蒟蒻メンタル
「あなたのメンタルは豆腐よ! それも絹豆腐。せめて木綿豆腐くらいにはなりなさい!」
夏の全国女子高校野球選手権大会の県予選1回戦の後、野村先生から叱咤された。
私は秩父女子高校野球部に属する1年生の投手だ。5対1でリードしている局面で、経験を積むため、初のマウンドに送られた。結果は4連続四球。緊張してストライクが入らない。
野村先生は私を降板させた。当然の処置だと思う。チームはからくも勝利したが、来年のエースと期待されていた私の評価は著しく下がった。
「練習ではいい球を投げられるのに、試合ではだめだった。これはメンタルが弱い証拠よ。三浦の課題は精神面。あなたの心を鍛えるために、特別コーチを招聘したわ」
1回戦の翌日、野村先生は私にそう告げて、奇妙なコーチを紹介してくれた。
「蒟蒻先生だよーん。ボクがきみのメンタルを柔軟かつ強靭に鍛えてあげるよーん」
四角い蒟蒻みたいな顔をして、うちの野球部のユニフォームを着た人が私の前に立っていた。
いや、これは人で良いのか? 仮面をかぶっているわけではない。頭部が蒟蒻の人型の生き物なのだ。怪異か? 怪異なのか、と私は思った。
「では練習をするよーん。きみのハートに蒟蒻魂を叩き込むよーん。ボクが歌って踊るから、真似してねー」
「歌って踊るんですか?」
「そうだよーん。コンニャク音頭、始めるよー」
蒟蒻先生が歌って踊り始めた。
「コンニャク、コンニャク、やわらかいー。
コンニャク、コンニャク、腰があるー。
つぶれそうで、つぶれないー。
ああー、コンニャクおいしいよー」
くねくねと踊る蒟蒻先生。その声は意外と高くて美しかったが、私はついていけなかった。
「あの、私は野球の練習がしたいのですが……」
蒟蒻先生は聞く耳を持たなかった。
「コンニャク、コンニャク、まけないよー。
コンニャク、コンニャク、しんじようー。
びよーんと、のびるんだー。
ああー、コンニャク食べたいなー」
蒟蒻先生は歌いつづける。
仕方なく、私も意味不明な歌をうたい、踊った。2時間ぶっつづけで。心と体がバテバテになった。
「蒟蒻先生、この練習になにか意味はあるのですか?」
「心に蒟蒻魂を叩き込むための重要な練習だよーん」
「蒟蒻魂とはなんですか?」
「豆腐を地面に落としたら、どうなるかなー」
「つぶれます」
「では、蒟蒻を地面に落としたら、どうなるかなー」
私は少し想像してから答えた。
「くにゃって一瞬変形するくらいで、つぶれないと思います」
「そうだよーん。それこそが蒟蒻魂なのよーん。きみはボクの指導で、蒟蒻魂を手に入れるのさー。豆腐メンタルを蒟蒻メンタルに変える。それこそが野村先生から託されたボクの使命だよーん」
私はさらに1時間もコンニャク音頭を踊らされた。
「今日はここまでだよーん。寝る前に蒟蒻はつぶれない、蒟蒻はくじけない、と10回唱えてねー」と蒟蒻先生は言った。
今日は? 明日もこれやるんですか?
私はすでにくじけそうになっていた。
「三浦、蒟蒻先生はこの道20年のベテランなのよ。信じて従いなさい!」と野村先生が言った。
この道って、どの道なんだろう?
「蒟蒻道だよーん」
蒟蒻先生はテレパスなのか?
「はい、従います!」と私はやけくそになって答えた。
「夕食はこれを食べるんだよーん。おでん味の蒟蒻だよーん」
蒟蒻先生は私に蒟蒻が入ったビニール袋とレシピを渡してくれた。
こうして、私は蒟蒻道に入ったのだった。
蒟蒻はべらぼうに美味しく、私はむさぼるように食べた。
レシピは勉強机の引き出しにしまい、大切に保管した。
私は毎日コンニャク音頭を歌い、踊った。結果から言うと、その訓練は私の脳を劇的に変えた。
2回戦で私はまたリリーフとして登板した。最初の打者を四球で出塁させてしまったが、心の中でコンニャク音頭を歌っている私に動揺はなかった。
その後、速球とスライダーを低めにバシバシ決めて、3者連続三振。私は信頼を取り戻したのだ。
「よくやった、三浦」
野村先生は私を褒めてくれた。
「すべて蒟蒻先生のおかげです。あの方の指導のおかげで、私は蒟蒻メンタルを手に入れることができたんです」
「豆腐メンタルが蒟蒻メンタルになったのは素晴らしいが、蒟蒻先生って、誰のことだ?」
野村先生がきょとんとしているので、私は戸惑った。彼女が私に蒟蒻先生を紹介してくれたのに、どういうことだろう?
私は家に帰り、いつものように蒟蒻をむさぼり食いながら、「蒟蒻先生」とスマホで検索した。
「蒟蒻先生はネットロアの一種で、新種の怪異である。心の弱い人間に蒟蒻メンタルと呼ばれる柔軟で強靭な精神を与えるが、それは蒟蒻を毎日大量に摂取しなければ、維持することができない。蒟蒻先生は狙いの人間に蒟蒻メンタルを叩き込むと、周囲の人間の記憶を奪って姿を消す」
私は仰天した。蒟蒻先生はネット時代の都市伝説だったのだ。私は豆腐メンタルだったから、怪異の標的となったのだろう。野村先生の精神は、蒟蒻先生に操られていたのかもしれない。
その後のことを簡潔に記そうと思う。
私は毎日大量に蒟蒻を食べつづけた。蒟蒻メンタルを得て、秩父女子高校野球部のエースとなり、高校在学中に全国大会に3回出場した。
高校3年の夏、全国大会準決勝で勝利したが、その夜、突如として私を強烈な食べ飽きが襲った。蒟蒻を見ると吐き気がし、食べることができなかった。
決勝戦のマウンド。私のメンタルは豆腐に戻っていた。ストライクが入らず、四球を連発して、早々に降板した。
その試合の詳細は記憶に残っていない。ベンチでチームが大敗するところを呆然と眺めていたことだけを覚えている。