6-18「闘技大会当日」
闘技大会の開催まで、あっという間に時間が過ぎた。
魔道具に変わる武器の開発、覚えのない記憶の探求、闘技大会の情報収集などなど、我なりにやれる事はやってきたつもりだ。
今は全ての準備を終えリア・ベスタに戻り、闘技大会の会場に辿り着いたところだ。
「はぁぁ……ついにこの時が来ちゃったよぅ」
会場に向かう大勢の客の流れに委縮したのか、ミリーが憂鬱そうに項垂れていた。
ミリーとも大会に向けて特訓を重ねた。準備にぬかりはないのだが、それとこれとは話が別なのだろう。
「今更臆さないの。別に優勝しろなんて言ってないんだから」
うじうじするミリーの背中をレイニーが叩く。
「我としては優勝を目指してほしいのだが。賞金は多ければ多いほど助かるからの」
再三申しているが、スーパーロボットの開発には資金はどれだけあっても足りない。闘技大会の一位から三位まで網羅したところで十全とは言えないくらいなのだ。
「別にいいんだけどさぁ、あたしらの賞金も勘定に入ってるのはどーなん?」
ミリーに痛い所を突かれてしまった。確かに賞金は我の研究資金に充てるつもりでいる。
頑張りが自分に反映されないとなればやる気が出ないのも当然だ。それに関しては我としても心苦しく思っている。
「調理に役立つ魔道具も作る。それで納得して貰えんかの」
だが、それはそれとして研究資金が必要な事実も変わらない。
ここは何とかミリーにやる気を出してもらわねば困る状況だ。ミリーにとってのメリットを何とか捻り出して応戦する。
「うぐぐ、それは反則じゃないかなぁ」
「……ユニオンの目的として、サクラの夢にお金が要るなら協力するのは当然よ。
そこに文句を言うのも反則だと思うけど?」
我とミリーの攻防に、横からレイニーが参戦してきた。どうやら我の味方のようだ。
「ぐはっ! もー、レイニーはサクラ贔屓なんだからぁ」
レイニーの言葉に反論の余地を見失ったか、ミリーは不貞腐れる。
《蒼穹の夢狩人》は互いの夢を叶える為に協力し合う事をスタンスとしたユニオンだ。レイニーの言葉に誤りはない。
とはいえ、援護してくれるレイニーには悪いがミリーの言い分も一理ある。少なくとも、ミリーに語ったメリットが嘘にならない程度には我から二人への協力も惜しまないよう努めねばなるまい。
「私は事実を述べただけよ。そろそろ覚悟決めなさい」
「はぁい。ま、やるだけやるよ」
後ろ頭を掻きながら、ミリーは仕方なさそうに決意を改めたようだった。
分かっている。愚痴りながらもミリーは戦う意志は持ち続けていたのだ。ただ、不安を表に出したかっただけなのだろう。
「すまんの」
悪者を買って出てくれたレイニーに詫びを入れる。レイニーは特に気にした様子なく、クスリと笑った。
「別に。その分、私の夢にも協力してくれるんでしょ?」
「当然よ。そういえば、我らの武器の準備で忙しくさせてしまったが、レイニーは大丈夫かの?」
ガゼット等の工房とレイニーの協力によって、我とミリーの闘技大会用の武器は完成した。
しかし、その為にレイニーの時間の多くを使わせてしまったのも事実だ。
そう思って問いかけたが、レイニーは得意げに懐から一冊の本を出した。
今更それが何かを考えるまでも無い。リ・マルタの地獄への路で入手した『黄の本』だ。
「問題ないわ。この本はあらかた読み終えたし、私の中で理論の構築も出来た。期待を裏切る事はないはずよ」
どうやら相当の自信があるようだ。レイニーのテンションが普段より若干高めに見えるのも気のせいではないのだろう。その言葉に偽りなし、と信じられる。
「闘技大会の楽しみが一つ増えたの」
レイニーの活躍は是非この目で見るとしよう。
とはいえ、選手が他の選手の戦いを見られるのかはよく分かっていないのだが。
「なんだ、ミリー。辛気臭い顔してんなぁ、大丈夫か?」
横から声をかけられる。振り向くと、ミリーの父リックドラックが眉をしかめながら近づいてくるところだった。
「パパ! なんでここに?」
「そりゃ俺も参戦するからだ」
あっけらかんと口にされた言葉に、我らは揃って絶望を垣間見る。
「え!?」
「なぬ!? 聞いておらんぞ!」
過去に優勝経験があるリックドラックが参戦するとなると、上位入賞が一気に厳しくなる。何せ名実ともに最強の傭兵だ。うまく終盤に当たればまだ良いが、早々に鉢合わせでもしたら目も当てられない。
「後で決まったからな。お前さんら、しばらくリア・ベスタから離れてただろ」
リックドラックに言われた通り、ガゼットに色々頼んでいた分、ル・ロイザには長く滞在していた。リア・ベスタに戻ってからも、こっちで頼んだパーツを回収し、組み立てるのに時間を費やして出場者の情報収集は怠っていた。
レイニーも『黄の本』の解読に集中していただろうし、ミリーも我の作った武器に慣れる必要があった。
三人が揃って世俗から遠のいていたと言えよう。
「……そうだった。しかし、何故だ? 間近でミリーの活躍を見たくなったか?」
「違ぇよ。ほら、お前さんの魔法封じの腕輪の件あったろ」
リックドラックの指が我の腕輪を示す。任せていたのですっかり失念していたが、問題はまだ残っていたのだ。魔道具使用禁止の大会で、どうやって我の魔法封じの腕輪を認可してもらうか。
だが、リックドラックの落ち着き払った態度を見れば結果は大よそ予想出来た。
「そういえばそうだった。使っても良さそうかの?」
「ああ。ちゃんと許可はもぎとってきた。代わりに条件は出されたがな」
「もしかして、それが大会出場?」
ミリーが推理を口にする。ミリーでなくとも、今の流れなら容易に推測できた事だが敢えてそれは言葉にしない。
ミリーの言葉を受けてリックドラックは義手である右腕を抑えながら頷いた。
「そういう事だ。こっちの腕は魔道具だから使えんが、ちょうどいいハンデってところだな」
「げぇ。腕一本でもパパに勝てるわけないじゃん」
「弱気じゃねぇか。それくらい軽く逆転できる凄ぇ武器があるんじゃないのか」
リックドラックが我やミリーの全身に視線を巡らす。残念ながらまだ秘蔵っこは表に出していない。見た目だけでは判断つかないだろうが、万が一も想定して本番までは極秘にしておく算段だからだ。小狡いと思うなかれ。情報戦も立派な戦略の一つだ。
「そこまで規格外を求められても困る」
それに、幾ら秘密兵器といってもリックドラックが期待する程の代物ではない。
あくまで闘技大会で魔道具の代替品として用意したものだ。スーパーロボット的な活躍ができるようなものではない。
「そんなもんか。ま、ともかくサクラとミリーは予選前に腕輪を受け取るのを忘れるなよ」
「あたしも?」
「我の武器が魔道具ではない事を示す為、というのが表向きの理由だからの。すまんがミリーもつけてもらわねばならん」
大会運営への言い訳という名の説得に用いた以上、建前は遂行しなければならない。
我だけを理由にする上手い建前は浮かばなかったのでミリーにも枷を強いる事となってしまった。
「そういう事ね。まぁ、あたし魔法使えないし別にいっか」
ミリーはあっさりと納得して頷いてくれる。正直、ミリーの言葉通り大きなデメリットがない故に受け入れる事も容易いだろうという想定はあった。だが、だからといって少々の気まずさを感じる程度の良心の呵責はあった。
「そろそろ開会式の時間よ。お喋りはその辺りにして、行きましょ」
レイニーが流れを断ち切るように先導する。
周囲にいた人々の群はいつの間にか離れていた。どうやら歓談に夢中になる余り、遅れていたようだ。
それに気付かないレイニーではない。だがギリギリまで我ら……正確にはミリーとリックドラックの会話を尊重してくれていたのだろう。
元上司というだけでなく、レイニーは元からリックドラックを尊敬している素振りがある。その親子仲を尊重しようという気持ちは我も見習いたいところだ。
そんな事を考えながら、レイニーの後を追って開会式が始まろうとしている会場へ急ぐのだった――