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2-7「レイニー・キャスロック」

 私の名前はレイニー・キャスロック。人間だが、母方の祖父に魔人をもつ。

 自分で言うのもなんだが、かなり優秀な魔法使いだ。

 四色ある魔法属性は全て高水準で行使可能だし、国境を守る最前線の要塞都市ル・ロイザの領主サンディルム卿直属の部下を十八の齢で勤め上げている事もその証明となるだろう。

 自他ともに認める領主の片腕として、日々ル・ロイザを守るべく奔走している自負もある。

 それ故にプライベートの時間は無いに等しい。だが、そこに不満は無い。

 愛すべき国を、民を、誇りを守護まもれているという事実が私に活力を与えてくれる。


 そう。

 私は現状に満足している。どれだけ多忙であろうとも、そこに存在意義があるのだから。

 だから。

 私は夢など見ない。充実している今、夢を見る必要など無いのだ――



 《草原の導き手》からの連絡を受け取ったのはサンディルム卿の屋敷で書類の山と戦っている時だった。サンディルム卿のメイドから、魔竜討伐について報告を行いたい旨を伝え聞く。

 想定より二日ほど早い。

 魔竜の滞在地への行き帰りだけなら計算が合うとはいえ、魔竜は正攻法で挑んで勝てる相手ではない。注意深く様子を観察し、隙を突けるタイミングを推し量る時間を踏まえれば一日か二日は余裕を見てもおかしくなかった。

 それとも、よほど都合よく事が運んだのだろうか。

 気にはなったが、直接訊ねれば済む話だと思い直し、思考を止める。


 待たせていたメイドに、彼らを連れてくるよう頼む。

 待っている間に少しでも書類の山を崩しておく。ちなみにこの書類は、本来領主であるサンディルム卿が処理すべきものがほとんどだ。ただ、傭兵上がりの現領主は机仕事が苦手だと常日頃から言っており、周りに仕事を振ってくる。

 責任や危機管理の観点からも断って然るべき話しではあるのだが、様々な事情があってあまり強く言えないのが歯痒いところだ。

 結局こちらが折れるしかなく、絶対に領主の采配でなければならないもの以外は私が代わりを担っていた。


「失礼します!」


 《草原の導き手》がやってきたのはそれから間もなくだった。紙の山はほとんど変わらず、辟易するほどに存在感を放っている。

 あと一枚か二枚でも片付けておきたかったと心の内でため息を吐きながら、彼らの到来を歓迎した。


「魔竜討伐お疲れ様でした。思ったより早かったですね?」


 彼らとは以前から交流がある。

 国の兵隊や領主の私兵を投入出来ない程度の問題を冒険者ギルドに依頼する事は以前からあった。その中で、街として困っていながら報酬や難易度から忌避されやすかった依頼を積極的に請け負ってくれていたのが彼ら《草原の導き手》だ。

 何度も助けられた事で、自然と直接交流するようになっていた。

 そんな彼らの無事な姿を見て、労いの言葉をかけながら、私は違和感を覚えていた。

 魔竜討伐を終えて帰ってきたにしては、見た目の変化が無い。仮に神がかり的に上手く隙を突けたとしても、防具に破損一つ見られないほど楽に勝てる相手か。

 それとも渡した《竜滅砲》の魔道具が想定以上に効力を発揮したのだろうか。

 帰還が早かった事も合わせて、つい探るように問いかけてしまう。


「それが色々ありまして……まずはこちらの返却を」


 《草原の導き手》のリーダーであるラウルから《竜滅砲》の魔道具を手渡される。

 予想通り中心に設置されていたはずの魔石は粉々に砕けたようだった。魔石をはめこむ部分にもヒビが入っている。これは魔石部分を除いてもすぐには修復できなさそうだ。


 魔石の強さは大別して二つの要素から成り立っている。

 一つは大きさ。これは大きいほど単純に魔力容量が増える。

 もう一つは色。透明に近いほどより多くの魔力を圧縮して内包できる。

 つまり、大きければ大きいほど、透明に近ければ近いほど、より強く価値がある魔石と言えるわけだ。


 《竜滅砲》に使用した魔石は大きさはギリギリ及第点、色はほぼ白に近い魔石だった。つまり、適用するにはやや心許ないものだった。しかし、それでもこのル・ロイザでは同じレベルのものは数年はお目にかかれない程の代物だったのだ。

 砕けてしまった事は惜しいが、魔竜退治が成ったのならそれでいい。だが、結果は気になった。


「やはり耐えられませんでしたか……魔竜への効果はどれほどでした?」


 大打撃を与えたのは間違いない。知りたいのはその詳細だ。もう少し威力を抑えてもよさそうなら、今度は一度限りではなく何度も使える魔道具として改良できるかもしれない。

 事前の予測では、直撃すれば竜とて消し飛ぶだけの威力を持たせたつもりだった。一度限りしか使えない魔道具。失敗は許されない為、限界まで威力を高めた結果だ。

 詳細を訊ねる私に、《草原の導き手》の三人は互いに顔を見合わせ困惑の表情を見せていた。


 何故だろう。

 詳細な結果を求める事は事前に言っていたはずだ。

 彼らなら、報告内容を纏めてくるくらいの事はしてくれるものだと思っていたのだが。


「それが……実は魔竜には当たらなかったんです」

「は?」


 思わず間抜けな声が出てしまった。

 余りに想定外の言葉が聞こえてきたせいだ。仮にこれが依頼失敗の報告なら、その可能性は視野に入れていた。しかし彼らは討伐には成功したにも関わらず、魔竜に当てられなかったと言う。

 だったら何をどうやって魔竜を倒したと言うのか。

 彼らを罵倒するわけではないが、《草原の導き手》に魔竜を討ち倒すだけの実力は無い。だからこそ、謹製の魔道具を貸し与えたのだ。


「……すみません。言っている事が理解できません。詳細の説明を願えますか」

「勿論です! 実は――」


 先頭に立つラウルが慌てた様子で話し始める。

 その内容は実に荒唐無稽なものだった。

 強大な魔力で誤解して竜人を襲撃し、そこで竜滅砲を使ってしまい困り果てた所、竜人の協力を得てともに魔竜を倒したと言う。


 たまたま竜人と遭遇し、しかもそれが殺しかけた相手に協力してくれるほどお人好しで、魔竜を超える強さを持っていた?

 流石に悪ふざけの冗談と疑いたくもなる。


 しかし、《草原の導き手》はそんなバカみたいな嘘を吐く者達ではない。

 仮に何かしらの理由があって言い訳をするにしても、もっとマシな嘘を吐くはず。


「にわかには信じがたい話ですが……」

「それでも事実です。証拠は冒険者ギルドに。魔竜の遺体がほぼそのまま残っているはずです」


 そこまで言われては疑う余地はなくなる。

 元から彼らへの信頼はあるし、冒険者ギルドにはどのみち報告内容を改めに行く予定だった。


 ただ彼らの話を事実と認識するなら、なかなか素直には喜べない事態だ。

 まず魔竜が討伐された事は素直に喜ばしい。近隣の村や町の被害は甚大だった。それでも軍の派兵が敵わなかったのは、単にリリディア神聖国との緊張状態が続いているせいだ。五年前に大規模な衝突が起こってから数年は落ち着いていたのだが、半年ほど前から国境沿いに兵の影がちらほらしている。

 お陰で隙を見せるわけにいかなくなり、魔物討伐に兵を出す余裕を失くしていた。

 そんな中で魔竜の存在は正に目の上のたんこぶだったわけなので、今は肩の荷が降りた気分だった。


 その結果、《竜滅砲》の効果が測定できなかった点に関しては然程問題にはしていない。

 最優先事項は魔竜の討伐だったし、使い捨てになる事も想定していたためだ。


「その竜人は今ル・ロイザに滞在しているのですね?」

「はい。実は、キャスロック様に面通しを願いたいと紹介を頼まれています」


 この私に会いたい?


 やはり問題となるのは竜人の存在だ。

 本来、竜人と言えば他種族との交流を避け、静かに暮らす者達のはず。

 《草原の導き手》を援護しながら魔竜を容易く屠れる存在など、敵であれ味方であれ面倒ごとにしかなりそうもない。

 領内に竜人がいるだけであれば問題は無い。アルディス竜帝国はそもそも竜人が治める国だし、多種族国家故に種族を理由に排斥を促す事は無い。


 だがしかし。この戦況が不穏なタイミングで現れた意味は何だ。

 万が一、本当に敵だったとしたら……考えただけでも怖気が走る。

 いや、正直その可能性は低い。敵対しているリリディア神聖国は人間族のみを至上とする《ヒュマド》という教えに殉じている人間至上国家だ。他の種族は奴隷扱いを受けているという。

 そんな国で竜人が普通に住めるわけは無いし、個として最も強力な竜人が奴隷に墜ちているとも考え難い。

 だが、長年の膠着状態を打開せんと他種族を利用しようと考え出した可能性は否めない。

 件の竜人が金や名誉に眩むタイプであれば、特に警戒が必要となるだろう。


「……私に会いたい理由について、何か言ってましたか?」

「魔道具に興味があるから、と」


 思考が逸っていた事を恥じる。

 まず考えつく理由に《竜滅砲》があったではないか。

 竜を殺す魔法など、竜人が嫌悪して然るべきだ。

 そうなると、国ではなく私個人に対して敵対する存在と考えるべきか。どちらにしても厄介だが、国を巻き込まないだけマシと見るべきだろうか。


「……あの」


 思考の沼に陥っているところに、遠慮がちな声がかけられる。《草原の導き手》の魔法使いルーナだ。私の立場もあってか基本的にラウルだけと話しをするのが常であり、交流の場で彼女が口を開くのは珍しい。


「私の早とちりだったら申し訳ないのですけど、キャスロック様が不安に思う事態はないと思います」


 私の思考を読まれた?


 いや、これだけ材料が揃っていれば当然ではなく必然か。


「……理由を伺っても?」

「本当に言葉のまま魔道具の事が知りたいだけだと思うからです」

「俺も同意見です。あいつはそんな裏表を持てるタイプじゃない。正直よく分かっちゃいないが、スーパーロボットを作るって夢しか見てないんです」

「彼女が悪人でない事は保証します。ですので、お願いします」


 ルーナに続いてニーダとラウルも弁護を口にする。それだけ慕われているのか。

 こうなっては直接確かめた方が早いだろう。

 とはいえ、いきなり会うのも憚られる。場所に人員に情報、万が一を想定した準備が必要だ。


 まったく。

 一つの面倒ごとが片付いたと思ったらまた別の面倒が増える。

 こうも仕事に追われては、夢を見る暇など無い。

 それでも構わない。やるべき事が溢れている今は、とても充実しているのだから――

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