6-28「VSセチアその2」
「ここでセチア選手、竜化したぁぁぁあ!! 果たしてサクラ選手は竜を相手にどう対抗するのかぁぁぁ!?」
トリオの実況が闘技場内に響き渡る。だが、実況などなくとも現れた巨大な竜の威圧感は会場内全てに伝わっていた。
「やれやれ、せっかちだの。もう少しじゃれあってもよかったのだが」
「粋がってんじゃないわよっ!!」
セチアが身体を大きく捻る。必然的につられる尾っぽが横薙ぎに襲い掛かってきた。だが、セチアが竜化した時点でそれは既に想定内。
地面を蹴り上げ大きく後退する。直後、我が先ほどまで居座っていた地点をセチアの尾っぽが通過しようとした。我は即座に防御の態勢を取る。
――ドオォォォンッッッ!!!
爆発が起こった。否、起こした。爆風が吹き抜け、煙が舞台を覆う。
先ほどセチアに蹴りをぶちかました後、着地と同時に設置していた地雷によるものだ。
竜化したセチアの目は人化している時に比べ、小さなものが見辛くなる。更に怒りで視野狭窄状態になっていては、手の平サイズの地雷など気付くべくもない。
「……また目晦まし? 芸が無いわね」
爆風が収まり、セチアの全身が露になる。竜の肉体には傷一つ見られなかった。
「目晦まし、か。そう言われるとちと傷つくの」
竜の肉体に致命傷を与えられるとは思っていなかった。しかしまるで無傷とも思っていなかった。
「まさかこれで終わりなんて言わないでしょう……ねっ!」
痛烈な勢いで竜の巨大な顎が迫る。尻尾の次は噛み砕いてくるつもりか。
寸でのところで飛び退り、攻撃をかわす。だがセチアは更に踏み込んで二度、三度と噛みつこうとしてくる。
気付けばあっという間に舞台の端へと追い詰められていた。そこに来て、セチアの動きが変わる。再び尾っぽを振るい横から薙ぎ払いにきた。どうやら逃げ場のない場所まで追い込み、場外を狙ってきたようだ。
セチアのプライド的にこちらを倒す方向でくると思っていたが、存外冷静さを失ってはいないらしい。
迫りくる尾っぽを跳躍によってかわす。同時に、我の目は竜の顎の動きを観測した。再びブレスを吐こうとしている。竜化して威力が上がっているとはいえ、耐性のある我に対し直接的なダメージは望めない。しかし、跳躍し空中にいる今、火山の噴火の如き炎の濁流に飲まれれば場外退場も辞さないだろう。
どうやら我の動きは予測されていたようだ。
故に。
今一度、閃光手榴弾を放り投げる。
「――ッ!!?」
一度身をもって体験したもの、そう易々と無視はできまい。
セチアが顔を背け、一瞬の隙が出来る。その間に着地した我は帯刀していた電磁警棒を取り出した。
すかさずダッシュして電磁警棒を振り被る。
我の攻撃を払いのけようとする竜の腕が伸びてきた。悲しいかな、それは悪手だ。
電磁警棒が竜の腕に触れる。
「あぐうぅぅっ!?」
竜の口から悲鳴が轟いた。
一般人なら秒で気絶させられる高電圧が流れたのだ。
いかに竜の身体と言えども無視できないものだったのだろう。
「い、いったいどうした事でしょう!? 棒に触れただけに見えましたが、セチア選手大きく仰け反っているううう!!」
トリオの実況が響き渡る中、セチアは悲鳴を押し殺し凛然と立ちはだかる。
「また妙な真似をっ! けど、その程度で倒れるなんて思わないでよねっ!」
それが強がりである事は、体幹がグラついている事から優に想像できた。
まだ戦意を喪失していないというなら遠慮は不要だ。
「そうか。なら、もう少し出力を上げても良さそうだの」
「……え?」
我が事も無げに放った言葉に、セチアの素の戸惑いが浮かぶ。
電磁警棒のグリップを回す。こうする事で出力を三段階変化させる事が出来るのだ。
一般人を怯ませる程度の小出力。気絶させる程の中出力。そして一般人であれば絶命に至る可能性もある大出力。相手が竜の肉体である事から、最初は中出力で様子を見た。だがそれで物足りないのなら、大出力を試すのみだ。
電磁警棒を構え、攻撃に躍り出る。
セチアは今度は振り払おうとはせず、大きく飛び退った。同時にブレスを吐く態勢を取っている。
狼狽えていたように見えて対応は冷静だ。さすがは我が妹と言っておくべきか。
しかし、十分でない態勢からのブレスは隙が大きい。セチアが炎の息吹を吐き出すと同時に、我はその下を潜り抜けるように接近する。
そして隙だらけの腹部に向けて電磁警棒を突きつけた。
「があああああああっ!?」
竜の口からブレスが途切れ、代わりに先ほどより一段大きい悲鳴が溢れ出る。
これで勝負はついたかと思ったが、それでも竜の巨体は倒れこむ事はなかった。
「まだ……まだよっ! これに耐えきれば……!」
「確かにこれ以上出力はあげられんがの」
緩慢な動きながら、セチアは両腕を振り被って我に攻撃を仕掛けようとしてくる。
既に限界が近いことが推察されたが、それでも失われない闘志には素直に賞賛を送るべきだろう。
しかし、それと手心を加える事はまた別の話だ。
「私がああぁぁぁ!!」
電磁警棒を構える我に、左右から竜の鋭い爪が迫る。どうやら片腕を犠牲にする覚悟で一撃を喰らわせようという腹積もりのようだ。
「では、代わりに二本目いってみるかの」
「……え、は?」
左手を腰に回す。そこに隠していた二本目の電磁警棒を引っ張り出した。
そうして迫る二本の竜の腕に向けて電磁警棒を突き出す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!?」
竜の顎から漏れ出る最大級の悲鳴が闘技場内に木霊する。
悲鳴が鳴り止むより僅かに早く、竜の巨体が倒れこんだ。その巨体故に、尻尾の一部が場外の地べたに触れる。
「こ、こ、これはまさかの展開だぁぁぁ!!! 圧倒的な力を見せ、優勝候補と目されたセチア選手がまさかの一回戦敗退ぃぃぃ!! 勝者は謎の少女サクラ・ライゼンンンーー!!!」
我の勝利を告げる実況が耳に届く。セチアはピクピクと僅かに体を震わせているが意識はなさそうだ。仮に場外負けがなかったとしても、これなら我の勝ちと認められただろう。
勝利の余韻とともに、身体を休めているといつの間にやら実況を務めるトリオが実況席を離れ、我のすぐ傍に近づいていた。
「勝利者であるサクラ選手には申し訳ないのですが、先ほど何が起こったのかお聞きしてもよろしいでしょうか。そちらは魔道具ではないのですよね?」
勝利者インタビュー……ではない。魔法封じの腕輪をつけているとはいえ、先の様子を見て我の使っている武器が魔道具ではないかと疑われているのだ。
観客から見れば、ただの棒きれを触れさせただけで頑強な竜が悲鳴を上げるというのは違和感しかないのだろう。
このトリオという男は進行の立場から、その疑惑を解消するためにわざわざ我に近づいたようだ。そういう意味では実に誠実な男らしい。
「もちろんこれは魔道具ではない。その証拠に魔石も使っていないし、詠唱文もどこにも記されていない」
電磁警棒の出力をオフにしてトリオに手渡す。こちらとしても要らぬ疑いを晴らすには丁度いい。
「……確かに。では何故セチア選手は触れただけで倒れたのでしょう?」
元々魔道具でない事は魔法封じの腕輪の存在から証明されていた事だ。それも改めて確認ができたとなれば、残る疑問は何が起こったかという事になる。
とはいえ、目に見えぬ物事を説明するのは難しい。否、説明は出来てもそれが伝わるかどうかという点が問題なのだ。
「それは……主が直接体感してみるかの?」
「えっ!?」
「もちろん出力は抑える。一般人でも耐えきれる程度にの」
となれば、実体験してもらうのが最善だ。痛い思いをさせるのは気が引けるが、これ以上に伝わる手段は他にはあるまい。
我の提案にトリオは一瞬怯んだ様子だったが、数秒の間も置かずに覚悟を決めた顔に変わった。
「ええと……その……わ、分かりました。司会進行を任されたこのトリオ! 挑戦して見せましょう!」
そのプロ根性に敬意を表しつつ、使い方を簡単に説明する。トリオは早速出力を最低の状態で起動すると、恐る恐るといった様子で電磁警棒の先端を反対の腕にそっと触れさせた。
「あばばばばばっばばば!?!?」
トリオは三秒ほど耐えたが、すぐに電磁警棒を放り出してその場に尻もちをついた。
観客席から動揺する声がちらほら聞こえてくる。
「こ、これは……まるで雷魔法でも受けたかのような衝撃……」
「似て非なるものではある。雷撃を疑似的に再現したものと思ってもらえばよいかの。無論、魔法でも魔道具でもない。ただの武器だ」
「い、一体どういう仕組みかはサッパリわかりませんが、これが魔道具で無い事は身をもって体感しました。改めまして、サクラ選手の勝利です!!」
トリオが再び我の勝利を宣言する。
僅かな間をおいて、観客席よりちらほらと拍手と歓声が聞こえだした。
それまで困惑が勝っていた観客たちも、トリオが身体を張って証明してくれた事で実感が湧いてきたらしい。
他者の賞賛を欲していたわけではないが、勝利を認められた事は素直に嬉しいものだった。
こうして、我の初戦……そしてセチアとの決着は終わりを迎えた――




