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魔術師Aが死んだ  作者: 森野小鹿
7/12

その後

「B、そろそろ今日は終了でどうですか」




ノックの後、Mはワインと軽食を持って研究室に入った。

「ん?」

「ん?じゃないですよ。もう夜の9時ですよ。続きは明日にしましょう。もう、せっかくクマがマシになったのに。」

Mは一緒にお盆に乗せていた大判の布を、研究室の端に設置している丸テーブルにかけ、手際よく食事を並べた。

妻のやり方を真似ているだけだが、確かにこうした方が食事が美味しく思える。


しばらくすると白衣を脱いで手を洗ったBが、長い脚を動かしてやってきた。

「旨そうな匂いがする。」

「旨そうでしょう。久しぶりに惣菜屋に寄って煮込を買ってきたんです。サービスで多めに入れてくれました。あたたかいうちに食べてしまいましょう。」

「旨い。」

「旨いですね。」

「Mの、いつものよくわからない炒め物は?」

「失礼な言い方ですね。あれもありますよ。食べますか?」

「食べたい。くやしいけど結局あれが1番旨いんだよな。」

「なにがくやしいものですか。」


BはMがつくった余り物炒めが好きで、1番喜ぶ。余り物なんてその都度違うし、バリエーションがあって楽しいそうだ。

その点について、料理男子であるMは非常に満足だ。

 

「M、お前禿げたか」

「どこが!失礼ですね。貴方が作った魔法薬も使っているんですよ。この年齢の割には皺も無ければ髪も豊かでしょうが!」



2人で食べるようになってからかれこれ2年ほどだろうか。

妻が亡くなった後1人で食事をするのが味気なくなったMは、ふとBの所で晩飯を食べた。それが思いの外お互いしっくりはまって習慣化した。


「まあ、貴方は男盛りの40歳のままストップしているからそんな失礼な事を仰るんでしょう。」

「お前も止めてやろうか。」

「何を仰る。私は順当に妻の元へ行く予定です。」

「遠慮するなよ。そろそろ足腰も辛いだろう。」

「定年後の爺さんを1番こき使う人が何を言いますか。私はまだまだ身体は現役ですからね。」


1人でないと言うのは良いものだ。

MはBと過ごすこの時間を、結構気に入っている。



◇◇◇


もう何十年も前、

Mが助手になった頃、BはAの遺体を被験体にして秘密裏に蘇生魔術を編み出す為の研究を始めた。


そもそも可能か否かを探る所から始まり、どの文脈で蘇生させるのがBの魔力と相性が良いのか、時間はどれくらいかかるのか、リスクは、などの順をおって調べていき、その蘇生魔術の研究過程で医療魔術の原型が生まれた。


Bの作った医療魔術の原型は成果として国に提出された後、魔術師達全員一丸となって術式の研究を進め、完成したものは《魔術紙》に入れて国中に普及させた。これは国が始まって以来の大きな成果を生み出す事になった。



この事を誰よりも1番喜んだのは宰相だ。

宰相は金髪碧眼の優美な見た目をした男だが、元々はあまり裕福ではない平民の出である。まともな医療を受けることができず、軽い風邪を拗らせた事が原因で家族や親しい人を何人も亡くしている。


その年の瀬、魔術師達の定例会の年末パーティーで宰相はこの医療魔術を込めた《魔術紙》を生み出し国内に広めた成果を「建国以来最大の功績」と評価した後、咽び泣いて魔術師達に礼を言い、ボーナスも弾んでくれた。


寝不足で頑張った魔術師達はこの評価に大いに喜び、宰相とBを順番に胴上げしてパーティーは大いに盛り上がった。


お酒の入った身体で激しく胴上げをされて酔いが回ったBは、胴上げの後Mの隣でずっとぐったりしていた。

Mは「この人はつくづく不憫属性だな」とBを眺めながら、パーティー料理に舌鼓を打った。


宰相は胴上げ後も元気に宴に参加していた。



医療魔術はこれまで医者の手が届かなかった分野を補う形で発展し、国内では当たり前の存在になっていった。しかしこの医療魔術が、まさか蘇生魔術の派生だとは誰も思わないだろう。


Bの蘇生魔術の研究は一進一退の状態ではあるが、今も続けられている。


この研究について知っているのはBとMのみである。

宰相も知らない。



◇◇◇



Bの魔術が歳を重ねる毎に洗練されていくのをMは間近で見続けた。

進展しない研究を続ける為、Bは己の肉体年齢を40歳の誕生日に止めた。大して魔力は使っていないそうで、Bは食品の保存等にも気軽に使っているが、MからするとBの《時を止める魔術》は驚異的だと思う。



更にBは健康にも気遣う様になった。

何でもAの日記にショックな事が書いてあったそうだが、Mは詳細を知らない。


とにかくおかげさまでBは健康な見た目も取り戻し、元気な40代として日々過ごしている。

しかしいつまでも40代の見た目を保つBとは違い、周りは順当に老いる。


Bはある時を境にローブをかぶって外出するようになった。

相変わらず難儀な道を歩んでいると思う。



ちなみにMは、恋人と結婚し子供が生まれ、そしてその子供が先日結婚して、孫もできた。


今は老後満喫中である。



◇◇◇



BはAの仕事を引き継いだ後も自分を「A」と名乗らず、次の代まで「A」は欠番とした。


BがAの仕事を引き継いだ後、通常の筆頭魔術師としての仕事の他に最も情熱をかたむけた事は《魔術紙》の普及と後進の育成だ。


定例会の5回に一度は講習にあてられ、魔術師達の教育が行われた。

基礎学力をつけてから教養の授業に入る形で教育は進められ、魔術師達の知識と能力の底上げをはかった。


またアルファベットを上位、中位、下位の3つに分類し、上位は国直属の仕事を、中位は研究を、下位は民間の仕事を請負うように組織を編成した。



まるで一刻も早く引退したいとばかりにBは熱心に魔術師達を教育し、鍛えた。



Bはやると決めたら容赦なかったので、Mは他の魔術師達……特に上位の魔術師達……を気の毒に思った。

しかし、Aの影に隠れてやる気を失っていた魔術師達が、己の役目を見つけて徐々に目に光を取り戻し、活気付いていく様子は圧巻だった。

話が長くなるので詳細は語らないが、Mは「魔術師ってすごい人達の集まりだったんだな」と改めて思った。26の枠は伊達じゃない。



一応言っておくと、MはBの助手をキッチリ勤め上げた。

Mは魔術師として優秀だ。更に魔術師云々以前の問題で、仕事ができるタイプである。

Bの助手になる前は、魔術師Aの助手と兼任しながら宰相の手伝いまでしていたのだ。



その事をMがBに澄まして言った時、Bは愉快そうに笑って「知っている。」と言った。



これまで国王は一度代替わりし、その際魔術師の入れ替えも行われた。BとMもそのタイミングで引退している。

今のAも優秀な人だ。



◇◇◇



Bが国の筆頭魔術師に就任し、自身の魔力で国中を包んだ時、柔らかい空気が国中を満たした。


Mもその時の事ははっきり覚えている。


あの瞬間、春風の様な柔らかい風が吹き抜けていくのを感じてMが思わずBの顔を見たら、Bがあまりに相変わらずの陰気な顔をしていた。

それで思わず「ハ、ハ、ハ」と笑ってしまい、怒られたのだ。


Bの包んだ魔力は、Bが筆頭魔術師を勤めていた間中、住む者や来た者の心を和らげた。

Bが筆頭魔術師を勤めた時代は魔術紙が市井に広められた事から「医療福祉の時代」と言われたが、Aがいた頃の「華の時代」に対し、「癒しの時代」とも言われている。



BもMも引退してもうだいぶ経つ。

BやMの事を「魔術師B」「魔術師M」と呼ぶ人間も今はお互いだけだ。


MはもうBの助手ではなくただの友人で、

Bも今は国の帰属から外れ、Aの蘇生だけに全ての力をそそいでいた。



◇◇◇



食後、ふたりはのんびりとワインを飲む。


意外とふたりともお喋りなので、1日のあれこれやお互いへの憎まれ口をぐだぐだと喋りながら、1日の終わりのご褒美の時間を楽しむ。 



Mは自分より随分若くなってしまった、顔の濃い友人を横目で眺めながらふと微笑んだ。



B、貴方は私がはじめて訪ねた時から、当然の様にわたしに「助手」ではなく「M」と話しかけましたね。

貴方は私の能力や得意分野についてもよくご存知だったし、当然の様に私を信頼し、頼りました。


それが私にとってどんなに大きな意味を持つか、貴方には想像もつかない事でしょう。


Nが貴方の事をどれだけ嬉しそうに家族に語っていたことか。


貴方が《魔術紙》の最初に「魔術を貯める紙」を生み出した事が、どれだけ私達家族にとって意味のある事か。


私がNの意志を受け継ぎ貴方と仕事をする事に、どれだけの喜びを感じていたことか。


きっと考えた事もないはずだ。




Aは、私を「M」と話しかけた事はとうとう一度もありませんでした。


私の事を「書類分類が少しできる助手」という認識でしか捉えていませんでしたし、翌日から入れ替わって別の者になったとしても気づかなかったかもしれません。


Aの事は尊敬していますし、親切にしていただきましたけどね。




あの方が口にしたのは宰相や必要最低限の相手、そしてB、貴方の名前だけです。

BがショックだったAの日記の言葉は

「ただ悲しいと思う」

です。


えっ、そんな風に思われてたの?


と地味にショックを受けたBは

「そんな風に書かれると私の方が悲しいんだけど」

と思い、もう少しちゃんとしようと反省しました。

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