2-5「鍛冶屋」
冒険者ギルドでの登録後、まず最初に行ったのは宿屋探しだった。
拠点は大事だ。
ラウルたちから別れ際に聞いたお勧めの宿屋を幾つか見て回り、最終的に《夜明けの羊亭》という宿屋を選ぶことにした。西門と中央街の間くらいに位置する宿で、旅人向けの小さな宿ながら小奇麗で、店員の愛想がよかったのが決め手だ。
降ろす荷物もなかったので、一週間分の宿賃を払った後はすぐに街に繰り出した。
最初に目指すは武器屋だ。冒険者として活動するなら絶対に必要になる。無条件でただ敵を殲滅するだけなら竜化すればいいが、街で暮らし、竜人である事を伏せ、冒険者として魔物討伐を証明するにはどうしたって人の身体で戦うしかない。
身体能力は竜人としての魔力が底上げしてくれているようだし、前世から引き継いだ格闘術も使える。そういう意味では武器がなくとも最低限の戦いは出来よう。しかしただ戦えるのと、効率よく安全に戦えるのでは全く意味合いが異なる。ここに金を惜しむべきではない。
ちなみに、前世で格闘術を学んだのは万が一コクピットをモーショントレース方式にした場合、強さが中身の身体能力に大きく左右されるためだ。
そういうわけで早速、武器屋を数軒ハシゴしてみた。
数軒回った。つまり、満足のいくモノが見当たらなかった。
一番めぼしいものがありそうだった店に戻り、店内に飾られた武器を順番に覗き見る。
そこは工房に隣接した小さな武器屋で、一つ一つ丁寧に武器が飾られていた。店自体も地味で、武器も華美な装飾が施されているわけではないが、素人目に見ても他とは違うのが分かる仕上がり具合だった。
決して品質は悪くない。
購入に踏み切れない理由はただ一つ。
ワクワクがないのだ。
我が異世界で冒険者をする為に転生していたなら、最高のテンションになっていたかもしれない。
だがしかし。
だがしかし!
我にとっては身の丈を超える大剣よりもビームサーベルの方がテンション上がるし、弓を構えるよりもミサイルランチャーを肩に担いでいる方がワクワクする。
「さっきから何を唸っとるんじゃ、嬢ちゃんは」
一通り物色していると、奥からたくましい髭を蓄えた筋骨隆々の男がやってきた。白髪としわの多さから初老と分かるが、がっしりとした筋肉が老いを感じさせない。
着ている作業着と合わせて、一目で鍛冶師と分かる風体である。
「む。店主か。邪魔をしておる。見ての通り武器選びに難儀しているのだ」
我の言葉に、店主と思しき男は見定めるように我の全身にざっと視線を沿わせていた。それがこちらの力量を図ろうとしている目である事が確かな故に不快感は無い。
自分で言うのもなんだが、今の我はパッと見ただけでは小柄な十代の少女だ。訝しんで当然だ。
「見かけない顔だが、新米冒険者か? 嬢ちゃんみたいなのが武器もって魔物狩りたぁなぁ」
我一人でなく世間全体を憂うように大きなため息を吐く。
どうやら必然に迫られて冒険者を始めた若者に見られているようだ。であれば安心を与える為にも訂正せねばなるまい。
「己で選んだ道ゆえ後悔は無い。心配は要らぬ」
「そのなりで良く言うわ」
見た目から否定されてしまった。一応、今の服はルーナのお下がりを貰ったものだから冒険者が着るローブと言って差し支えないと思うのだが。
だが、よくよく見ればここには魔法使いが使う杖の類は無い。見た目と探している武器がちぐはぐだから違和感を持たれているのかもしれない。
どう返答したらよいかと迷っていると、店主の方が先に口を開いた。
「……それで何を悩んどるんじゃ。金なら負からんぞ」
新米だから金銭に苦心していると思われているようだ。
確かにここで売られている武器は品質が良い分、他で見て回った武器屋のものに比べて割高となっている。他店の平均が鉄の長剣一本で大体八万から十万マリーほどだったのが、ここでは二十五万マリー。
それだけの価値もあるのだろう。しかし、一般的な庶民の月収を超える金額は初心者冒険者には手を出し難いに違いない。
「案ずるな。これほどの腕を安く見積もるつもりなどない」
「褒めても何も出んぞ」
「それは残念だの」
「金で無いなら何に悩んどるんだ」
冗談の応酬に飽きたのか、改めて悩みを訊ねられ、我は答えに窮する。それを何と形容すべきか。適切な言葉を選びあぐね、思考の渦に彷徨う事数十秒。
「強いて言うならトキメキ……かの」
「はぁ?」
選び抜いた言葉は秒で返された。疑問符も付随している。単語の選択を間違えたようだ。
「浪漫と言い換えてもよい。胸の高鳴りが足りんのだ」
他の言葉に変換し思いを伝えてみる。しかし、今度は手の施しようのないバカを目の前にしたかのように店主は頭を押さえて唸りだした。
しばらく様子を見ていると、店主は眉間にしわの寄ったままの真顔で我と向かい合う。
「嬢ちゃん……ここは武器屋だ。そして武器とは命を預けるものだ。わしが言いたい事は分かるか?」
どうやら我の願望は伊達や酔狂だと捉えられたようだ。
確かに一理はある。職人気質の人間からしたら、我の発言は夢しか見えていないガキンチョでしかないのだろう。
「分かっておる。だがな、それでもだ。拘る意味はあると我は言いたい」
店主と正面から目線を合わせる。言葉で意志を示すのも大切だが、その意志が揺るぎない事を態度で伝えるのも重要だ。店主を見上げながらも一歩も引かず、目も逸らさない。不敵な笑みも加えてやろう。
しばらく睨み合うように視線を交えていると、店主は大きくため息を吐いた。
「ふぅむ……変な客が来ちまったもんだ。浪漫というが、そんな曖昧な言葉では何もしてやれんな。
形がしっかりと出来てるんなら話はまた変わってくるんじゃがの」
どうやら妥協を引き出せたようだ。これはもう勝負に勝ったと言ってもいいだろう。
何故なら、同時に素晴らしいアイディアも与えてくれたのだから。
「形……ほう、そうか! その手があったか!」
「ど、どうした急に大声など出しおって」
「店主よ、ここは量産品専門の店か?
いや、例えば我が発注書を用意すればその通りに作っては貰えるのかの?」
思い浮かんだ答えは、オーダーメイド。既存の武器で満足いかないならば、新しく生み出せばいいという考えだ。
冒険者を始めるという事に重きを置き過ぎて、簡単な答えすら見出せなかった。
身の丈を超える大剣よりビームサーベルの方が心湧きたつならば、ビームサーベルを作ってしまえばいいのだ。いや、現時点でそんなものが作れる土壌があるわけではない。しかし、ビームサーベルでなくともスーパーロボットが持つに相応しい、我のテンションが高まる武器は他にも沢山ある。
その全部が作るのに困難を極めるものばかりなわけではない。人間サイズで、且つ性能をある程度妥協すればすぐに実現できそうなものも多々ある。
「一点ものが欲しいってのか……まぁ、金とその発注書ってやつの内容次第だな」
どうやら興味を引けたようだ。あとは上手くプレゼン出来れば勝利は目前。
そうなると、プレゼン相手の名前も知るべきだろう。
「なるほど! 店主よ、名を聞いても良いかの」
「ガゼットだ。ガゼット武具店って表に名前出してあるじゃろ」
「あれは店主の名であったか。我はサクラだ! 好きに呼ぶがいい」
「嬢ちゃんは嬢ちゃんのままでいいだろ。わしも呼び捨てで構わん」
「ではガゼットよ、暫し待て。急ぎ紙とペンを用意してくる!」
発注書を書くには文具が要る。ガゼットに一礼し、すぐさま私は店から飛び出した――