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魔術師Aが死んだ  作者: 森野小鹿
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魔術師Aが死んだ

「魔術師Aが死んだ?」




「はい。以前より疾患していた病が原因で、数日前に死亡致しました。『遺体は魔術師B様に全ての権利をお渡しするように』というAの強い希望により、この度ご遺体を運んでまいりました。お運びしたご遺体に関しましては『いかようにお取り扱いいただいても構わない』との事でございます。」


「…………え?」

Bは目の前にいる人の言葉が理解できず、心細くなった。



魔術師Aの相続代理人だというその人は、自分を証明する書面などを淡々とBに読ませ、確認させた。

それから書類の束をBに渡し、「権利を譲渡するにあったっての必要書類なので中身を確認してサインしてください」と言った。


あまりの内容に理解が追いつかない。Bがぽかんとしている間に手際よく手続きが進められて、気付いた時にはBは部屋でぽつんと一人、Aの棺の隣に立っていた。


「………………。」


Bは横目で棺を見た。




Aが死んだ?



◇◇◇



この国の魔術師達は名前で呼ばれる事はない。

能力の序列で呼ばれる。



序列はアルファベットで示され、AからZまで26の区分がある。アルファベットはひとつにつき一人にしか与えられない。アルファベットの名前が与えられているという事は、国で上から26番目までの能力を持っている事に他ならないし、魔術師の枠は26までしかない。

元々稀少な能力で、26もあれば枠が余る程である。



そうした魔術師達の中でも、Bの能力は飛び抜けていた。

魔力・知識・センス全てが他の魔術師と比べて桁違いで、国が違えば《大魔法使い》と呼ばれていてもおかしくない実力だろうと言われている。


B自身、勉強も鍛錬も人一倍しているという自負もあったし、その評価に相応しいと自覚していた。



故に、Bは自分がAに選ばれなかった事が許せない。

BはAが疎ましかった。



Aは自分が魔術師として入城する前から国に仕えている魔術師だ。

定例会で顔を見る程度で個人的な付き合いはないにも関わらず、Bは「AがAである」という理由で彼女を嫌いだった。



そしていつ頃からだろう、Bは自分の仕事を粛々とこなしながら、腹の中でAへの負の感情が膨らんでいくのを感じるようになっていった。



◇◇◇



Bは魔術研究を仕事の主軸にしており、ほとんどの時間を一人きりで研究室に篭っている。

助手もいない。本当の一人である。

助手は昔1人いたが、抜けてから新しくいれていない。


研究に夢中で取り組む内に、頬がこけた。

魔術師として入城する前は魅力的だと言われていたBの大きい目は、今や常に寝不足で充血し、ギョロギョロしている。

背の高いBが痩せ細った細い脚で城の中をユラユラと歩く姿は人々の目に不気味に映るようで、気付くとBは周囲から遠巻きにされるようになっていた。



一方で、Aはいつも人々に囲まれて笑っている。


Aは華やかな美貌の持ち主で、目につく。

Aは濃紺の魔術師のローブを羽織って栗色の長い髪を波打たせながら、いつも誰かと談笑しながら歩いていた。


BはAを見かけると、その日1日がどんよりするようだ。


Bは特に、晴れた日中にAを見かけるのが嫌いだった。


柔らかくウェーブしたAの長い髪が昼の光でキラキラと光り、それがたゆたう水面のようで、いつまでもBの脳裏に焼きつくからだ。



彼女はまるで太陽にまで愛されているようだった。



◇◇◇



魔術師Aはいわゆる天才である。


まず魔力量が桁外れ。Bから見ても、この世の理を逸脱しているとしか思えなかった。

故にその成果は大規模で、国は当然この能力に甘えた。



例えば、Aは嵐で壊れてしまった王都の大橋の修繕を、国の指示で行った事がある。


大橋は古いものだが、国中の優秀な大工が集まって100年近くかけて作ったものである。


Aが国からどのような指示を受けたのか知らない。

しかしAはこの修繕をたった1人で、一昼夜で完了させた。

本来どんな優秀な魔術師が集まっても、1人で、しかも一昼夜で修繕を行うなどあり得ない事である。



国中がどよめいた。



更にAは国の指示で、この大橋に魔法灯を設置した。

夜になると大気中にただよう魔力を取り込んで、橋に柔らかい灯がつく。


その橋を見て人々は大いに喜び、Aを讃えるパレードまで行われた。


Bはその時も研究室に籠っていた。

しかも研究が難航して、ちょうど1番辛いタイミングだった。

暗い研究室にパレードを楽しむ人々の歓声がわずかに聞こえてきた時、Bは虚しさに叫びだしそうになった。




Bは深夜ようやく仕事が落ち着くと、Aが修繕した大橋へ足を運んだ。


そして橋をゆっくりと往復した後

「いい橋だな」

と独り言をいった。


元々美しい橋だったが、魔法灯で、大橋はさらに美しく生まれ変わっていた。

灯りのエネルギーは大気中の魔力の力を取り込んで使っている、というのも無駄がなくセンスが良い。


優しい、良い灯だと思う。


この灯りのお陰で治安が格段に良くなるだろうし、夜間に帰宅する仕事の人々に安心をもたらすだろう。

いい仕事だ。

素直に、とても良い成果だと思う。




Bはやるせない。

Aは何も悪くない。そんな事ははなから解っている。



だがBはそう理解しながらも、次第にAが賞賛される声を聞くと自分が否定されているような被害妄想に陥っていった。



◇◇◇



Bが腐る理由のひとつは、Aのその在り方にもある。


Aの魔術は素晴らしいものだが、いつも言われた事を淡々とこなすだけだった。


確かにいう事を全部聞いてくれるので、その場の空気も良いし、上は上機嫌。

それにAの成果は外国にわかり易くアピールできる。


しかしAは主体性を持たなかった。

自分からは何もしない。



Aがすごい魔術師なのはわかっている。

だがBはAよりも自分の方が先々まで人々の為になれると信じ、邁進努力した。


しかしいくら魔術師として努力した所で、自分は不気味な嫌われ者で、人気があり評価され選ばれるのはAだった。



◇◇◇



いつの間にここまでAを憎んでいたのか。

思い当たる節は沢山ある。


Bだって馬鹿ではない。Aの人気と自分の孤独に因果関係など無いとわかっている。


でも今はもう羨ましく嫉ましく、愛されて感謝されているAを見ると自分が否定されているようで、心が苦しい。




実を言うと、

殺してしまおうとした事があった。



数年前の年末のパーティーの日に、Aのグラスに毒薬を仕込んだのだ。

グラスに毒を注いだ直後、正気になった。


慌ててグラスを持ってトイレに運び、中身を捨てる。そのグラスは魔術で消し、そのまま会場から逃げるように帰った。


Bは家に帰ってすぐベッドで布団をかぶり、それから自分のおぞましさに一晩中震えていた。



Bが城の研究室に行かなくなったのはそこからだ。



Bは外に出る事がすっかり嫌になってしまった。



研究室まで行く事も嫌だ。

太陽に照らされる事が怖い。

美しく輝く太陽はAの象徴のようだ。


Bは自分の性根の醜さが日の下に晒されることを恐れた。



Bは自宅の研究室で仕事をするようになった。

外出するのも太陽が雲で隠れた日だけ。それでも何も問題がおきず、その事がまたBを腐らせた。



そのまま何年も、最低限の人間以外Bの元には訪ねて来ない。




Aは相変わらず華々しく活躍していた。


新聞でAの成果を読む度にBは嫉妬に狂いそうになったが、自宅にいたので何とか耐えることができた。


いや正確には耐えれなかった。


家中のものをひっくり返してしまった事もあったし、胸を掻きむしったせいで1ヶ月ほど引っ掻き傷でヒリヒリしていたこともある。



Bはあの一件以来、功名心が自分から消えた。

Aになりたいだなんて、今は微塵も思わない。



それでも未だにAに嫉妬し、醜い感情に苦しんでいる。矛盾だがどうにもならない。

嫉妬の感情は御しにくいものだ。特に孤独な人間にとっては。


Aのことはいつでも嫉ましく思っていたし、八つ裂きにしてやりたいと思う感情は常にあった。



◇◇◇



だがしかし。普通に考えて見て欲しい。


わかるだろ?

実際に人を八つ裂きにしたいわけがない。


ただ心の中でグチグチ思っているだけなのだ。

自分には一緒に悪口を言う友達もいない。


私はただの陰気で僻みっぽい、善良な魔術師だ。



Aが死んだだと?


しかも私に遺体を好きにしろだって?


なんで?




Bは遺言執行人が置いていったAの棺からじりじり後退りをした。




切り刻んでも良いって何?


この状況は何?


怖いんだけど!

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