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2-4「冒険者」

 ギルドマスターの私室を出た後、我とラウルたちは一度別れる事になった。

 ラウル達は依頼達成の手続きに、我は冒険者登録の申請を行う必要があったためだ。

 一階に戻り、冒険者登録専門の窓口に向かう。スタッフには既に連絡がいっていたらしく、すんなりと登録作業が行われた。と言っても、せいぜいが申請書に名前を書く程度で、我がやる事はほとんどなかった。後は本人証明の為の魔力と血の登録などであり、スタッフに誘導されるがままに流されていたらいつの間にか終わっていた。

 本来であれば筆記試験と実戦演習を経るらしいが、特例措置というやつらしい。


 小一時間程度で登録作業は終わり、カード型の冒険者証を手渡された。

 スタッフの説明によると、カードには本人を証明するための魔法が組み込まれており、魔力で照合できるらしい。これも一種の魔道具という事だった。思った以上に魔法文明は高度なようだ。

 スタッフの案内でラウルたちの下へ向かう事にした。スタッフに案内されるがままに歩き出す。一階の受付に向かうものと思っていたが、案内されたのは奥の個室だった。

 どうも高額の報酬の受け渡しは個室で行われるらしい。

 ちょっと考えれば当然の事だ。不用意に他の冒険者に見られれば目を付けられかねないし、そうでなくとも大金のやり取りともなれば慎重にもなろう。

 個室の中に入ると、ラウルたちとミリシャが机を挟み向かい合っていた。

 どうやらラウルたちも話が一段落したところのようで、我が入るなり皆の視線がこちらへと向けられた。

 ミリシャに手招きされ、ラウルたちの側に着席する。


「そっちは無事に登録が終わったようだな」

「うむ。見よ!」


 手にしたばかりの冒険者証を見せつける。ルーナがパチパチと拍手して讃えてくれた。


「こっちもちょうど査定が終わった所だ」

「査定?」

「サクラにはちょっと言い難い事なんだが……まぁ、いずれは知れる事だし正直に言おう。

 魔竜の骸を回収しただろう。魔物の素材は討伐の証明になるだけじゃなく、色々なものに利用できる貴重な品だ。だからギルドに買い取ってもらうのが普通なんだ。無論、必要な素材なんかがあれば残すのも任意ではあるが……」

「悪ぃな。今回は全部売っ払う方向で話を進めちまった」


 なるほど。我がいない間に話を進めていたのは、魔竜とは言え同じ竜族の亡骸の処遇を決める話し合いだったからか。

 彼らなりの心配りなのは理解できるし、今の所は竜の素材を必要とする事も無い。


「構わぬ。その方が報酬の配分も分かりやすいのであろう」

「助かる。それじゃ早速だが分配しよう」

「では、まず報酬の確認ですが……魔竜討伐の成功報酬が4000万マリー」


 どん、と金貨の山が四つ机の上に並んだ。一つの山が十枚。つまり金貨一枚が百万マリーの価値があるらしい。

 しかしイマイチ実感がない。この国の貨幣価値をまだ知らないせいだ。魔竜討伐の報酬なのだから高額なのは間違いないのだろうが。


「うおおお! すげぇな! これだけの大金貨初めて見たぜ!」


 横でニーダが立ち上がって興奮していた。というか大金貨とは。普通もしくは小金貨も存在するという事だろうか。


「サクラちゃんは落ち着いてるね?」

「む……長らく金とは無縁の生活をしていたでな。どれほどの価値があるのか分からんのだ」

「そ、それは……随分と箱入りだったのですね」


 事情を知らないミリシャがフォローするように渇いた笑いを浮かべていた。

 ラウルたちは逆に知っている故か、納得したのかしきりに頷いている。


「まぁ、一般住民の平均月収が20~30万マリーくらいだと考えればいい」


 つまり年間350万ほど、と考えると前世の日本と然程変わらない貨幣価値と言えるだろうか。

 そうなると、大金貨一枚が百万円相当となる。

 つまり今、目の前には札束が山積みになっているわけか。ようやく皆が興奮していた意味が理解できた。


「それから魔竜の素材についてですが、こちらも4000万マリーで買い取り致します」


 更に大金貨の山が四つ机の上に並ぶ。

 なんと報酬が一気に倍になってしまった。


「こ、こんなに……!?」

「首元以外、ほぼ無傷。最高レベルの状態でしたから解体手数料を差し引いてもこれだけの価値があります」


 ニーダなどはもはや感激に声も出ない様子だった。単純計算で十年以上遊んで暮らせる金額だろうから無理からぬ事か。


「皆さんは報酬を均等に割り振ると言う話でしたね」


 ミリシャが我々の顔を見ながら確認してくる。ル・ロイザに来るまでに話し合った事だ。それぞれ頷きをもって返事をした。


「では、そのように」


 ミリシャが机上の大金貨を動かす。我の前に大金貨の山が四つ、ラウルの前に同じく四つ並べられた。


「待て待て待て! おかしいであろう!? 均等だと言ったはずだ!」


 思わず立ち上がって抗議する。しかし、そうしたのは我だけでラウルたちは不満どころか疑問すら抱いていない様子だった。


「はい。ですから均等に《草原の導き手》とサクラさんで分けましたが?」

「その通りだ。何も問題ないよ」

「問題あるわ! 均等に分けると言ったら、四等分だと普通思うであろ!?」


 どうやら我以外は共通の認識があったらしい。つまるところ、冒険者の常識なのだろうか。しかし、それでは流石に我の恰好がつかない。

 憤る我に対し、ミリシャが努めて冷静に説明を始めた。


「パーティであったらサクラさんの言う通りでしたが、ラウルさんたちはユニオンを組んでいますのでこれが普通なんですよ」


 そういえば初めて会った時にもそんな言葉を聞いた気がする。何となくで流してしまったが、この際ここでしっかり意味合いを確認した方が良さそうだ。


「パーティとユニオン……説明を頼めるか」

「簡単に言えば一時的なものか持続的なものかの違いです。

 パーティは依頼や冒険ごとに必要に応じてその都度組むもの、ユニオンは目的を同じくする冒険者が一つの集団として登録したものです」


 つまり集団が個と認められるわけか。


「ユニオンのメリットは、参加するメンバー個人個人のランクを超えて活動できる事です。ユニオン自体にランクが定められる為、例えばEランク冒険者がBランクユニオンに加入すればBランクの依頼を受けられる事になります」

「俺やルーナもCランクなんだが、《草原の導き手》はBランクだから今回の魔竜討伐も受けられたってわけだ」


 横からニーダが補足を入れる。その言い回しだとラウルは違うということか。


「今回の場合は《草原の導き手》とサクラさんがパーティを組んだ、という形になります。

 ですので、報酬を半々に分けるとこのようになるのです」


 目の前の大金貨を示される。それが冒険者に定められたルールだというなら、これ以上抗議するのは無粋なのだろう。だが、ここまで恰好をつけられたままは我の立つ瀬がない。


「分かった。では甘んじて受け取ろう。だが、困ったな。これだけの金貨を持ち歩く術が我には無い」

「マジックバッグなら余りがある。容量は小さいから財布代わりにしかならないが良かったら使ってくれ」


 ラウルから小さな巾着袋を手渡された。マジックバッグの価値は分からないが、まだ少し『弱い』か。


「おお、これは助かるな。ついでといってはなんだが、もう一つ頼みを聞いてくれるか」

「なんだろうか?」

「我は魔道具にも興味があってな。《竜滅砲》だったか。あの魔道具を作った者に渡りをつけてくれぬか」


 途端にラウルの顔が渋いものになった。これは当たりを引いたようだ。


「……悪いけど、それは何とも言えないな。あれを作ってくれたのは領主の専属魔法使いなんだが、今回は魔竜が相手だから特別に仕立てて貰っただけだからな。本来なら俺たちじゃ謁見すら叶わない相手だよ」

「ふむ、そうか……」


 これは当たり過ぎて逆に外れだったか。

 失策に頭を悩ませかけたところ、横からニーダが口を挟んできた。


「だがよ、《竜滅砲》は返却する事になってるから話をする機会はあるだろ?」

「そりゃ報告義務があるからサクラの事は伝えるけど……」


 返却に報告義務。そういえばかの魔道具は一度使えば壊れてしまう代物だった。

 特別なものだというなら、作り主としても実戦結果や破損具合を確認したいのだろう。製造畑のタイプであればそこから改良案などを考えたりするのは当然だ。

 しかし、そうなると我の登場で魔竜に対して不発となってしまった事実はデータ収集という意味では無念かもしれない。

 あるいはデータ不足の補填の為に威力を間近で見た我の意見を聞きたくなる……という流れを期待したいところだ。


「確約できずともよい。名前を知ってもらえるだけでも違うからの」


 ちなみに魔道具の製作者に会いたい理由は、半分は方便だが半分は本気だ。

 今後、スーパーロボット……機械を製作するに当たって魔道具は必ず必要になってくる。機械を作る為の機械の代用品として。

 街中にも職人はいるだろうが、優秀な職人に伝手があるのなら利用しない手は無い。


「……分かった。だが、本当に期待しないでくれよ?」

「よいよい。では、その依頼料にここまでの勉強代、貰った服やらマジックバッグやら合わせてまとめて支払うとしよう」


 そして方便を用いた目的の方も処理すべく、手元の金貨の山二つをラウルたちの方へと寄せた。


「おいコラ待て」

「さ、サクラちゃん!?」

「何でそうなる!?」


 三人から同時にツッコみが入った。誰も彼も随分と慌てた様子である。してやったり。

 これを見られただけでもやった価値はあるというものだ。


「依頼には報酬。当然ではないかの」

「幾らなんでも貰い過ぎだ!」

「ふむ……ミリシャよ、こういうのは問題となるのかの?」


 反論というよりむしろ叱るような物言いをするラウルの言葉を右から左に流し、ミリシャに確認を取る。

 依頼を仲介する立場にある冒険者ギルドの職員の前で、堂々と個人間の依頼と報酬の受け渡しはまずいだろうか。


「ええと……冒険者ギルドで請け負う類の依頼ではないので、そういう意味では問題はありませんが……ただ、高額過ぎて別の問題となる可能性はあるかと」


 正当と呼べない金銭の授受はやっかみが付き物というわけか。

 ならば、と一山だけ手元に手繰り寄せる。


「ふむ……では半分で手打ちとしよう」

「手打ちって……そっちの台詞じゃねぇだろうよ」

「残りはまた恩を着せた時に渡す事にする」

「なんでそんな頑固なんだか……貰っちまえよ」

「そうはいうがな? 我は元々四分の一のつもりだったのだ。それに、お主たちだけかっこつけているのもずるいであろう」


 呆れながらツッコミを入れるニーダが、こちらの事を慮ってくれているのはよく分かる。

 ルールを守っているのも向こうだ。主張が間違っているのは我の方であろう。スーパーロボットの製作には無限にも近い金が必要なのも事実だ。

 それでも。

 かっこをつけなければ夢に非ず。自身が納得できない稼ぎは素直に使う気になれない。


「ほんとに……サクラちゃんは一度言ったら聞かないんだね」

「ふふふ。伊達に夢を見続けているわけではないぞ」

「分かった。じゃあ、二度と恩を売らないように気を付けるよ」


 かっこつけの譲り合いの応酬にチェックメイトをかけたのはラウルだった。

 その意味と意図を考える事数瞬、我は受け入れる事を決めた。


「……それもよいな。うむ、悪くない」


 つまりラウルたちは二度とピンチにならない、と宣言したのだ。それならばそれが真実となるように願うのが友だろう。

 決着がついたところで、報酬を手に冒険者ギルドを後にした。

 ギルドの出入口を出たところで、ラウルたちと対面する。


「それで、サクラはまだル・ロイザに滞在するんだよな?」

「あぁ。冒険者になったはいいが、武器も何もないでの。一先ず鍛冶屋や道具屋を見て回るつもりだ。

 その後は適当に依頼をこなしてお主らの返事を待つつもりだ」


 成り行きとはいえ魔道具の製作者に会える機会を手放すつもりはない。

 冒険者として生きていくにも準備は必要な為、しばらくは街に身を置くつもりだった。


「じゃあ連絡は冒険者ギルド経由でいいな。何かあったらミリシャに伝えておく」

「助かる」


 そこで、我とラウルたち《草原の導き手》の間にあった協力関係は一旦の終わりを告げた。

 これから先は、夢の為別々の道を行く。


「お陰様でいい経験になった。ありがとう」

「最高の冒険だったぜ!」

「サクラちゃんも頑張ってね!」

「うむ。本当に世話になった。ではまたな!」


 最後は気持ちのいい挨拶をもって。


 こうして、我は一人の冒険者として、新たな出発を果たすのだった――

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