6-20「予選」
「それでは、皆様お待ちかね!
これより予選の抽選会を行いたいと思います! 出場者の皆様は順にくじを引いて下さい!」
説明が終わったところで抽選が始まった。闘技場内の一角にくじ箱が用意されているらしく、にわかに周囲がざわつき始める。緩やかな流れに沿うように参加者たちが前へと進んでいっていた。
流れに身を任せていると、小一時間ほどで我らの番が回ってきた。
適当にくじを引いて退散する。
我と同様にくじを引き終わった仲間たちと合流し、互いに結果発表を行おうとしていた。
「どうだった? あたしはHグループだったよ」
ミリーがさっそく紙切れに書かれた文字を見せながら報告してきた。
「私はFだったわ」
「我はAだ。上手い事ばらけてくれたようだの」
ミリーに続いてレイニー、我と報告しあう。上手い事全員バラけた。最初の関門は突破できたようだ。ここで躓いていては話にならない。
「俺はGだった。お前らと戦うのは本戦までお預けって事だな」
ほっとしていると後ろからリックドラックも顔を出してきた。これで最悪の事態は回避できたと思っていいだろう。尤も、予選は各グループ二人まで突破できるという話だったから、リックドラックがいたほうが楽だったかもしれない。忖度をしてくれるなら、という前提付きの話でもあるが。
「パパとは永遠に戦いたくないんだけど?」
「つれないこと言うなよ。お前の成長、楽しみにしてんだからよ」
ミリーに邪険にされてもめげた様子なく、リックドラックはカラカラ笑いながらミリーの背中を叩く。心底煩わしそうにミリーは深いため息を吐きながらそれを受け入れていた。
親子仲が悪いわけではないのだろうが、こういったスキンシップはさすがにウザったく感じるようだ。
「姉さん」
「……セチア」
和やかなムードの中に、冷えた声が紛れ込む。振り返ると我が妹がいつの間にやら突っ立っていた。
目深なフードのせいでその目は伺えないが、冷めた目つきをしている事は優に想像がつく。
周囲にピリついた空気が流れる。一触即発の状況だとでも言わんばかりだが、さすがにセチアもそこまで愚かではあるまい。我とて無用なトラブルは避けたい。
故に今は問題など起こらないだろうと思っていたところで、セチアがつまらなさそうに紙切れを見せつけてきた。
「私もAグループだったわ。幾らなんでも予選で終わっちゃうなんて無様は晒さないでね」
どうやら本選で華々しく戦い合う展開から外れた事がご不満のようだ。セチアの目的を考えれば形式など何であろうと構わないはずだが、竜人の誇りがそうさせるのだろう。
「なに、心配するでない。我らの決着は本選でつけよう」
「……そう。じゃ、せいぜい上手に逃げ回る事ね」
あからさまな挑発を口にして、セチアは離れていった。
その後姿を見送り、人混みの中に消えたところで溜息を吐き出す。緊張からくるものではない。ただ、仮にも血を分けた姉妹の会話にしては暖かみが無さすぎる事を嘆きたかっただけだ。
しかし、それを口にする資格があるとも思っていなかった。どんな事情があれ、故郷を離れる決断を下したのは我だ。前世の記憶を取り戻してからは夢にかかりっきりで故郷の事など一切忘れ去っていた。そんな我に妹を糾弾できるわけがなかったのだ。
「大変な事になったわね」
「ま、啖呵を切ってしまった以上はなんとかするしかないの」
感傷は一先ず置いておく。例え何があろうと、目的を見失うわけにはいかない。我の目的はあくまでスーパーロボットの開発にある。その根幹を揺るがす事だけは絶対に許されないのだから。
「そりゃそうだ。色々骨を折ったんだから予選くらいは軽く突破してもらわねぇとな」
「もー! パパったらプレッシャーかけるのやめなよー」
「よいよい。さて、ではそろそろ行こうかの」
今はリックドラックの発破が有難かった。もちろん、ミリーの気遣いにも心が温まる。二人のおかげで落ち着いて予選に挑めそうだった。
「頑張って。本選で待ってるわ」
だが何より。
レイニーの声援が胸の奥に沁み入った。特別でも何でもない、普通の言葉。それでも何故か、それが当然であるかのように我の胸の内に浸透していった。
レイニーたちはアリーナの外へと向かう。残ったのは同じAグループで本選を目指す参加者たちだけだ。
総勢五十名強の戦士たちが闘技場の壁沿いに円を描くように立ち尽くす。
戦いの始まりを今か今かと待ち構えるように、誰も彼も瞳をギラつかせていた。
そんな中、我はセチアの姿を探していた。他の参加者を侮るわけではないが、最も警戒すべき相手が誰であるかはセチアを置いて他にいないと踏んでいたのだ。
我の視線が一周回るより先に、すぐにお目当ての妹は見つかった。ちょうど真反対の位置で、こちらを睨んでいる。
良い立ち位置だ。距離からして初手でいきなり殴りかかられるような事はなさそうだった。
「さて! 皆様お待たせいたしました!
Aグループの準備が整ったようです!」
いよいよもって予選が始まろうとしている。司会のトリオも会場の熱気を煽るように盛り上げていた。
我も自然と武器に手がかかる。
「……ん? おい、ちょっと待て! 司会さんよぉ!」
「お?」
突然、隣で殺気を振りまいていた大柄の男が声を上げた。
自然と周囲の人々の注目が集まる。
会場を盛り上げていたトリオにも声は届いていたようで、熱弁が一時中断された。
「はい、なんでしょうか?」
「こいつ魔道具つけてやがるぞ! 失格じゃあないのか!?」
「ぬぬ?」
大柄の男は野太い指で我を指し示す。どうやら我の腕に嵌められた魔法封じの腕輪を指摘しているようだ。
「……彼女については俺から説明しよう」
さてどうしたものかと思っていると、我より先に応答する者がいた。前回の優勝者であり大会運営者、そして今は解説役を買って出た男ダグール・レグリゴスその人だった。
「な!? ダグール自ら!?」
まさかトップ直々に説明が下されるとは思ってもいなかったのだろう。我もそうだ。だが、考えてみればリックドラックは運営に伝手があると言っていた。そしてリックドラックは過去に闘技大会の優勝経験もあるという。ダグールと顔馴染みであってもおかしくない。まさかトップに直談判しにいったとは思いもしなかったが、我の個人的な事情を通せるだけの人物となれば相応の相手だった事は想像に難くない。
「まずは連絡が遅れた事を詫びよう。実はそこの少女……サクラ・ライゼンから大会前に打診があってな。
何でも『使用する武器が魔道具に間違われやすいので、誤解されないよう自らに制限を課したい』というのだ。その訴えを運営で討論した結果、彼女には魔法封じの腕輪を付けてもらう事とした。
知っている者も多いだろうが、魔法封じの腕輪は身に着けた者の魔力を外部に出せなくする効果がある。着けた者にとってはマイナスでしかない魔道具だ。本大会が魔道具を規制する理由に抵触はしないと判断した。
それでも不服があるというのなら、この場で聞こう」
ダグールの眼光が不正を訴えた大柄の男に刺さる。
大柄の男は一瞬たじろいだが、冷や汗を垂らしながらもダグールを睨み返した。
「……不正はねぇんだな?」
「無論だ。その腕輪も我々運営が用意した物。何なら君自身が確かめてもいい」
勝手な事を言ってくれる。確かめるために腕輪を外すような羽目になれば、抑えられない魔力が溢れて大惨事になってしまうのだが。いや、むしろこの会場なら皆が一斉に我を狙ってくるかもしれない。どのみち我にとっての大惨事には変わらないか。
――などとハラハラしている内心をひた隠し、どうぞと言わんばかりに男に手を差し伸べる。
大柄の男は我とダグールとを交互に見比べるだけに留まった。
「わかった。よく考えればこんな小娘相手、魔道具の一つあるくらいがちょうどいいだろうからな」
「……ま、納得してくれたなら良しとするかの」
小娘呼ばわりされた事に多少の不満はあるが、怒るほどではない。面倒ごとが終わった安心感の方が強かった。
「他に異論がある者はいるか?」
ダグールが周囲に視線を配る。手を挙げるものは誰もいなかった。
「……いないようだな。では、予選を始めてもらおう」
「は、はい! ではAグループの戦士諸君、用意はいいかー!?」
「「「おおおおー!!」」」
我を含む戦士たちの雄叫びが闘技場内に轟く。予選が始まろうとしていた――