表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/107

6-21「瞬殺」

 ついに我の予選が始まった。

 開始の合図が放たれてしばらくは、誰もが他者の動向を伺っているのか大きな動きは見られなかった。

 何せバトルロワイアルなのだ。隙を見せれば狙われるのは必至。そして戦いにおける隙とは攻撃の瞬間こそ最も大きいものだ。


 お互いにけん制し合い、身動きが取れないでいる中、戦闘開始前に魔道具の件を指摘してきた隣の大柄な男が近づいてきた。


「さっきはいちゃもんつけて悪かったな」

「なに、主のお陰で早々に誤解が解けた。感謝しておるよ」


 謝罪を述べる男の口調は軽い。本心から謝ろうというのではなく、会話のきっかけにでもしようとしているかのようだ。

 まさか膠着状態に飽きて雑談でもしようというのか。


 それこそまさか、だ。

 何せ、男は殺気を露わにしていたのだから。


「そうかい。じゃ、もう遠慮はいらねぇってことだな」

「そうなるか。まぁ、我は別に構わんのだが……」


 大柄の男はその体躯に似つかわしい大斧を構えた。武器の趣味は我と合いそうだ。

 男はやはり開戦のきっかけを求めていたのだろう。


 しかし、我に男の相手をしようという気持ちは湧かなかった。

 正確に言えば、目の前の男が些末な事としか思えないようなそれ以上に意識をもっていかれるものがあったのだ。


「余所見とはいい度胸だなっ!!」


 どうやら怒りを買ってしまったようだ。礼を失していた自覚はある。


「おっと。いや、すまんの。どうにもあっちが気になってしょうがなくての」

「ああん? 向こうに何があるって――」


 だからこそ正直に理由を述べると、我に釣られたのか男もまた我の視線を追うように闘技場の中央へと視線を向けた。

 その先に何があるのかと言えば――


「まったく。相手の実力も測れない有象無象がドヤってるんじゃないわよ」


 多くの戦士が闘技場の隅で小競り合いを繰り広げる中、闘技場の中央にまるで全てを赤子扱いするような態度を見せる少女が一人。誰かなど言うまでもない。我が妹セチアが心底つまらなそうに突っ立っていた。


 セチアは我を一瞥すると、深いため息を吐いた。かと思いきや、今度は急激にその身を周囲の空気ごと震わせる。


「な、なんだぁぁぁ!?」


 その異変にいち早く反応したのは我の隣で共に事の次第を見守っていた大柄の男だった。

 そして、我もまたセチアが何をしようとしているのか察していた。


「これは少々まずい状況だの……!」


 徐々に周囲の者たちもセチアの状態に気付き始めたようだった。動揺が急速に伝播していく。

 セチアはそんな周囲の様子を気に留めた様子なく、その姿を文字通り大きく変化させていた。即ち、竜化を成していた。


 我と違い、僅か数十秒で深紅の鱗を煌めかせる威厳漂わせる竜が顕現していた。


「ななななんとー! 竜人です! 竜人の少女が参加していたようです!

 一体彼女は何者なのかぁぁぁー!?」


 トリオの実況が場内に響き渡る。しかし誰もが実況を聞くより早くセチアに注目していた。

 竜化したセチアは殺気を滾らせ、大きく体を捻り上げる。

 幾度の竜との遭遇で最早見慣れた尾っぽによる薙ぎ払いだ。


 だが、これまで遭遇した意思なき魔竜とは違う。

 敵意は明確に我の方へと向きながらも、我とは真反対の方へと尾っぽは振り払われていた。

 壁ごと抉りとるように、多くの戦士を弾き飛ばしていく。


「ぐああああああああ!?」

「うおおおあああぁぁ!?」


 小競り合い中の戦士たちに回避する余裕はなく、またセチアを警戒していた者もその速度に対応しきれず、三分の一ほどが瞬く間に吹き飛び、大地に伏していった。


 セチアの猛攻はそれだけでは終わらない。

 続いて大きく息を吸い込んだかと思うと、灼熱の奔流(バーンブレス)を我の方へと吐き出してきた。


「すまん!」


 セチアが何をするつもりか察知していた我は謝罪を述べつつ隣の大柄の男に飛び乗り、男を足場に更に高く跳躍する。

 直後、我の真下に業火が吹き荒れた。瞬く間に戦士たちが火の海に沈んでいく。


 業火を飛び越えた我は、そのままセチアと交戦するつもりでいた。だが、それより僅かに早くトリオの実況が耳に届く。


「しゅ……瞬殺です! 一瞬で会場内の戦士たちを一掃してしまいました!

 これは勝者は彼女一人……い、いえ! もう一人立っている者がいますね。これは本選出場確定かー!?」


 炎に焼かれて熱を伴った地面へと着地する。我も炎に適した竜人故、熱には強い。我慢の必要はなく立っていられた。

 司会の反応を見るに、どうやら尾っぽの薙ぎ払いとブレスで我以外の者は戦闘不能になったようだった。

 周囲へと目を向ければ、確かにこんがりと焦げた戦士たちの姿が見える。


 誰も彼も僅かにだが動きが見える。

 闘技場の特殊な空間故か、死んではいないようだ。これがもし実戦であれば阿鼻叫喚の絵図になっていたことだろう。


 予選の終了が確定したところで、セチアは竜人の姿へと戻った。

 目深のフードは取り払い、退屈そうな顔を我へと向ける。竜人である事を隠す必要はなくなったという事らしい。


「ふぅ。ま、及第点ね」

「やれやれ。容赦が無さすぎるの。が、今回は礼を言っておくとしよう。お陰で楽に本選に進めたからの」


 どうやら今の攻撃は試験のつもりだったらしい。先のブレスを防げなければ直接戦うに値しないと断じられていたという事のようだ。


 妹に品定めをされた事に対する嫌悪は無い。そうさせてしまっただけの事由がある自覚はあるし、そうでなくとも言葉にした通りメリットの方が上回っていた。


「その強がりがいつまで持つのか見物だわ」

「本心なんだがの。ま、本選で決着をつけよう」


 ともかく、予選は終わったのだ。

 セチアは我の態度が面白くなかったというように、不満げな顔をして先に去っていった。


 その間、惜しくも散っていった戦士たちは運営側のスタッフに運ばれていく。どこかで治療を受けるのだろう。

 手伝うべきかと少し悩んだが、下手な手出しは返って混乱を招くだけかと思い直した。


 そうして、我もまた闘技場内を後にしたのだった。

 戦士用の通用口を通り、受付などのあるエントランスに戻るとレイニー達が迎えてくれた。


「いやぁ、とんでもなかったねー」

「見ておったのか」


 逸早く近づいてきたミリーから労いの言葉を貰う。その話しぶりから、セチアの暴れっぷりが伝わっていた事を察した。


「見学は自由だったからね。サクラも見ていく?」

「うむ。情報はあればあるだけ有利となる。それに目指すは優勝だが、少なくともセチアと戦うまでは負けられぬしの」


 他の予選を見られるというのであれば、見ない選択肢は無い。情報は武器だ。

 そういう意味では、今回セチアが全て片づけてくれたお陰で我の情報が洩れなかったのは大きなアドバンテージとなっただろう。せっかくの武器のお披露目が出来なかった点は少々残念だが、今はそんな小さな自尊心よりも大会の上位入賞を目指す事の方が重要だった。


「私たちの出番はまだ先だし、少しゆっくりしましょ」

「だねー。最近忙しかったし」

「お前らなんだかんだ余裕だな。ま、その方がいい」


 そういうわけで、皆で他の予選を見学する事となった。


 今度は見学席へと赴く。階段状になっている内、前列の方は指定席らしかった。

 後方には自由席や立見席もあるようでそちらに向かうのかと思ったが、何故か案内してくれるミリーはずんずんと前の方へと進んでいった。

 そうして促された席は最も戦いを間近で見られる一番前の席。


 まさかと思ったが、ちゃんと四人分空いていた。どうやら本当に最前列を確保してあるようだ。


「こんな良席よく取れたの」

「お前さんの話をしにいったついでに貰っておいたんだ」


 リックドラックが得意げに語る。貰った相手とはつまり、闘技大会の運営に関わる者だろう。


「なるほど。持つべきものは縁という事か」


 あえてコネなどという野暮は言わない。

 貴重な機会を用意してくれたのだ。その厚意は素直に喜ぶべきだ。


「そろそろ始まるみたいね」


 周囲の観客がざわついてきている。どうやら次の試合が始まろうとしているようだった。


「うむ。セチアほどの相手がいない事を祈ろう」


 こうして、予選を難なく終えた我はのんびり観戦に洒落込むのだった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
竜のシッポで薙ぎ払われたり、業火に巻き込まれたけど、選手達生きてる?手加減したのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ