のローブはともかく、背中に背負った二振りの斧が全く容姿に似合っていない。それさえ無ければ、むしろこの屋敷という場に相応しいどこかのお嬢様にも見える。

 ただ、もう一点。その表情だけは大よそ見た目とは不釣り合いなものだった。ギラギラと野望を秘めたような力強い視線と、それを強調するかのような大きな笑み。

 その眼力の強さに思わず身構えてしまう。


「ロノッテ、ありがとう。あとは下がってくれていいわ」

「は、はい。失礼します」


 まず先にロノッテを退室させる。彼女に戦闘能力は無い。万が一は避けるべきだ。

 それに、これから行う話は内密なものとなる可能性が高かった。

 ロノッテの退室を確認し、私は改めてサクラ・ライゼンと向かい合った。


「サクラ・ライゼンだ。此度は我の要望を聞いてくれて感謝する」


 ぺこりと頭を下げる竜人の姿に驚きを禁じ得ない。

 純粋な貴族ではないとはいえ、貴族と同等の立場にある私に敬語を使わない事に驚きはない。竜人は強さでもって格が決まるという。その気になれば竜の姿と化し、ル・ロイザと真正面からやり合えるであろう存在が、ただの人間相手にへりくだるはずがないとさえ思っていた。

 それがどうして。言葉遣いはともかく、その口調と態度には敬意が感じられるほどだ。想像以上に話の通じる相手かもしれないという思いと、本当に竜人なのかという疑念が同時に沸きあがる。

 何せ、話には聞いていたが本当に竜としての特徴が見られないのだ。人間以外の種族ならば、人化の際に必ずその片鱗が残るというのが通説なのに。


「レイニー・キャスロックです。無礼を承知で、まずは貴方が本当に竜人なのか確かめさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「構わぬが、準備はした方がいいと思うぞ」

「聞いています。ですので、こちらを使いますね」


 事前に用意していた盗聴防止の魔道具を発動する。執務室全体を覆うように音と魔力を遮断する結界が展開した。


「冒険者ギルドで使われたのと同じものだな」

「機密性の高い情報をやり取りする者は大抵所持していますね」


 私の発言に、一瞬サクラ・ライゼンは何かを考えこむかのような難しい表情になった。

 だが、すぐに意識を切り替えたように笑顔に戻り、左手を差し出してきた。

 その手首には魔法封じの腕輪が嵌められている。


「では、外してもらえるか」

「……失礼します」


 慣れた様子の彼女の腕から、魔法封じの腕輪を取り外す。


 瞬間。


「っっっ!!?」


 気付けば、私は膝から崩れ落ちていた。

 事前に話を聞いていたので、心の準備は出来ていたはずだった。にも関わらず、背筋が凍りついた。心臓が壊れそうなほどに脈打った。


 しょうがないじゃないか。

 高位の魔法使いと呼ばれる人間の魔力を基準値として、竜は人魔問わずその三倍から五倍前後の魔力を持つという。

 だがしかし、目の前にいる少女はその比ではない。最上の竜の更に倍をいく……私の十倍以上もの魔力を溢れさせている。

 《草原の導き手》が魔竜と誤認したと聞いた時はドジをしたものだと思ったが、これほどの魔力では仕方がない。

 万が一、この竜人が牙を向いたとしたら。

 ル・ロイザはたちまち焼き尽くされるに違いない。

 対抗しようにも、全戦力をもってしてもせいぜいが死までの時間を先延ばしにするくらいしか出来なさそうだ。

 せめてサンディルム卿が万全の状態であったならあるいは――


「大丈夫か?」


 手を差し出される。その手の小ささにようやく私は我に返った。

 目の前にいるのは国を脅かす魔竜ではない。心と知性を持つヒトなのだ。

 私はサクラ・ライゼンの手を取り、立ち上がった。そうして手にしていた魔法封じの腕輪を彼女に返す。

 途端、溢れていた魔力は鳴りを潜め、私はほっと一息ついた。

 直後、目の前の当人に対しあまりに失礼な態度だった事を自覚し慌てて頭を下げる。


「その……すみません。話には聞いていたのですが、これほどとは思わず」

「いや、謝るのは我の方だ。魔力の制御も感知も出来ぬので迷惑をかけておる」


 サクラ・ライゼンは苦笑交じりに語っていた。その顔があまりに無邪気で、毒気を抜かれてしまう。


「……それで、我が竜人とは認めてもらえたのかの?」

「ええ。これほどの魔力を見せられては信じないわけにはいきません」


 最早疑いようは無い。竜人としても規格外だが、他の種族だという可能性は更にあり得ない。

 とてつもない脅威には違いないが、ここまでの会話だけで彼女に害意が無い事は十分伝わってきた。


「では本題に入りましょう。サクラさんは魔道具に興味がおありだとか」

「サクラでよい。我はただの一般人だからの」


 自分の立場を理解しているのかいないのか、サクラ・ライゼンは笑って言ってのける。

 確かに、何か肩書があるでもなく、どこに所属しているわけでもない。しかし、その暴力的なまでに溢れる魔力だけで十二分に周囲からの注目を集める。そんな存在である自覚が果たしてあるのかどうか。

 さして気にしていない様子に、苦笑を禁じ得なかった。


「そうですか。では私もレイニーで」

「その言葉に甘えよう。魔道具に興味があるのは事実。だが、少々予定が変わってしまっての」

「というと?」

「幾つか希望する魔道具の作成を頼みたかったのだが……魔道具とはそう簡単に作れるものではないらしいの」

「街の職人に聞いたのですね」

「その通り。それで考えたのだが、我は魔道具に関して全くと言っていいほど無学。であれば、まずは学習する必要があると思っての」


 こちらが監視をしていた可能性を暗に伝えたのだが、サクラ・ライゼンは気付いているのか居ないのか、特に気にした様子なく話を続けている。

 全く、これでは駆け引きにもなりはしない。あるいは、言葉遊びにしようとでも考えているのか。


「……私から魔道具の作り方を学びたい、と?」

「話が早くて助かる。付け加えるなら、作成方法だけではなく全般を知りたいという事だの」


 本当にもう。

 この竜人は、ただ魔道具の事を知りたいだけなのか。全く裏表が感じられない。

 しかし、それならそれで対応は容易い。

 こちらも裏表を持たず、真正面から交渉すればいいのだから。


「……話は理解しました。ですがタダでというわけにはいきません」

「当然だの。可能な限り善処するつもりでいる」

「……では、こういう条件ではいかがでしょう。

 私からは魔道具に関する資料の一切を提供します。この屋敷には私が集めた大陸全土の本がありますので、その全ての閲覧を許可しましょう。

 対価は、私からの依頼を優先で請け負う事です」


 この屋敷には、私が趣味と実益を兼ねて仕入れた魔道具に関する本が山ほどあった。

 《竜滅砲》を作れたのも、その知識が活きた結果だ。

 本来おいそれと他人に見せられるほど安いものではないが、竜人との繋がりを得られると思えば惜しくはない。

 単純に、彼女が何をするのかに興味があったのもある。


「契約が続く限りは好き放題に読んでいいと言う事か。悪くない。だが、そのままでは契約は出来ん。詳細を詰めていきたいが、どうかの?」

「無論です」


 仔細を纏める前に簡単に頷きはしないか。世間知らずのように見えて、頭は回るらしい。

 私とサクラ・ライゼンはそれから一つ一つ条件を確認し、纏めていった。

 そうして定められたルールは次の通り。


・緊急を要するものを除き最低でも依頼の間隔を一日以上空ける

・能力的に不可能な依頼はしない(拒否できる)

・本の持ち出しは認めない

・写本に関しては問題なし

・関係のない場所の立ち入りは禁止


 更に細かい注意事項などはあるが、概ね以上となる。

 速やかに契約書を作り、互いに内容を確認しあい判を押す。


「では、この通りに」

「うむ。よろしく頼む」

「分からない事があれば、先ほど案内をしたロノッテを頼ってください」

「理解した。ところで今すぐの依頼はあるのか?」

「いえ、ありませんが……」

「では書庫に案内してもらうとしよう♪」


 そう言って、サクラ・ライゼンはさっさと部屋から出ていった。

 気分の高揚が見て取れる。本当に子供のようだ。

 だが、そんな小さな子供が、もしかしたら膠着した現状に対する劇薬となるかもしれないのだ。

 それは期待か恐れか。どちらだったとしても、賽は投げられた。

 見えない未来を思い、私は一人、天を見上げた――

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