9話
リフルの行きつけの店は静かなカフェのような場所だった。BGMまで流れており、天井にはシーリングファンが付ている。でも何の曲かは分からない。多分聞いた事もない曲だが、耳に残る心地の良い
曲だ。
二階に上がり吹き抜けの席を選んだ。解放感があり、緑の観葉植物のようなものまである。まるで現代のカフェのような場所だ。
リフルはウェイトレスを読んだ。獣耳と尻尾を持つ獣人の女性のウェイトエスだった。
「僕はコーヒーにするけど、君は?」
「え?コーヒーとかあるんですか?」
「あるよ。紅茶も…レモンティーも。なんでもあるよ」
「じゃあ、僕もコーヒーで」
リフルは優しくウェイトレスに頷いて注文した。ウェイトレスはうっとる頷いている。頬の赤らみがそれを物語っており、時折猫耳ひくひく動いている。
彼の言葉はどこか人を惹きつける。
「そういえば名前を聞いてなかったね」
「乾尊です」
「そっか、乾君か。いきなりあんなところ放り込まれてびびっただろ?」
「何が何だか。まあ今もついていけてないんですけど」
「僕はここに来て大分経つからね。分からない事があれば聞いてもらえば教えるよ」
「助かります」
「でも、多分今なにもかも分かっていない状況なんだろ?」
「ええ、何が何だか」
「だろうね。まずはこの世界の事を知ったほうがいい」
リフルは優しく笑った。そうして、指を鳴らした。何か耳がツンとする感覚がした。
すると、彼の手には丸められた焼けた黄色の厚紙が出てきた。
「僕のスキルは『クラフト』イメージしたものを作りあげられるんだ」
そうして彼はさって手のひらで伸ばした。
そこには世界地図が描かれていた。その地図には1つの大きな大陸が存在し、その周りを海が囲っていた。その大きな大陸の中に二つの大国が存在していた。
「これはこの世界の地図さ。この世界では二つの大国が存在している。左側の一つがジャーグラット国。そうして右隣の2つ目の大国がナーゲルス国。そうして僕らがいるのがここ…」
そう言って右下の孤島を指さした。
「ここがナフルヘイム。今僕らがいるところさ」
「ナフルヘイム…」
俺は小さく呟いた。
「この島に移民や奴隷が多いだろう?さっきのウェイトレスも多分奴隷だよ。
この島は難民の受け皿になっている事があるんだ。だから、たまには犯罪者やならず者が尋ねて来る事もあるんだ。でもそれはこの国は2つの大陸の属国になっておらず中立的立場を取っていたというのもある」
そう言い終えると、リフルはコーヒーを口にした。
「そうして、この地図はあくまで人が住める場所を現している。僕らがミッションで飛ばされる魔素区域はこれの外側だよ」
「魔素区域ってのはそもそも何なんですか?というかそもそも俺らがミッションとして行かされているのもよく理解できない」
「この世の中には魔法が存在する。ゲームでよく出てくるような魔法がね。魔力はいわば生命エネルギーみたいなものだ。僕らが酸素を吸うようにこの世界には魔力がそこら中に存在している。だが、それが濃くなるとどうなると思う?それは毒になるんだ。その魔力の密度が濃い場所を魔素区域と呼んでいる。そうして、この世界の人間がそこに足を踏み入れると死に至る」
「俺達はどうして大丈夫なんですか?」
「僕ら異世界転生者は魔力適正が極めて低い。だからどんなに魔力が濃い魔素区域に入っても問題ない。だから、あのエルフは僕らをミッションとして転送する」
「ダークエルフの男…ラウルという奴は神具を集めて何をするつもなんですか?」
「分からない。でもあの神具はもともとエルフの力を封印した物と言われているね。遠く古い神話の話だけどね。この世界は元々エルフが強大な力を持っていたらしい。神を欺いた罰としてエルフの力は武器に閉じ込めたと…そういう神話があるんだ」
リフルが説明し終えると後ろの方で叫び声が聞こえた。こんな静かなカフェのような場所で一体何を暴れているのか?
暴れている男の姿はみすぼらしかった。男は先ほどの獣人のウェイトレスの耳を掴み叫んでいる。
「おめえは一回の注文も聞けねえのか?奴隷の分際で俺の目の前に立ってんじゃねえよ!?」
俺は静かに睨む。するとその視線に気づいたのか男こちらを睨みかえす。
「何見てんだてめえ?」
「騒いでるのは君の方だろ?」
リフルはコーヒーを口にしながら答えた。
「何だと?」
男は近くにあった空き瓶を掴むとこちらに近づいてきた。
リフルは気にせずコーヒーを飲んでいる。男はリフルの後方に近づいた。そうしてじろりと横から顔を眺め半笑いで話しかけた。
「おめえらよく見たら、外来種じゃねえか。気持ち悪い」
リフルは男を無視し続けた。見向きもしない。
「俺はな、おめえらみてな害虫は嫌いなんだよお」
男が空き瓶で殴りかかろうとした瞬間、パーンという短い銃声が聞こえた。
「やれやれ、これだから治安が悪いのは困るんだよな…」
リフルは黒縁メガネを治した。男は倒れ、持っていた空き瓶が足元で割れた。リフルの動作には無駄な所作がなかった。シンプルに素早く始末した。まるで殺し屋のように…
俺はどこかでリフルの銃に何か身に覚えがある感じがした。でもどこだ?俺はどこで見覚えがあったんだ?分からない…
「さて、話の続きだけど…」
リフルが話を続けようとした矢先、俺の頭の中で何か叫び声が聞こえてきた。
『ちょっと!!どこにいるのよ』
「え?」
俺は思わず声を出す。
『あんたどこにいるのよ!? とりあえず、さっきの広場の噴水の近くにきなさい』
「あ…おけす」
俺は耳に手を当てて小声で答える。この声頭がガンガンして、きつい。
「すみません。ちょっと知り合いに呼ばれてるみたいで」
「そっか。じゃあ、また今度話そう。ここは僕のおごりだから。じゃあね乾君」
リフルは優しく手を振った。
いい人だなと思った。
店を出て広場の噴水を目指している時、ふとあの銃を思い出した。
そうだ…
あれは、俺が殺された銃だった。