2-1「ル・ロイザ」
《草原の導き手》との旅路は実に快適なものだった。
我の魔力を封じた事で魔獣との戦闘も増えるかと思われたが、ル・ロイザに辿り着くまでに遭遇した魔獣はウサギ型のブラッドラビット数匹だけだった。大した敵ではなく、我が手を出すより前にラウルたちに討伐されていた。ウサギ肉は美味しかった。
ル・ロイザに着いたのは山を下りてから二日半ほどが過ぎた頃。
アルディス竜帝国の南東に位置し、戦争状態にあるリリディア神聖国と隣り合う防衛の要所。
そういった事情があるからか、ル・ロイザは街全体を巨大な防壁で囲われていた。
城壁の上では常に誰かしら武装した兵士が哨戒に当たっている様子が見られ、詳細は分からないが外壁自体にも何かしらの仕掛けが施されているようだ。我には感知できないが、恐らく魔法的な仕掛けも用意されているに違いない。
その鉄壁の要塞を思わせる外周に圧倒されながら、ラウルたちに付き従い街の入口へと向かう。
辿り着いた西門には何組かの列が出来ていた。ラウルたちと同じ冒険者らしい組や、馬車を連れた商人らしき者などが順々に並んでいた。
検問があるようだ。安全面を考えたら当然の措置なのだが、我にとっては都合が悪い。何せ今は身分を証明するものも払う代価も無いのだ。
「ラウル、あれは身分証のようなものが必要になるのではないか?」
「いや、俺たちと一緒なら大丈夫だ。ただ、冒険者ギルドに着くまでは警戒されるだろうけど」
入れるなら問題ない。だが、ギルドに着くまでというのが気になった。
それは言い換えれば、着いた後は信用を得られる算段でもあるかのようだ。
「ギルドに着くまで?」
「あぁ。そこで魔竜討伐の経緯を踏まえてサクラには竜人である事を説明してほしい。
そうすれば警戒も解けるはずだ。冒険者になるつもりがあるならそのまま申請してもいい」
「その程度は構わんが……随分と簡単なのだな? この国の王が竜人だからか?」
説明しただけで外部から来た人を信用する、などと言う事は普通はないだろう。
だとすれば己が身が竜人である事が関係していると予測できる。この国は竜人が統べる国だというから、竜人への信頼が厚いのかと推測した。
しかし、我の推測とは裏腹に、ラウルは曖昧に笑って首を振った。
「……少し違うかな。まぁ、詳しくはギルドで話そう」
ラウルの視線は正面の列を見ている。
よくよく様子を観察すれば、門番と知り合いらしい者達はスムーズに検問を通り抜けているのに対し、それ以外のものは時間をかけて荷物などの確認をされている様子だった。
更に注意深く見ていると、他の種族に比べて人間が特に重点的に検問されている気がした。
そういえば隣り合ったリリディア神聖国は人間の国だと聞いた。
最も警戒すべき対象故に慎重になっているのかもしれない。あるいは、逆に人間でないからこそ我への警戒が解かれるのも比較的簡単だとラウルは言っていたのか。
恐らくこれ以上はこの場では聞けないだろう。ラウルが話を止めたのは、他の人に聞かれる事を避ける為だと思われる。その理由も含めて、答えが冒険者ギルドにあるというのなら今は待てばいい。
そんな結論を抱き、しばらく列が進むのをぼうっと眺めていると、ようやく我らの番となった。
「ラウルたちじゃないか! 例の依頼が済んだのか!?」
門兵の一人が興奮気味に声をかけてきた。犬のような耳が頭から生えており、尻尾もある。獣人というやつらしい。そういえば、城壁の上で哨戒をしていた兵士にも尻尾が見えている者ばかりだった。獣人が多い……というより、人間の兵士が少ないのかもしれない。
そして門兵の反応を見る限り、どうやら《草原の導き手》が魔竜討伐に出向いたことを知っているようだ。それだけ彼らが有名なのか、あるいは魔竜の脅威ゆえか。
「あぁ。もう安心してくれていい」
「バッチリ討伐してきたからな!」
「そうか……そうか、ありがとう」
思いを噛み締めるように門兵は頭を下げる。それだけ魔竜の被害は大きかったのか。もしかしたら身近な者に被害者がいたのかもしれないな。
「それで詳しい報告に行きたいんだが……この子も一緒に入っていいだろうか」
「……その子は?」
不意に。
門兵の目線が鋭くなった。
あからさまにラウルたちへの反応と違う。敵を見るような威圧を感じた。
何故だ。我の魔力は魔法封じの腕輪で抑制されているはずだが。
いや、違うか。
抑制されているから、ただの『人間』に見えるのだ。この街ではその方が逆に警戒されるのだろう。
「今回の依頼の功労者だ。彼女抜きでは依頼は成功しなかった」
「……こんな子どもが? 嘘だろう?」
ラウルたちと我を交互に見やりながら困惑の表情に変わる。彼らを信じてはいるが、我の事は信じられないと言ったところか。
「そりゃ、あんたらの事を信じられないわけじゃないが……」
「事情があってここでは身の潔白は証明できないが、冒険者ギルドでなら出来る」
「お願いします」
ラウルに次いでニーダとルーナも我を庇ってくれる。
門兵は頭を掻きながら、ため息を一つ吐いて頷いた。
「分かった。だが、規則は規則だ。判は押させて貰うぞ」
「勿論だ」
どうやら話は纏まったようだ。だが、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
事情が呑み込めていない事を察してくれたのか、ルーナが手を伸べてきた。
「サクラちゃん、手を差し出して」
「む……こうか?」
ルーナに促されるままに手を差し出す。
門兵が手の甲に判子のようなものを押し付けてきた。
強く押されたものの、痛みはなかった。
「よし、では通って良し」
門兵が下がり、通行許可が下される。
手の甲を覗き込むが、何も変わりなかった。てっきり身体に直接許可証の印でも押されるのかと思ったのだが。
「今押されたのは魔法印。目には見えないが、特殊な魔力が付与されているんだ。
これがある間は街中では常に場所を把握されているし、勝手に消そうとすれば即座に冒険者ギルドや騎士の駐屯地に連絡がいく」
訝る我に、ラウルが丁寧に説明してくれた。
かなりしっかりとした監視システムが存在しているようだ。魔法の万能性を流石というべきか。
「でも安心して。街を出る時には消してもらえるし、そうでなくてもサクラちゃんならすぐに大丈夫になるから」
「そうだな。冒険者ギルドに着くまでの辛抱だ」
冒険者ギルドに着くまで、か。
何度か言われたが、実際にそこで何があるというのか。
少しのワクワクと不安がない交ぜになりながら、初めての街へと一歩を繰り出した。
巨大な門を潜り抜け、足を踏み入れた先には壮観な街並みが広がっていた。
表通りは商店の類が固まっているようで、露店もちらほら見える。
人の往来も活発なようだ。意外な事に人間の姿も多い。既に街の住民となっている者には寛容という事だろうか。
よくよく考えればアルディス竜帝国は多種族国家だと言っていた。本来は人間含めて分け隔てない姿が普通なのだろう。戦争という事態がそれに陰を落としているのだとすれば、悲しい事だ。
すれ違う人々にも暗い表情は見当たらない。もっと厳しい環境を想像していたが、思ったほど緊迫してはいないらしい。
「随分活気があるのだな」
「街の外周部は平民の居住区になっていて元々人口が多いんだ。
特に門の付近は交通の便もあって商店が密集しているから、いつでも盛況だな」
国境を守る最前線で意外だという意味合いで呟いた言葉だったが、ラウルたちは別の意味で受け取ったらしい。それでも情報を得られるのは助かるので甘んじて聞いておく。
「とはいえ、この辺は食料品や日用品が中心だからな。
市民区域の中心部はこんなもんじゃないぞ。大店や武具店みたいなデカいのはそっちに纏まってる」
貴族街や領主の館は街の北部に集中している、と付け加えられる。南東に国境が面しているというから、構造としては理解しやすい。
「冒険者ギルドも中心部にあるのよ」
「この辺で驚いてるなら、心臓飛び出ちまうかもな」
ニーダの冗談を軽く流しながら、今世で初となる街の様子をしみじみと観察する。
どんな出会いが待っているのか、少しばかり高鳴る胸を抑えつつ中心街へと向かうのであった――
読んで頂きありがとうございます。
この二章から、徐々にサクラの物語が加速していく……はずです!
よければどうぞお付き合いくださいませ!