6-22「観戦」
予選Bグループは我らの時と異なり混戦を極めていた。
小競り合いが延々と続き、一人ずつ減っていくような状況。これには他の観客もやや退屈していた様子だった。
最終的に細身の剣士と炎を操る魔法使いが生き残ったが、正直どちらも記憶するほどの相手とは思わなかった。
続くCグループでは中々に見ごたえのある戦いが繰り広げられた。
勝ち残ったのはどちらも剣士だったが、まるで二人で倒した敵の数を競うように、半円ずつ他の参加者を倒していったのだ。
あまりに鮮やかな手際、そして息のあった動きに我を含む観客たちから拍手喝采が贈られていた。
Dグループはなんともいえない泥仕合だった。レベルが同一の戦士が十名程度、互いに互いをけん制しながら少しずつダメージを与えていく混戦模様を見せた。突出した者がいないという事は、皆その程度のレベルだったとも言える。勝ち残った二人とも、我らの敵ではないと判じられた。
Eグループは少々奇妙な展開を見せた。結論だけを見れば、我とセチアが残ったAグループ同様、一人が活躍し一人が生き残ったというものなのだが、この生き残った方が曲者だった。恐らく戦っていた当人たちは気付いていないだろうが、巧妙に他の参加者同士を戦わせ合うような動きをしていたのだ。その誘導の手管は傍から見ていると見事としか言いようがなかった。
卑怯だ、などと言うつもりはない。バトルロワイアルを生き残る戦略の一つとしては十分ありだろう。
結局、終始その曲者のペースにハマったまま終わった。
「次は私の番ね」
Eグループの予選を観戦し終えたところで、レイニーが立ち上がった。
いつも通り冷静に務めているように見えるが、指先が震えているのが見て取れる。
なんだかんだ言ってもレイニーとて普通の少女だ。ル・ロイザに居た頃はそれでも自身に多くの兵の命がかかっているという状況が緊張を押して冷静さを形作れていたのだろう。
だが、今は負けてもペナルティは何も無い。期待を裏切るという曖昧なものを除けば、どうとでもなる状況なのだ。レイニーにとってはその方がかえって自身を律し難く、緊張を強いられるのだろう。
「レイニーの活躍、見せてもらうぞ」
「まぁ、レイニーなら余裕っしょ」
そう捉えたのは我だけではなかったようだ。
我とミリーは二人して敢えてプレッシャーをかけるような物言いをする。
勝つ事を義務付ける方がレイニーにとっては都合がいいはずだと信じているからだ。
レイニーは薄く笑んで口を開く。
「油断はしないわ。どんな相手がいるかわからないし」
「それでいい。だが、お前さんは慎重になり過ぎるきらいがある。サクラやミリーと一緒の普段はそれでバランスがとれてるんだろうが、一人で戦いに出る今回は多少大胆になる事も意識しておいた方がいいぞ」
もう大丈夫かと我らが安心したところで、リックドラックが横から助言してきた。
「うわ、パパが真面目だ」
真面目過ぎる空気に耐えられなかったのかミリーが茶化すようなことを言う。リックドラックは苦笑していた。
「俺はいつだって真面目なつもりなんだがな」
「はぁ……行ってくる」
いまいち締まらない空気にレイニーは嘆息しつつ、闘技場へと向かっていった。
しばらくして前の戦いの後片付けも終わり、レイニー達が闘技場内に立ち並んだ。
どことなく動きが硬い。遠巻きながらレイニーの緊張が伝わってきた。
ざっと見た限り、戦士タイプが多いような雰囲気があった。レイニーは剣もある程度使えるとはいえ、どちらかといえば魔法使いタイプだ。
隣り合った相手と距離が近いバトルロワイアルで、発動に時間を要する魔法がメインとなると少々相性が悪い状況と言えた。
しかし、レイニーの事情などお構いなしに開戦の合図が告げられる。
開幕、予想通りレイニーは左右から襲われようとしていた。だが、レイニーは氷槍を左右に展開、それを確認した左右の敵の動きが一時留まる。攻撃魔法を壁の代わりにしたわけだ。単純に壁を用意するよりも発動が短く済み、且つ敵を怯ませられる、正に攻撃は最大の防御という言葉を体現する行動だった。
レイニーはその一瞬の隙で前に転がり込み、左右の敵と距離をとる。同時に展開していた氷槍をそこから射出させて強制的に敵に回避行動を取らせた。
片方は剣で氷槍を切り払い、もう片方は横に飛び退ける。しかし、その先には既にレイニーの次弾が用意されていた。
連続して繰り出される氷槍に、たちまち左右の敵はどちらも穿たれ倒れ伏す。
初っ端二人を制したレイニーの鮮やかな戦いぶりに、他の観客も目を奪われたに違いない――そう思った我が周囲の観客の様子へと目を向けると、妙なことに気づいた。
誰もがレイニーではなく、もっと別の場所へと目線を向けているのだ。
釣られて見た先、我の目に映ったのは次々と積み上げられていく選手たちの山だった。
そしてよくよく見渡すと、その山を築いているのがたった一人の大男である事が分かった。
推測二メートルを超える熊のような獣人。武具の一切を身に着けず、その剛腕だけで周囲の選手を殴り飛ばしていく。
見た目の派手さと豪快さ、確かにそれはレイニーの活躍が霞んでも仕方ないと言えるほどのものだった。
レイニーも善戦していたものの、観客の注目を掻っ攫ったのはその大男だった。最後まで二人が戦う事はなく、互いに他の選手を打ち倒して本選進出を決定したのだった。
「ふぅ……とりあえず勝ってきたわ」
客席に戻ってきたレイニーは涼しい顔をしていた。
もとより目的は本選出場。獣人の大男に注目を奪われた事に関しては特に気にした様子はない。むしろレイニーの事だ、目立たない方が都合がいいとさえ思っているかもしれない。
「あの獣人、かなり厄介そうだね」
「そうね。ああいう輩は出来れば相手取りたくないわね」
シンプルなパワー勝負を仕掛けられればレイニーには分が悪い。それを自覚するレイニーの言葉は一見、弱音とも受け取れかねないものだ。
「もしぶつかったとしたら……勝てそうかの?」
「誰に言ってるの? 楽勝とまでは言わないけど、負けるつもりはないわ」
「ふふ。ならば安心だの」
だが、それは決して弱音ではない。相性を覆すだけの知略と技術を有しているのがレイニーだと、我は知っている。
レイニーの態度に安心していると、リックドラックが立ち上がった。
「次は俺の番か。応援よろしくな」
「パパに応援いらないでしょ」
「お、おいおい。つれないこと言うなよ」
ミリーに出鼻を挫かれ、リックドラックはあからさまな動揺を見せる。とても最強の傭兵と謳われた人物とは思えない醜態だが、娘の前でしか見せない素の姿がこれなのだろう。それを曝け出せる程度には我も信用されているということだ。
「ここは雄姿を見せて見返させる場面ではないかの」
「それだとますます応援がいらないって証明されちゃうんじゃない?」
「お前ら……好き勝手言ってくれるな。くそっ、覚えとけよ」
我の言葉にレイニーからツッコミが入る。意図せず発生した漫才に、リックドラックは捨て台詞を残し客席を離れていった。
そうして始まるリックドラックの予選。
それは余りに圧倒的だった。魔道具禁止故、片手で参戦したリックドラックだったが、その片手で剣を一薙ぎするだけで選手の二、三名が大地に伏していくのだ。
セチアの竜化や獣人の大男の山積み芸も凄いものだったが、リックドラックのそれは種族の特性を除いた純粋な技量と力による賜物である事は誰の目にも明らかであり、より一層注目を浴びるに十分だった。
ものの三分と経たず半分ほど倒したところで、次々と降参する者たちが出始めた。そうしてたまたま残った一人の選手が幸運にもリックドラックとともに本選進出を確定したのだった。
「流石だの……とても片手とは思えん。あれに勝てると思うか?」
呆気ない幕切れに、我は思わずレイニー達に問いかける。優勝を果たすにはリックドラックを倒さねばならないのだ。
しかし、少なくとも我には勝ちの目が見出せない。もとより実力差は分かっていたことだが、改めて圧倒されてしまっていた。
「無理無理無理! ぜーったい無理!」
「今のままでは勝ち目は無いでしょうね。『本』を揃えられればあるいは――」
首をぶんぶん振り回し全力で否定を示すミリーに対し、レイニーもまた現状での勝利は絶望的だと語る。しかし、レイニーは今ではなく未来での可能性は見出せているようだった。
素晴らしき向上心ではあるが悲しき哉、大切なのは今この大会で勝てるかどうかなのだ。
分かっていた事ではあったが、残念ながら優勝の目は無いものと思った方が良さそうだった。
「お前ら……何で揃って俺を倒そうとしてるんだ」
意気揚々と帰ってきたであろうリックドラックが呆れた様子で我らを一瞥してくる。
実の娘を筆頭に仲間から自身を倒そうとする策謀を聞かされれば呆れもするだろう。むしろ怒らないだけ寛容と言える。だが、それこそが気の置けない仲間というやつなのだ。
「優勝賞金のために決まっておろう」
「世知辛い関係だなぁおい」
嘆息するリックドラックを横目に、ミリーが何かを思い出したように立ち上がった。
「あ、次あたしか! 応援よろしくー」
「うむ。頑張ってくるがよい!」
「軽く蹴散らしてみせてね」
「お前なら勝てる。あまり気負い過ぎるなよ」
そう、次はいよいよ予選最後となるHグループの試合だ。
なんだかんだ気合十分な様子のミリーは我らの声援を受けて走っていった。
――のだが。
ここでもまた波乱万丈の展開が待っていた。
それは一人の魔法使いだった。純白の煌びやかなローブに身を包んだ魔法使いというより聖職者のような男。
その男は開幕と同時に火炎球を無数に生み出し、闘技場内全域に向けて流星雨のように多量に降らせた。
傍の他選手が反応する間もないうちに、だ。逸早くそれに反応したのは観客側にいたレイニーだった。
「そんな、ありえない……!?」
何がありえないのか、魔法に詳しくない我が問いかけた所、ポイントとなる数点を教えてくれた。
曰く高威力、広範囲になるほど魔力を練り上げ魔法と成すのに時間がかかる。その上、体外に排出した魔力は感知されやすくなる為、試合開始前に用意していた可能性は薄いという。つまり、闘技場内を埋め尽くすほどの魔法を一瞬で生み出し発動したという事になるわけで、そこまでの技術を持つ者は世界中を探しても片手で数えられる程いるかどうかという話だった。
闘技場内を覆う数多の火炎球は、そのまま大火災を引き起こす。逃げる場所など何処にも無く。
炎を防ぐ術を持たない者は防御の構えを取ろうと、あるいは回避を試みようと逃げきれず業火に焼かれ、倒れ伏す。
そんな中、我らがミリーはというと――
防御に成功している他の選手の後ろに隠れていた。
ミリーは当然ながら耐火装備など持ち合わせていない。それ故に防げる者を見定めて素早く避難するというのは最善の策であった。見た目は些か情けなかったが、作戦として恥ずべきものはなにもなかった。
一時退避したミリーは火が落ち着くのを待って、火の雨を降り注いだ魔法使いに仕掛けようと機を伺っている様子だった。
だが、件の魔法使いは既に次の一手を投じていた。火炎球に続いて今度は雷雲を生成、闘技場内を埋め尽くす雷撃の嵐を巻き起こそうとしていた。
火炎への対応から雷への対応へと即座に切り替えるのは難しい。ほとんどの者が困惑する中、ミリーは隠れ蓑にしていた選手をそのまま後ろから担ぎ上げた。その選手は火炎球への対応に手一杯でミリーに気づいていなかったのだろう。不意を突かれた形で簡単に身動きを封じられていた。
そして、そのまま選手を上へと放り投げる。ミリーへと向かってきていた雷は全てその選手が受け止める形になっていた。つまり、盾にしたのだ。
結局、連続する全体攻撃魔法から逃れられたのはミリーだけで、決勝進出はミリーと件の魔法使いに決まったのだった。
「いやぁ……危なかったぁ。全然活躍できなかったよー」
観客席に戻ってきたミリーは汗を拭いながら脱力するように座り込んだ。
「いやいや、あの猛攻からよく逃れたと思うぞ。というか、誰も彼も随分と派手好きだの」
勝ち残った事に違いはないとミリーを称える。それに、我らの武器を本番まで温存できたと考えれば悪くない結果だ。
ただ一つ気になる事柄があった。一部を除いて、皆がド派手なパフォーマンスに傾倒しているような気がしたのだ。見応えはあったが、そこまでせずとも本選に残れそうな者たちもいた。戦略的に考えるなら、もう少し力を温存するという選択肢もあったと思うのだが。
「それ、多分セチアのせいよ」
「どういうことだ?」
「予選一戦目から派手に暴れて注目浴びて話題も攫って。他の選手にも火がついちゃったって事」
レイニーが我の疑問に答えてくれる。
確かにセチアは大観衆の注目を抜群に浴びていた。
名声を求めて参加している者たちが、セチアに追随しようと思うのもおかしくはないか。
「……先に言っておくが、俺は違うぞ。戦士たるもの、常に全力で戦うのが礼儀だと思って戦っただけだ」
「大丈夫だよ、パパ。皆分かってるし」
そんな話をしていると、リックドラックが言い訳のような事を口にしてきた。セチアに喚起された一人と思われるのが嫌だったようだ。
しかしミリーの言う通り、我もレイニーも別にそんな事は考えていなかった。
「けれど本選、予想以上に厳しい戦いになりそうね」
「ああ。本当にその通りだの」
派手な演出とはつまり、それだけ高い技術を持っているという証左でもある。広範囲を攻撃できる魔法、一定水準を超えた戦士たち相手に無双できるだけの力、それらを惜しみなく見せつけてきた者たちだ。
我らは言ってしまえば、彼ら猛者に予選を突破させてもらったようなものだ。
だが、本選ではそんな猛者たちを倒さねばならない。
賞金を得るにしても、セチアと決着をつけるにしても難解な戦いになりそうだと、思わずため息が零れるのだった――