1話 異世界転生
気づけばずっと天井の染みを見つめていた。もう昼の2時だ。俺は起き上がろうとしたが、体が拒絶した。だから仕方なくまた寝返りをうって、今度は近くにあったリモコンでテレビをつけた。
お昼の番組は彼女とおすすめのデートスポットの紹介だった。舌が溶けてしまいそうな程の甘いパンケーキを口に運んでおり、俺は思わず涎がでた。そうだ、腹が減った。俺は起き上がり湯を沸かしてカップ麺を取り出した。
俺…乾尊は気づけばもう33歳になっていた。独り身の俺には結婚相手もいなし、勿論彼女もいない。でもそれが普通になってしまっている。俺の市場価値はどんどん年を追うごとに低くなっていき、もうすぐどん底に落ちるだろう。
そうして、ついには仕事もやめてしまった。些細な事だ。だた単に上司と合わなかったのだ。合わない人間とずっといるとストレスはたまる。生きた心地がしなかった。
ずーっと酸素が薄い場所で暮らしているようなそんな感覚に囚われていた。
湯が沸きカップ麺に注いだ。そうして3分待って胃に運ぶ。そうして、ふと思うのだった。
今は俺は何のために食べている?食べたいから?そんな意味もない自問自答を繰り返す。別に自殺願望があるわけじゃない。
玄関でチャイムが鳴った。インターホンを確認すると宅急便だった。多分昨日頼んだアマゾンでも届いたのだろう。俺が玄関の扉を開けると宅急便の男が立っていた。
「ここにサインをお願いします。」
男はそう言って笑って俺にボールペンを渡した。俺はペンを受け取り名前を書く。
乾まで書き終えた時だった。男はどこからか拳銃を取り出し俺の脳みそ目掛けて発砲した。俺は声を出す暇もなく撃たれた。パーンっという音がマンションのフロアに響き渡り俺は倒れ込む。その瞬間、俺は思った。まさかこの日本で銃で撃たれて死ぬなんて…
まあ、別にそういうのも悪くないのかもしれない。その思いを最後に次第に視界は暗くなっていった。
気が付くと俺は暗いホールのような場所にいた。天井からは微かな光が差し込んでいた。俺は椅子に座らされ、手を後ろにして縄で縛られていた。身動きできないくらい固く結ばれている。
そうして、俺の他にも同じ状況の者がおり皆、体を揺すり何とか縄を解こうとする音が聞こえてくる。
「ここは!? 一体ここはどこだ!?」
一人の男が叫び始める。皆がそれに呼応したかのように騒ぎ始める。
『おいおい… そんなの絶対無駄だろう…』
と俺は心の中でつぶやいた。
すると、一人の灰色のローブを着た男が入ってきた。カツカツカツと男の歩く音が響き渡り次第に周りは静まりかえっていく。
男は天井から差し込む光の中心に立ちフードを取った。男は鋭く尖った耳をしており、目つきが悪く人相の悪い顔をしていた。肌は焦げた茶色をしており、背筋はピンと張っている。
ダークエルフだ… 俺はそう思った。
ゲームや漫画でよく見るダークエルフのような見た目なのだ。
ここはもしかしたら異世界か?俺はここに来る前宅急便の男に銃で殺されたのをはっきり覚えている。という事はこれは異世界転生って奴のだろうか?
だとするとここにいる奴らもみんな向こうで死んでここに転生させられたのだろうか?いや違うか?転生というよりどちらかというと召喚されたに近いのかもしれない。
多分死んで、ここで復活させられた…?ここから見ると、現代の服装を皆している。
「ここはどこだ!?」
今度は別の男が叫んだ。
「お前が気にする必要はない…」
ダークエルフは冷たく言放った。冷たい目だ。まるで俺達を虫でも見るような目で見てくるのだ。
嫌な目だなと俺は思った。
「はあ!? お前…こんな事してただで済むと思ってるのか!? これは立派な監禁だぞ!?」
「そうだ! そうだ!」
周囲を巻き込み騒ぎは次第に大きくなり声は大きくなる。これが集団心理なのだろう。
「黙れ!!」
ダークエルフは静かに怒りを示した。そうして、じっと騒ぎ始めた男を見つめた。
「何言ってんだお前!! いい加減にしr…」
ダークエルフ静かに男に手をかざすと男は宙に浮いていく。5m程の高さに達し男は苦しそうに体を動かしている。しかし、男の体は次第に膨れ上がりそうして男は爆発した。
俺は人が爆発するのを初めてみた。本当に木端微塵だった…
皆がその様子を見て固唾をのむ。俺も唾を飲み込んだ。今の状況を頭が理解したのだ。
「さて…静かになったな」
ダークエルフは静かにローブに付いた肉片を右手で払い除け、続けた。
「ここはお前達がいた世界とは別の世界だ。お前達をこれから魔素区域に飛ばす… お前達のミッションはある物を持って帰ってくる事だ」
「どうして俺達が行かされる?」
一人の男が端的に尋ねた。綺麗な整った顔をしていた。顔のせいか声も落ち着いて聞こえる。イケメンかよ。さっさと木端微塵になれと俺は心の中で叫んだ。
「答える必要はない…が特別に教えてやろう。そこに私達は入れないからだ。魔素の影響でな…そのため魔素にほとんど影響がないお前達を召喚した。それだけの話だ…」
ダークエルフはどこからか剣を取り出した。大きな剣だ。多分成人男性くらいの大きさの大剣だった。
「これは神具…神話の時代に作られた武器だ。お前たちはこれを手に入れ帰還すればいい」
「どうやって帰ればいい?」
「ワープゲートをこちらから作成する。こいつを…手に入れた後の話だがな」
「手ぶらで行かされるのか?」
ダークエルフはにやりと笑い顎を掻いた。
「生憎、武器に転送はキャパオーバーでね。現地調達だ」
そう言ってダークエルフは首筋を二回タップし、ウインクした。
「さあ、時間だ…」
後方から何か声が聞こえた。呪文を唱えるような声だ。俺は急いで振り返るとそこには白いローブを被ったエルフ達が俺達を囲うように何かを詠唱していた。
俺の体はまるで折り紙を折るかのように畳まれ圧縮していった。そうして転送されたのだった。