6-23「対策」
予選が一通り終わったその日は、それ以上大会の進行は無かった。
闘技場内は本選に向けた準備が行われるという事で関係者以外の立ち入りが禁じられた。
日も傾きかけていた事もあり、我らは闘技場を離れ、街中へと出ていた。
全員そろって勝ち抜けたのだから、予選の結果は上々と言える。ただし、ここまではスタート地点に立てたというだけだ。目的である賞金を得るには本選で勝ち上がらなければならない。
とはいえ、勝利は勝利。予選突破を祝って乾杯を取ろうという話になった。
もちろん、リ・マルタでダンジョン攻略を果たした時のような豪勢なものではない。街の端にある小さな酒場でのささやかな宴だ。
小さなテーブルを囲み、安酒とミルクで喉を潤す。つまみは野菜と肉の炒め物というシンプルなものだ。
それでも十全に楽しい宴と言えた。互いの健闘を讃えあい、他愛もない雑談に花を咲かせる時間というものはかけがえのないものなのだ。
「えっと、明日が本選の抽選で明後日から本選開始だっけ?」
流れで闘技大会のスケジュール確認の話となる。
「ええ。本選は一日に二試合ずつ、七日間行われるみたいね」
「ゆとりがあるのは良い事だの」
「それだけ相手にも考察されるって事でもあるけどね」
丸一日を抽選で終わらせるのは話題作りと本選に向けた準備のためか。予選参加者の療養の意味もあるだろう。
本選の進行が穏やかなのは数年に一度のお祭りを長引かせたい意図があると推測される。
尤も、運営側の思惑など考えたところで然して意味はない。大切なのはそれをどう活用するかだ。
我らも、対立する他の本選進出者も、用意された時間をどれだけ有効的に使えるか。
実力的な意味合いでは今更何をしても遅いだろうが、勝ちを求めるなら出来る事は幾らでもある。
その一つが情報収集だ。相手がこちらの分析をしてくる可能性がある以上、こちらもしておくのは最低限の備えと言えよう。
「考察といえば、なかなか手強そうな相手が何人かいたの」
筆頭に浮かぶのは我が妹なのだが、それ以外にも苦戦を強いられそうな猛者が何人かいた。
最強を決める闘技大会なのだから当然と言えば当然だ。
尤も、闘技大会に興味を持たない猛者も世の中にはいるだろう。この地に真の意味で最強の英傑が揃っているかと問われれば恐らく違う。だからこそ、我らにも上位入賞の可能性があると言えるのだ。
「だよねぇ。うう、あたし勝てるかなぁ」
「くじ運次第な所はあるけど、勝てそうな相手は何人かいたでしょ」
「絶対勝てなさそうな相手もその分いたけどね! そこのパパとか!」
ミリーのギロリとした視線がリックドラックを刺す。刺された当人であるリックドラックは呆れたように愛娘を見返していた。
「お前なぁ、今からそんな弱気でどうすんだ」
「客観的に見た冷静な分析だよ!」
ミリーの嘆きも分からなくもない。リックドラックとぶち当たれば敗北はほぼ必至。決勝まで当たらないことを祈るしかないのだ。我らとリックドラックの間にはそれだけの差がある。勿論、万が一かち合ってしまったら精一杯抗うつもりはあるが。それでも勝てる見込みは今のところ欠片も見当たらない。
「分析と言えば、本選出場者の情報を纏めておいたんだけど」
「仕事はやっ!」
レイニーがしれっと言ってのけた言葉に、ミリーがすかさずツッコミを入れる。
予選の試合では、出場者の情報はほとんど流れなかった。五十人以上が同時に戦う都合もあるのだろう。運営側が細かい情報まで把握しきれていなかった様子だった。
明日一日を本選の抽選に費やすのは、もしかしたらその辺の事情も関係しているのかもしれない。
話を戻して、レイニーは果たしていつ情報を集めていたのだろう。
予選の最中やその後もさほど空き時間があったわけではないはずだ。とはいえ、そこに言及するのは無粋か。恩恵を享受できる事に感謝しておくに留めるのがベストと言えよう。
「流石はレイニーだな。冒険者になっても変わらんなぁ」
リックドラックも心当たりがあるらしい。そういえばル・ロイザにいた頃は参謀の役割も担っていたか。改めて働き者だという事を理解する。
「助かるが、無理はしておらぬか」
「こういうのは苦じゃないから大丈夫」
苦じゃないという事はイコール疲れないという事ではない。我自身、覚えがある事なので心配にもなる。
そして、こういうのは周りが止めても止まらないものだ。
意気揚々と調査の成果が書かれているらしいノートを取り出すレイニーを見て、我は感嘆と諦観の入り混じった溜息を漏らすしかなかった。
「まずはセチアね。彼女については言うまでもないかもしれないけど、私やミリーが戦う可能性もあるからね」
どうやら予選順に評価していく流れのようだ。
最初は我の妹であるセチア。竜人としての強さは最早言うまでもない。
「そっか。うう、あんなのあたしじゃ勝てないよぉ」
「正直、私も厳しいわね。本選は舞台から脱落も負けになるから、それを上手く狙うしかないと思う」
既に諦めの境地にいるミリーに対し、レイニーは作戦を挙げてみせる。
「なるほどの。尾っぽの先が地面に触れても負けとなるのか」
真っ向勝負では勝ち目がないにしても、戦いようはある。今は悲嘆に暮れているミリーにも勝ち筋がないわけではないのだ。
「狡いやり方だとは思うけどね」
「なぁに、勝ちは勝ちだ。もし二人のどちらかが戦う事になったなら我の事は気にせず、やってしまえばよい」
「あたしは遠慮したい!」
二人にはそう言うも、我自身は同じ手段を取ろうとは思っていない。
セチアと相対する時だけは、真剣に真っ向から挑むつもりだ。でなければ、矜持を示せない。
だがもし二人が先にセチアと戦う事になったとすれば、我とセチアの個人的感情など無視して二人に勝ってもらいたい。
我とセチアに因縁はあるが、その重要度はユニオンの目的を超えるものではないのだ。
「次はBグループのヨーザとワコイの二人ね」
セチアの話が終わり、次に入る。レイニーが名前を告げるも、サッパリ姿恰好が思い出せなかった。
本選を勝ち抜くため、予選の様子は全て眺めていたはずなのだが。
「剣士と魔法使いだっけ」
我よりミリーの方が覚えがよかった。少しばかり悔しみを感じる。ミリーの方が必死になってくれているのかもしれない。そして我は本質的に身内以外の他者にあまり興味を持てない性質故、それが裏目に出ている可能性がある。まぁ、言い訳でしかないのだが。
「この二人は特に警戒する必要はなさそう」
「一刀両断か」
我が心の内で反省していると、分析は一瞬で終わった。どうやらレイニーの目から見ても歯牙にもかからない相手だったようだ。
「勿論、本選に出場する実力者だから油断は出来ないけどね。私やサクラなら問題ないわ」
セチアの対策で話したように、例え強さに差があっても実戦では何がどう作用するかわからない。思いもよらない手段で逆転される可能性はいつだって存在するのだ。
故に相手が誰であろうと油断は出来ない。元より油断などするつもりはないが。
「……あれ、あたしは?」
名前を呼ばれなかったミリーが首を捻る。
「油断さえしなければ大丈夫よ」
「そんな余裕ないよっ!」
レイニーが大事な事だと繰り返した言葉は、ミリーへの不信の表れか。確かに楽勝だと確信した時のミリーがすっかり油断する様はありありと想像できる。なまじトリガーハッピーな姿を見ているのも一因だろう。
ミリーはミリーで大きく否定の言葉を発していた。闘技大会に出場するという緊張から、そんな余裕は無いと言いたいようだ。実際、それは真実だろう。
トリガーハッピーと揶揄こそしたが、最近は徐々に落ち着いてきている様子も見える。それは決して悪い意味ではない。冷静に楽しむ余裕が出来てきたという事だ。
であれば、信じよう。少なくとも我らがBグループの二人に負けることはないと。
「Cグループは二人とも注意が必要ね」
レイニーも我と同様の結論に至ったのか、次の議題に移る。Bグループから一転して、どちらも要注意対象らしい。確かに我も両名とも記憶している。二人で半分ずつの参加者を駆逐していった猛者たちだ。
「どっちも剣士だったっけ」
「ええ。一人はベニー。あんまり聞いた名前ではないけど、剣の実力はかなりのものだったわね」
「もう一人は理人の男だったかの」
「めちゃくちゃでっかい剣を振り回してたおじさんだよね」
一口に剣を振るう、と言っても二人の戦い方は大きく違った。
人間のベニーが振るっていたのは細身の剣。軽さを活かした素早さで、先手必勝と言わんばかりに対戦相手より俊敏に動き、一撃で急所を突くような戦いを見せていた。
一方、理人の男は身の丈の倍近くはありそうな大剣を豪快に振るい、相手の攻撃諸共薙ぎ払うような戦いを披露していた。一見、隙が大きく戦いやすそうに見えるが、その隙さえも飲み込んで丸ごと吹き飛ばすような力強さを感じる存在だった。
「あのドワーフは《絶崖の登頂者》の一人、ゼルヴァンね。どちらかといえばベニーより警戒すべき相手だと思うわ」
「《絶崖の登頂者》か……地獄への路で見かけた覚えはないが」
ユニオンの名前には聞き覚えがあった。ダンジョン内で遭遇した冒険者たちの所属がそれだったはずだ。しかし、ダンジョン内で顔を見た覚えはなかった。
「ユニオンと言っても常に全員一緒に行動するわけじゃないから。同じ志を抱く者同士なら別々に行動しててもおかしくないわ」
「そういうものなのか」
最初は意外だと思ったが、よくよく考えてみれば同じユニオンの者といえど別行動を取らざるを得ない場面も出てくるか。
そういう事態になった際、ユニオンが解消されるのかと問われれば確かに否となろう。ユニオンからの脱退は多少面倒な手続きがあるとも聞いたし、少々の事で脱退と再加入を繰り返すのであれば同じ志を持つ者同士というユニオンの理念と反する。
思考が逸れたが、絶崖の登頂者は有名なユニオンだったはずだ。そのメンバーであれば当然、指折りの実力の持ち主というわけだ。
「ベニーを相手にするなら素早さを封じる方向で考えるべきね。ミリーなら速度対決もできるかもだけど」
獣人の血を引くミリーは身体能力や反応速度で他の種族より秀でている。それを上手く活用できれば勝機はあるとレイニーが語るも、ミリーは勢いよく首を左右にぶん回していた。
「いやいやいや! あの速さ相手に照準つけるとか無理だから!」
速度対決に持ち込むなら銃火器は確かに相性が悪い。そしてミリーは刃物を使わない。剣士を相手に慣れない格闘で戦えというのは流石に無茶が過ぎるだろう。
「我にいい装備がある。かち合った際は貸すとしよう」
となると、手助けをするしかあるまい。
今回の戦いでは我が使うつもりだった装備を貸与する事を提案する。尤も、ミリーが戦う事になればの話だが。
最初から渡さないのは、数の問題もあるが正しい使い方のレクチャーをする時間が足りないという事が大きい。短い期間で、多くを伝える事は叶わなかったのだ。故にミリーには最低限の武器しか与えていない。
だが、もし効果的に活用できる可能性があるのなら、他の相手にも同様に必要と思われるものを貸与するのはありだと考えられた。
「さっすがサクラ! 頼りになるぅ」
「私は借りれないし……何とか初手で近づかれないようにするしかなさそうね」
レイニーはレイニーで一人対策を思案しているようだった。
我の武器は魔法封じの腕輪を装備した上での使用が義務付けられている。これは我自身にとって最も影響の少ない妥協案として出したものだったが、こうなるとレイニーにも気軽に貸与できるような案を考えるべきだったかもしれない。
「すまんの。もう少し我に機転が利いていればよかったのだが」
「……別に気にしないわ。私は私のやり方で戦うだけだし、そういう意味では言い方は悪いけどサクラの力に頼るつもりは元々ないから」
「そうか。そうだったの。少々無粋を口にしてしまったようだ」
思いあがっていたようだ。レイニーにはレイニーの夢があり、それに殉じる矜持がある。例え仲間だとしても、そこは踏み込むべきではない領域だ。
若干の気まずさを感じる空気が流れる。
「えっとさ、ゼルヴァンの方はどうなの?」
そんな空気を断ち切るように、ミリーが話題を切り替えてきた。狙ってした事か天然かは分からないが救われた。
内心で安堵しつつ、思考を切り替える。
「あの馬鹿力に真っ向から立ち向かおうとは思えんの」
単純な腕力で見れば、恐らくは竜人の力を持つ我よりも遥かに上だ。流石に竜化すれば分からないが、竜化が自在に使えるわけではない我には意味のない仮定だ。何にしろ、正面から挑むのは愚策としか言えない。
「距離を取って少しずつ体力を削るしかないでしょうね」
レイニーから出てくる案も勝ちを取りに行くものというより、負けない方法を模索しているようだ。
先の戦いを見ている限り、生半可な攻撃は薙ぎ払われてしまいそうだ。ともすれば、ビームさえも四散させられそうな勢いがあった。あくまでそう感じただけだが、もし魔法的な何かを付与しているなら現実的にあり得る可能性と言える。
単純故に、逆に対処が難しい。
「削り切る前に踏み込まれそう」
「耐久力も高そうだったからの。ふむ、妨害手段も考えておくべきか」
となれば、近づかせない方法を考える他なさそうだ。
レイニーはレイニーで魔法的な手段を考えてもらうとして、我やミリーは対ベニーと同様に装備での対処を考えておくしかなさそうだった。
厄介な相手に頭を悩ませつつ、まだまだ対策会議は続くのだった――