4話 ステルス田中
俺はその場でうずくまった。
「どうした乾!?」
菊池はすぐに駆け寄ってきた。俺の右肩には短刀が刺さっている。じんわりと生暖かい血液が肌をつたって垂れ落ちてくる。ぽたぽたと血の池が出来始める。
「短刀…? 敵か!?」
俺は辺りを見回した。菊池が死体を燃やしたお陰で洞窟内には明るく照らされている。しかし影一つ見えない。
「もしかしたら、スキル持ちの仕業か?」
菊池は頷く。
「かもな…俺らと同じスキル持ちかもしれない、気を付けろ」
俺が短刀を抜こうとしたとき、菊池は直ぐに静止した。
「やめておけ…血が止まらなくなって貧血になるぞ。そのままにしておいた方がいい。それよりも乾お前…ハエを大量に出せるか?」
「出せるけど…」
「俺にいい考えがあるんだ」
そう言って菊池はウインクした。こいつ…そうやって女の子落としてきたのかよ。きざな奴だ。
俺は急いで呪言を唱えた。
「ソトニ! ソトニ! ソトニ! ……ソトニ!」
俺の口から何百匹ものハエが出てくる。ハエは群れを形成しながらある地点で旋回し続けた。そうしてその黒い群れは一つの人影を作り出した。
「やっぱりな…そのハエはいわばセンサーみたいな機能も有しているんだ。そうして場所さえ分かれば…こっちのもんだ!!」
菊池は走り出し人影に向かった。そうして燃えた右手で人影を掴もうとした瞬間だった。
「参った!?」
男の声だ。
菊池は動きを止めた。
ハエたちは散り散りになり消えていった。
ハエの影から一人の男が姿を現した。そいつはすごく特徴的な恰好をしていた。民族衣装のようなチェックのシャツを着ており、髪型はぼさぼさでまるでヘルメットでも被っているようである。
「参った!! いやあ…参った!!」
「参っただと…? それで済む問題か? こいつは負傷しているんだぞ?」
菊池はヘルメット男を睨みつけていた。
「いや、すまない。許して欲しい。こういう状況で俺もどうかしてたんだ!!」
「お前は…何者だ?」
俺は慎重に尋ねた。
「俺は田中源。お前達と同じく転送された人間だ。そうして固有スキルは『ステルス』だ。」
そう言って田中は一瞬で姿を消した。
確かに固有スキル『ステルス』というのは本当らしい。
「どうして俺達を攻撃した?」
「あの骸骨だと思ったんだ… 俺のスキルは目を瞑ってる間、透明になれる。だから、お前達を敵と思ってしまった」
「声で分かるだろう?」
菊池は疑い深く尋ねた。
「いや、ステルス中は音が聞こえないんだ」
俺はじっと田中を見つめた。どこか薄ら笑いをしてるような顔つきだ。こっちは右肩に短刀を刺されているのにどうしてこいつはこんなに軽いんだ?刺しどころが悪かったら危うく死んでるかもしれないんだぞ…
というか今も動くのがかなり苦しい。痛みはかなりあるのだ。こいつにも刺してやりてえ…
薄ら笑いを見るたびにそう思わずにはいられなかった。
まあでもここで殺し合いをする方が合理的じゃない。あの骸骨のためにも戦力は欲しいし、こんな所で労力を使いたくない。
「分かった。」
「おい、乾!?」
「菊池…やめよう。俺達がここで殺しあう必要はない。」
「分かった。お前がそういうなら仕方ない」
「ああ、ありがとう。俺達でチームを組まないか?」
「チーム?」
「そうだ。3人で組んで骸骨を倒そう!」
田中はオーバーなリアクションを取りながら提案してきた。
こいつ…胡散臭い…
俺が嫌いなタイプだ…
「まあ、人数は多い方がいいからな」
俺と菊池は同意した。こうして俺達はチームを組むことにしたのだった。
俺はズボンの裾を破って、短刀の上から優しく包み込んで結んだ。痛みは消えない。でもこの痛みは俺がまだ生きているという実感を与えてくれる。
そうして、遠くの方から金属音が響いてきた。どうやら骸骨は向こうから来てくれるらしい。
やれやれ、まだ俺達は自己紹介もろくにできていないというのに…