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魔術師Aが死んだ  作者: 森野小鹿
8/12

Aの目覚め

Mは100歳手前まで生きた。

この国の平均寿命を考えると恐ろしい程の長寿といえる。



「しぶといな」

とBが言うと、

「フン、健康長寿な友人に感謝なさい。」

と皺の増えた友人は言った。



◇◇◇



Mが亡くなった時、すでにMの同世代の友人達は先立っていたので、身内中心のこじんまりとした葬儀が行われた。


Mの家族は「よその人が訪ねてくる事などないだろうからまったりやろう」と思っていたが、1人だけ、Mよりも随分歳下の身なりの良い男が葬儀に参列したので家族は驚いた。


葬儀が終わり数ヶ月以上過ぎても、Mの家族はその日の事を飽きずに話題に出した。



「あの時背の高いイケオジが来て、しゃくり上げて泣いていたよね。」


「鼻水がすごく長く垂れていて気になった。それを高そうなハンカチで拭いていてますます気になった。」


「言ってもウチの爺さん、大往生だよ。家族ですらあそこまで泣かなかったのに。」


「泣けないだろ、あんなの見たら。逆に。」


「圧倒されたね。」


「申し訳ないけど、あの時笑いを堪えるのに必死で他の記憶が何もない。」


「お前は今からひいお爺さんのお墓に行って謝ってこい。」


「結局あの人は誰だったの?」


「知らない。古い友人だって言ってたよ。」


「魔術師時代のお弟子さんかなぁ。」



その後その男が訪ねて来る事はなかったが、NとMのお墓はその後何十年も渡り匿名の花が定期的に供えられ続けたので、Mの家族は男の存在をしっかり認識していた。


家族は花の贈り主をいつも茶化して話題にしたが、Mの家族は何となく、その男が好きだった。



◇◇◇



Bはひとりになった後も、蘇生魔術の研究を続けた。


研究室の中心に硝子の棺を置き細かいデータをとりながら、静かに忙しく日々は過ぎた。



Bは時々Aの日記を読み返した。あまりにも繰り返し読んだので、挨拶程度しか話した事がない間柄にも関わらずBはAの人柄に愛着が湧いてきている。

覇気のない内容だなと、最初はそれだけの印象だった日記だが、文章の言い回しに独特のユーモアがあって時々読み返したくなる。意外と面白い日記だ。Aは中々楽しい人だったんだなと思う。


しかし、いつまで経っても何故AがこんなにもBを見ていたのかはよく分からなかった。



ある夜、Aの日記をパラパラと開いていたら、挟んでおいたメモが落ちた。例の、Bの悪口が並んだメモだ。


「ん?」


拾い上げてふと見ると、Bの所でひとつ消された跡がある。

光の当たり具合で、わずかに消した跡が見える。


「何だこれは……?」

それは丁寧に消されていて、目を凝らしても読めない。

だが、Bの横に書いてある内容だ。


おそらく欠点や悪口の類だとBは確信した。


消す程の内容って何だ?


Bはムッとしながら塩を振りかけるように自らの魔力をメモにふりかける。すると、消えていた文字が浮かび上がってきた。


「フン。舐めるなよ。」


Bはそう言うと、「この野郎」と思いながら文字を読んだ。



メモには

私の心

と書いてあった。



「………………???」



それから、Bは長いこと静かにメモを見続けた。



◇◇◇




「起きたか。」



Aは急にあたりが眩しくなった気した。

ムズムズしていると上から低い落ち着いた声が聞こえた。


「……?」


その瞬間何か、あたたかくて柔らかいものが目元を覆った。人の掌だ。大きい。


「いきなり目を開けると眩しいと思う。慣れるまで少し時間をかけた方が良い。」



しばらくしてゆっくりと手が外され、最初に見えたのは、目の大きい中年男性の姿だった。

穏やかな顔で微笑み、こちらを見ている。



「……君は……!」



Aは男性の顔を見るなり思わず飛び起きようとして、少しクラっとした。


「ずっと横になっていたんだ。急に動くと目眩がするかもしれない。ゆっくり動きなさい。」



Aは目を大きく見開いて、自分の背中を支える男性をまじまじと見た。




彼だ。




「君は……魔術師B?一体これは……どういう事?」


Aの言葉を聞いた男性は肩をすくめた。


「どうもこうも。こういう事になると全く想像しなかったのか?」


そしてこちらを見て目元を和らげた。


「おはよう、A。調子はどうだ?」



◇◇◇



Aはあたりを確認し、自分が実験室にいて何らかの実験の被験者になっていると把握した。

それから自分のいる硝子ケースを見て「合理的だな」と思った。


中の様子を常に観察できるように、透明の硝子ケースに入れられていたようだ。

ケースの足元には穴が空いており、そこから細い管が通っている。

恐らくこの管を通して魔力や薬を充填させていたと思われる。


「……ここは君の研究室?」


「そうだよ。貴女はずっとここにいた。」


Bは穏やかな顔でAの額のあたりの髪を手櫛で梳かし始めた。



それがあまりに自然な様子だったので、Aは動揺した。

「?!!!!?!?!」



──何故魔術師Bが素敵なおじさまになっていて、私の髪を梳かしているんだ???

というか「おじさま」という程の感じでもない。

何だろう、なんか生々しい。どうしよう。

何、この状況は???



Aは自分がBに実験に使われる事は想像できたが、髪に触られる事なんて想像すらした事がなかった。


何せ生前は、毛虫を見るような目で見られるか、憎々しい目線を向けられた事しかなかったのだ。


Aは頭が弾けそうだった。しかしそれを表情に出したらBがすぐにAの髪から手を離してしまう気がしたので、何も感じていない様な顔をした。


Bに髪を梳いてもらうのは心地良かった。


ひと通りAの髪を整えたらしい。Bがまた話しかけてきた。

「一応、もう飲み食いなどは問題なくできるはずなんだが、水は飲めそうか?」

「うん。」

AはBが用意してくれた水を飲んだ。

「美味しい。」

「そうか、良かった。水差しは近くに置いておくから好きな時に飲んでくれ。少し落ち着いたら、この状況の説明をしよう。それから、これは明日以降にしようと思うが、貴女の記憶や知識、魔力、体力について、生前とどれ位変化があるか確認させてもらいたい。これは君の健康状態を確認する為にも必要だから。」



「わかった……うん、それはわかったけど……そうだな。この状況について、落ち着いたら説明してくれると言ったね。今、説明してくれないかな。私はどうして今ここで……生きている? いや、今私は生きていると考えて良いのかな?」



◇◇◇



Bからすると、Aはこちらが面食らう程落ち着いて見えた。



「……ふーん。それで君は、私を被験者にして蘇生魔術を完成させたんだ。」


「いや……。蘇生魔術自体は貴女にしか使っていないし、完成しているとは言えない。これからも様子を見続ける必要があるし……もう2度と使う気はない。今は蘇生魔術から派生した医療魔術の方が発展しているんだ。」


「医療魔術?」


「そう。軽度の怪我や火傷、風邪や感染症の類は、今は医療魔術を入れた《魔術紙》を使って回復させるのが主流になっているんだよ。」


「そうなんだ。手術が必要な病気や怪我の類は、魔術師が派遣されてその医療魔術を使うのかな?」


「いや、確かに魔術師が派遣される場合も稀にあるが……魔術師自体の数が少ないし、魔術師が直接医療魔術を使うことはほぼ無い。今も病気の治療を行うのは専ら医者だよ。」


「ふーん。……君の蘇生魔術について知っている人はいるの?」


「いない。………正確に言うと1人いたが、もう亡くなって長い。」


「国に提出しなかったんだね。」


「しなかった。今後もしない。これは個人的なものだ。」


「個人的ね。」




Bはなんだか居心地が悪くなってきた。



思えば当たり前だ。

Aとこうして会話をするのは初めての事だった。

長い歳月そばに棺を置いていたのでBの方では勝手に親しみを感じるようになっていたが、Aの方では違うだろう。


Bは「とりあえずお菓子でも出してみようかな」と思った。少しは和むかもしれない。


「A、食事の時間までまだあるが小腹は減らないか。何か軽くつまめるものを持ってこようと思うんだが。甘いものは平気か?」

「ああ。悪いね。うん、甘いものは好きだよ。ありがとう。」

「うん。少し待っていてくれ。持ってくるから。」


Bはそそくさと部屋を出た後、静かにため息をついた。

「やはりMのようにはいかないな。」

Bは、あの愛想がないようで愛嬌のある懐かしい塩顔を思い出し、「やっぱりアイツはすごいな」と思った。



◇◇◇



Aは特に蘇生魔術に興味がなかった。元々そこまで魔術に興味がないのだ。



──そんな事より、何故私は蘇生させられたんだろう。



Aは周囲に視線を動かした。

「ここがBの自宅研究室か。」


こういう感じだったんだな。

全ての道具があるべき所にあり、作業がしやすそうな空間だ。Bらしい。



Aはケースから出てしばらく興味深そうにウロウロと歩き回ったが、ふと少し離れた所から自分が寝かされていた場所を見て、物凄く驚いた。



──あんな「虫を1匹ずつ針で殺すのが趣味」みたいな顔をして、彼はこんなロマンチックな棺を作っていたのか!



Aが寝かされていた硝子の棺はとても美しかった。


場所こそ真っ白い研究室で、棺には管も通っている。しかし設置されている場所が違えば童話にでも出てきそうだ。



──Bはこれに私を寝かせて、研究室にずっと一緒にいたのか。



…………ふーん。

へー。あっそう。



なんだかムズムズしてきた。誤魔化すように咳払いをし、無駄に周りをキョロキョロと見まわした。


そしてふと机を見て、見覚えのある分厚いノートが置いてある事に気付いた。



「何だ?見覚えがある。」



Aは最初ぼんやり遠目からそれを見ていたが、しばらくしてギョッと目を見開いた。



◇◇◇



「戻ったよ……A。もう立ち上がれたのか。身体は大丈夫か?」


Bがお茶とお菓子を持って戻ると、Aは既に棺から出ていた。


「B。」


「?」



Aはギギギギ……とゆっくり振り返ると、恨めしそうにBを見た。



「…………何故ここにこのノートがあるのか、説明してくれないかな。」

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