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2-6「発注」

 ガゼットに頼む発注書を作成すべく、店を飛び出した我は道具屋を目指し駆け出していた。

 通りに道具屋の類は幾つか見つけている。その内最も近くにあった店の門戸を叩き、紙とペン、インクに定規と必要なものを掻っ攫うように集めていく。会計を手早く済まし、反転しすぐさまガゼットの武器屋に舞い戻った。


「戻ったぞ! 机を借りてよいか!?」

「随分と早ぇな!? その辺の机を好きに使え」

「恩に着る!」


 武器が陳列されている机の一角、空いたスペースの使用許可を貰った。早速、紙を広げて発注書……もとい設計図を書いていく。ここは前世の経験が活きる場面だった。

 書き方に迷う事無く、すらすらと線を引き、文字を書き記していく。


「……ったく、そこまでの熱意で注文してくるもんがどんなものか興味が出てきちまったじゃねぇかよ」


 途中、ガゼットの声が聞こえた気がしたがほとんど認識していなかった。

 視野を目の前の紙にだけ定め、一心不乱に書き続ける。

 そうして五枚の紙を黒で塗り上げたところで、我は立ち上がった。


「出来たぞ!」

「随分細かく書いてたな……どれどれ」


 ガゼットに一式を手渡し、確認を頼む。

 ふと窓の外を見ると、夕焼けを越えて夜の闇の到来が始まっていた。どうやら夢中になっている間に時間はしっかりと過ぎていたようだ。

 視線をガゼットの方へと戻す。ガゼットは頭を掻きながらうんうんと唸っていた。


「……む。製造は難しいか?」


 その表情から芳しくないものを感じる。この世界でも問題なく作れるものを、分かりやすく書いたつもりだったのだが。


「……出来る事は出来るが……こいつはどういう意味があるんだ?」


 想像とは違う理由だったようだ。図面を理解できても納得ができていないといったところか。


「どういうもこういうも見たままだが」

「意味がねぇだろ、こんなもん」


 バッサリと斬り捨てられる。どうやらプレゼン不足らしい。だが、これで終わりではない。設計図に載せていない大切なものがある事を今から教えてやろう。


「だが我には必要なものだ」

「どういう風にだ?」

「テンション……いや、敢えてこう言おう。気力が上がる!」

「その為だけにこんな仕様を? そいつぁ無駄ってもんだろ」

「無駄ではない! 気力は大事であろ!? 気力が上がれば強さも上がるのだぞ!」


 気力が上がれば力の籠め具合も変わってくる。その点はガゼットとて分かっているはずだ。だが、それ以上に無駄を感じ取られているのが問題のようだ。


「お前さんの言いたい事は分からんでもないが、いいか。

 武器ってのは持ち主を守るもんだ。大事なのは実用性。それを極める事だけが武器屋の持っていい拘りだとわしは思う」

「……なるほど、良いな。その拘りは実に良い。

 そんなお主であればこそ、やはり頼みたい!」


 ガゼットの言葉を聞いて確信する。曖昧な効果の無駄を込めるぐらいなら、確実に持ち主を守れる強さを用意するのが武器屋の仕事だと、そこに誇りを賭けているのだ。

 それはつまり、使い手の事を第一に考えているという証左でもある。


 信用に値する人間だ。

 ここがダメなら他の武器屋を訪ねる事も視野に入れていたが、最早その選択肢は無くなった。

 何としてもガゼットを説得して、彼に作ってほしいという願望が満ち溢れてくる。


「嬢ちゃん、人の話を聞いておるか?」

「聞いているとも! だが……そうだな、攻め方を変えよう。

 実用性が大事というが、いつまでも代わり映えのしない物ばかり作り続けるつもりか?」

「……何が言いたい」


 ピクンと眉根が動いたのを見逃さない。ガゼットにも思う所がありそうだ。この切り口はいけるかもしれない。ならばこの勢いに任せ攻め立ててみるとしよう。


「革新は一足飛びには起こらぬ、という事よ」

「こいつが革新の一歩だとでも?」

「うむ。革新とはまず挑戦し、失敗を経た後、閃きを得て、成功に至るものだ」

「失敗作だと分かっていても作るべきだってのか」

「頭で理解した気になるのと実際に体験するのとでは天と地ほどの差があるでの」


 形作って初めて分かる事もある。頭の中で立てた理論が現実では上手くいかないことなどザラだ。

 そこまで言うと、ガゼットは何か合点がいったかのように一瞬目を見開き、一つ息をついて頷いた。


「あー……嬢ちゃんはあれか。冒険者じゃなく、こっち側の人間だったか」


 こっち側。つまり物を生み出す側だと悟られた。

 冒険者だとしても、似たような事例はあると思うのだが……どこか波長が合ったのだろう。


「今はまだ冒険者であるがの」


 まだ、を強調して言う。実際、現状の我は一介の冒険者に過ぎない。

 それでも信条と心情は同じであると、ガゼットに対し目で訴える。

 やがて、根負けしたのかガゼットは目線を下ろした。


「はぁ……分かった。そこまで豪語するんだ、金はあるんだな? 大金貨一枚だ」


 金額に直すと100万マリーか。量産武器の四倍近い値段だ。だが、製作の手間暇と労力を鑑みればそれでもかなり割安に感じられる。

 一先ず、財布代わりのマジックバッグから大金貨一枚を取り出し、指で弾いた。

 真っ直ぐ飛んだそれをガゼットは片手でキャッチし、現物を検める。


「ほれ、これでよいか。もっと出してもよいが」

「舐めるな。わしの価値はわしが一番わかっとる」

「そうか。それは失礼をした」


 決してヨイショしたつもりはなかったが、ガゼットの癇に障ったようだ。

 ここは本職であるガゼットの意思を尊重すべき場面だろう。素直に非礼を詫びる。


「ほいじゃ嬢ちゃん……こっちに座れ」

「む? なんだ?」


 小さな椅子を持ってきたガゼットに、座る事を促された。

 言われるがままにひとまず座り、理由を確かめる。


「嬢ちゃん専用の武器を作ろうってのに、お前さんの手一つ見ないわけにゃいくめぇ」

「そういう事か。では好きなだけ調べるが良い」


 オーダーメイドであるからこそ、使い手に最適な物を作ろうという拘りがあるのだ。であれば、そこに感謝こそすれど、我が口を出すなど烏滸がましい。

 両手を広げ無防備を曝け出してみたが、しかし何故かガゼットは額を押さえてため息を吐いた。


「……恥じらいってぇものも覚えろい」


 どうやら我の言い方が悪かったようだ。だが、我は相手がガゼットなら問題は無いと確信している。


「それは時と場合によるものだな。安心するがいい。弁えておる」

「口の減らない嬢ちゃんだ」


 それ以上は問答無用と、ガゼットは黙って我の手と向き合い始めた。

 その間、我はされるがままにじっとしている。

 暇と言っては暇なので、この後の予定でも纏めておくことにした。


 今日はもう日が暮れている。他の買い物は明日以降にすべきだろう。

 必要なのは冒険先で困らない為の消耗品の類だ。回復薬を一通りと、食料品も当然必要になる。あとはそれらを仕舞えるだけのマジックバッグも買い足したい。今手元にあるマジックバッグは財布代わりになる程度の量しか入らないものだ。それでも譲ってもらったのだから十分有難いのだが、これ一つで冒険に出るには物足りない。

 持ち物と、討伐した魔物を収納できるくらいの容量は欲しい所だ。

 スーパーロボットを作る為の資材も集めなければならないが、それは今の自身では時期尚早だろう。もっと地に足がついた頃に考えればいい。


 そうだ。せっかくだから魔道具についても見て回りたいところだ。

 ラウルたちに依頼もしているとはいえ、街中で手に入る魔道具のレベルやここと同じようにオーダーメイドがまかり通るものなのかも確認しておかねば。

 仮に市井の魔道具屋で諸々が事足りたとしても、《竜滅砲》は特別と言っていたから領主の専属魔法使いに会える機会は無駄にはならないはずだ。


 などと、明日以降の予定が色々と纏まった後、今晩の献立やら前世の出来事を思い返す時間を経て、ようやく我の手はガゼットから解放された。


「……よし、じゃあ三日後に取りに来い」

「随分と早いな」

「急ぎの仕事もないからな。ほれ、分かったらとっとと出てかんかい。仕事の邪魔じゃ」


 もう夜も遅いと言うのに、早速取り掛かってくれようしているのか。

 ならばこれ以上は本当に邪魔になると、立ち上がり店から出ようとしたところでふと思い出した。


「おっと、その前にそこのナイフを貰っておこう」


 値札にかかれた金額、五万マリー分の金貨を手渡し、ナイフを手に取る。


「毎度。結局、普通の武器も買うのか」

「三日後までの繋ぎにな。ではガゼット、またの」


 三日間、冒険に出ないとも限らない。短い期間とはいえ、今更他の店で代替品を用意する気にもならなかったので売り上げに貢献する事にしたわけだ。

 そうして買ったナイフをマジックバッグにしまい、今度こそガゼットの店を離れた。


 すっかり辺りは暗くなっており、人通りはまばらだ。

 聞こえてくるのはどこかの酒場からの喧噪ばかり。

 冷たい風が肌を薙いでいくのが心地いい。爽快な気分で、我は宿屋へと戻っていくのであった――

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