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魔術師Aが死んだ  作者: 森野小鹿
3/12

B、訪問を受ける

「おや。まだ八裂きにしてないんですね。」

「する訳あるか!」



1度目の訪問からしばらく経ったある日MがBの元を訪ねると、仕事中だったらしく、そのまま研究室に通された。


Bの研究室は「いかにも研究室」といった清潔な白い空間で、きちんと道具が整理整頓されて作業がしやすそうだ。

書類もきちんと分類されて整っている。



いかにも仕事ができる人の空間だなあ。

Mは感心した。



そうしてキョロキョロ見回している内に、広々と奥行のあるその研究室の奥の一角で丁寧に安置されているAを見つけた。そしてMが眉を上げたのが今だ。


「おや。これはまた随分と。」


随分素敵になったものである。



着ている服こそ棺桶に入っていた状態のまま、魔術師の正装だが、陰気な木の棺に入れられていたAは、今や美しい硝子の棺に移動されていた。台の上に棺は乗せられており、AはMの腰上あたりの高さで横たわっている。ガラスの棺の下には思わず触れたくなるような、滑らかな質感の赤系のクッションが敷かれていて、その上にAは寝かされている。


元々美しい人である。硝子の棺に納められたAはまるで物語のお姫様のようだ。


もっともAは「今にも起きてきそう」なんて血色の良い顔はしておらず、亡くなった時と変わらず青白い顔で沈黙していた。



「あのままの場所に入れておくわけにもいかないだろう。」


Bはムスッとしたが、Mはそれには返事をせず本題に入った。



「B。覚悟は決めましたか?」



「……君の申し出はありがたく思うが、辞退させてもらいたい。」

「何故です?」

「君は知っているだろう。私がもう何年も城に出向いてさえいない事を。魔術師としての仕事はしているが、今更私がしゃしゃり出た所で納得する人間なぞいない。私は、次代のAにはCを推すよ。」


BはMを見ないように横を向いて言った。



「Cでしたら、『荷が重いのでBに任せたい』と既に辞退しています。」



「は?」


「DもEもFも同じ事を言って既に辞退しています。全員次代はBを推薦するとの事でした。」


Bは唖然とした。


「……彼らは向上心というものがないのか?」


「それは分かりかねますが、Aの常態は休みなく魔力を国中に行き渡らせる事ですから、魔術師にとって負荷が大きい事は間違いありません。身体の魔力が必要量に満たない状態が続いた場合、最悪衰弱死する可能性もありますしね。」


「それはそうだが。」



Bは危機感を覚えた。


1人が負担なら改正するように働きかけたら良い事だろう。楽な道ではないが、必要ならばいずれやる事だ。


仮に今回BがAの後任を引き受けたとして、自分の様な不健康な生き方をしている人間が長生きできるとは到底思えない。

Bが早々に死んだ場合、彼等はその次代をどうするつもりなのだろう。




──AとかBとかいう前に、魔術師達の教育を考えなければならないのでは?




Bが顔をしかめている様子を見て、Mはため息をついた。


「B、私はてっきり貴方はAに取って代わりたいと考えていると思っていましたよ。」




少しの間、沈黙が流れた。


「……今は思っていない。」


Bは低い声で言った。



「いずれにせよ、Aの代わりが務まる人は貴方しかいません。もう少し考えてみてください。」


Mはそれだけ言うと

「では。今日のところは帰ります。」

と言って帰ってしまった。




Bは憂鬱な気持ちで仕事に戻った。



◇◇◇



「B、まだその気にならないか。」



今日は久しぶりに宰相がBの家へ来ていた。


宰相は魔術師達の取りまとめをしていて、定期的に顔を合わせる数少ない人だ。

今は玄関近くのテーブルセットでお茶と焼菓子を上品に食べている。


宰相は中肉中背の金髪碧眼、七三分けにカイゼル髭の40代だ。犬のチワワに似ているが、偉い人なので本人に言ったことはない。



「B。いつまでも過去に囚われるな。良い加減出てこい。」


「……Aの国葬は……」


「ああ、Aの葬儀は次代の就任式と抱き合わせでやるんだ。Aの不在は影響が大きすぎるから。Aの事はまだ外部に出していない情報だ。……漏らすなよ。」


「勿論の事です。」



宰相はお茶を飲んで「旨いな」と言った後、話を続けた。 



「Aから体調不良の報告をされたのは一年ほど前だ。検査をするので連休を取りたいと言われた。」


Aは普通に街の病院に行くつもりだったようだが、とんでもない事だ。 Aの話を受けてすぐ秘密裏に医療チームが結成され、検査が行われた。


「検査の結果、既にAは取り返しのつかない状態だった。頭痛などはずっとあったそうだが、ずっと魔術で緩和していたらしい。それで何とかなっているからとそのままにしていたそうだ。

B。君も痛み緩和の魔術は使えたな。アレは本質的ではないんだ。自分に使わず医者を頼れ。君まで失いたくない。」


Aは若くして亡くなった自分の母親と同じ病にかかっていたそうだ。


「ですが彼女は最近まで成果を出していたはずでは。」


「ああ。最近までAが成果を上げている様に見えたのは、告知時期が最近だったというだけだ。半年前からはもう動けず寝たきりで、他の魔術師に仕事を振り分けていた。Aならば本来一度で済んでいた仕事だが、分割して割り振ったんだ。工夫次第で何とかなるものだよ。もっと早くそうするべきだったんだ。」


「……。」


宰相は頭を振った。


「Aは偉大な魔術師だった。まだ感じるだろう、Aの魔力を。死んで尚、彼女のシールドは私達の国を護っている。大橋の灯りは大気中の魔力を使っているので影響も受けていない。本当に彼女は、もう2度と現れることはないだろう稀代の魔術師だ。」


宰相はここで焼菓子の最後の一口を食べた。



「彼女が最期に望んだのは、Bを後継にという事だった。お前Aと繋がりでもあったのか?」


「いえ。全くなかったと言って良い位です。」


「そうか。私も君に次代のAになってもらいたい。」

宰相はBを見て言った。


「私も君と同じ、平民出なのは君も知っているだろう。今、君の成果の「生活魔法を入れた魔術紙」を国中に広める為の準備をしている。うまくいけば、市井の生活は格段に底上げされるはずだ。他にも、君の力が必要な課題が沢山ある。私には仲間が必要だ。どうか助けてくれないか。」


「…………。」


「Aのご遺体の事は私も知っている。Aの生前私も散々話し合った。心に折り合いをつけいるし覚悟も決めている。心置きなく八つ裂きしたら良い。」


「しませんよ。」


「Aのシールド魔法はあと1ヶ月ならもつだろう。それまでに覚悟を決めてくれ。」


そう言うと宰相はお茶を飲み干し、

「旨かった。ご馳走様。」

と言って帰ってしまった。

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