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短編集

クズ侍

作者: 汐見かわ

「だ、誰か……」


 夜の辻に男が二人。暗闇で顔がよく見えないが、ぶつぶつと小声で何かを言いながら女ににじり寄っている。女はすっかり腰を抜かし尻もちをついて後退りをするしかなかった。


「ひぃ、助け……」


 男の大きな手が襟にかけられ、女はこの時に初めて気が付いた。最近、市中に出没するという追い剥ぎだと。着てる物から持ち物まで全て取られた後に殺されるのだ。先月も川から裸の死体が上がっていたではないか。うかつだった。夜中に出歩くのではなかった。

 血の気が引いた。自分もこれから同じ目にあうのだ。必死で逃れようと背を向けて逃げようとした。しかし、帯が男の手に捕まりそれより先に進めない。


「大人しくしとけばすぐだからな」


 どちらの男の声かよくわからないが、女は必死で足を動かし、手を動かし、暴れた。そうだ声だ、大声を出そう。誰かが駆けつけてくれるかもしれない。

 大きく息を吸い、いざ声を出そうとしたところ──


「待たれいっ!」


 凛とした張りのある声が聞こえた。

 女を押さえつけていた手が離れ、二人の男は声のした方を振り返った。そこには腰に刀を差した侍が立っていた。ぼんやりとした月明かりを背に、すらりとした痩躯が影となって伸びている。只者では無いと、男たちはとっさに身構えた。


「その薄汚い手を離せ。最近、市中を騒がせている追い剥ぎだな?」


 男たちは無言で立ち上がると、懐から合口を取り出した。月に照らされ刃が二本、鈍い光を放っている。


「ほう、良いだろう。相手をしてやろう」


 侍は細長い指で鯉口を切り、腰に差していた刀をするりと抜いた。

 きらりと輝いた切先はそこに侍の矜持とも言える魂が宿っているようにも見えた。……見えたが、男たちはぷっと吹き出した。


「小っさ! 舐めてんのか! 刀じゃねえのかよ!」


 何と、侍の持つ刀は鞘の半分もない長さであった。男たちの持つ合口よりさらに短く小さい。


「お前達には見えぬのか。この刀身が。まぁ良い。いざ参る」


 侍が鍔をかちりと押すと、刃先から眩い閃光が放たれた。


「何だ……眩しっ……」

「地獄の力を宿りし閻魔刀よ。斬られたところはたちまち焼けただれ、地獄の苦しみに生涯苦しむことになるぞ」


 刀は赤黒い光を放ち、かちかちと音が鳴っている。熱も発しているのだろうか。辺りの空気が揺らいで見える。地獄の炎を思わせる激しい光に男たちは戸惑った。こんな刀は見たことがない。暗闇の中で刀を持つ侍の顔が赤く照らされ、本当に地獄にいる閻魔大王のようにも思えた。


「では、参る」


 侍が正眼に刀を構えると男たちはとっさに逃げ出した。

 建物の先を曲がり、男らが暗闇に消えて見えなくなるまで二人を目で追っているとやがて侍は鍔をかちりと押し戻した。刀からは光が消え元の暗闇になった。小さな刀を鞘に戻し近くで震えている女に視線をやると、侍は自分の羽織を脱ぎ被せてやった。


「……ありがとうございます」

「うむ。礼には及ばん。怪我はないか?」


 女に手を差し出し立たせてやると、すぐ側の物影から小さな子どもが駆け寄ってきた。


「おっかあ!」

「ああ、彦兵衛。大丈夫かい?」

「怖かったよぉ」

「そうだね。このお侍さんが助けて下さったよ。もう大丈夫だよ」


 二人はがっしりと抱き合った。その横で侍は無表情に抱き合う二人を見つめている。その感情の無い瞳は深淵のさらに奥、奥の奥を見つめているように意識というものが皆無だった。


「……子連れ……か?」

「この度は助けて頂きありがとうございました。何とお礼を言ったら良いか……」


 母親は乱れた襟や裾を直し、ぱんぱんと自分についた土ぼこりを叩いた。そしてじっと視線を寄越している侍を見上げた。不思議なもので、暗がりでほとんど顔は見えないが、侍は非常に端正な顔立ちをしているように思えた。何と立派なお人だろう。きっと名のある武士に違いない。


「人妻か……あ、じゃあその羽織を返しなさい」

「あ、はい。ありがとうございました」


 返された羽織に腕を通し、すっと手のひらを差し出した。そして侍は出した手の親指と人差し指を擦りながらこう言った。


「それと、こちらは命懸けだったのだ。誠意を見せてくれないか」

「おっかあ、誠意ってなぁに? 何を見せるの?」

「しっ、ちょっと黙って。銀貨のことよ」


 母親は帯の間より小袋を出すと、自分の手のひらの上に銭を開げそこから二、三枚の小銭を侍の手のひらの上に置いた。侍は目を細め手の平の上の銭を数えて、素早く小銭を懐にしまった。


「すみません。手持ちがそれしかなくて……」

「チッ……まぁ良いだろう。では、気を付けて帰るように」


 それだけ言うと、侍はくるりと背を向けて足早にその場から離れて行った。


「あの、本当にありがとうございました」

「お侍さん、ありがとうっ!」


 親子に振り向くわけでもなく、侍は足早に、本当に足早にその場を去った。

 暗い夜空に月だけがぼんやりと灯っている。静かな夜であった。


 人妻は好みではない。

 クズ侍は若い独り身の女を助ける為、下心を内に秘め、今日も闇夜を行く。


気に入りましたら高評価&ブックマークいただければ幸いです。

続きが読みたいものがありましたら、Xやメッセージで教えて下されば検討します。

以前に書いた短い話です。テスト投稿。

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