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第八話 坊主の落書き

 ダンジョンに潜ってみたものの、僧正には会えなかった。危険な魔物にも遭遇しない。ダンジョンは札幌市の地下全域に拡がっているので無理もない話である。会いたい時に会えないのがダンジョンともいえる。


 給湯室で茶を淹れていると、復帰してきた野山羊と会った。会社の書庫で寝ている犬井に対する視線は冷たい。野山羊から話し掛けてきそうにもないので、犬井から声を掛ける。


「新しいチームと上手くいっている?」

 野山羊はつんとした顔で返す。

「おかげさまで、誰かと違って忙しい限りです。四人とも良い方ですよ。働き者で」


 働かないで給与を貰っていると思われている犬井に対して野山羊は容赦がない。以前に野山羊と一緒だったメンバーは結局、第三共済会を退院後に退職した。第三共済会送りになっていなかった四人が復帰したので、そこに野山羊が合流しているのが現状だ。


「求人って上手くいっているのかな?」

「面接には何人かきているようですけど、社長が落としているようです」


 会社の収益は探索者の数と質に比例する。数だけいれば良いというものではないが、数がいないと稼げない。質にある程度、拘るのはわかる。安易に探索者になった者を採用すれば短期的には収益が上がっても、すぐに故障して辞めていく。それでも良いと探索者を使い捨てる会社もあるのだが、兎田の経営方針は違う。


 会社の規模が大きければ高給取りのベテランに新人を付けて教育できる。現在の会社の規模では新人育成は二人が限界。野山羊がいるなら、新人はあと一人として、残りは中堅どころが三名はほしい。それとなく、重要な情報を尋ねる。


「僧正について何か情報があった?」

 野山羊は不機嫌に返してくる。

「僧正に勝つのは私の問題です。会社で寝ている犬井さんには関係ありません」


 俺も僧正と因縁があり、俺が倒したいとは教えられない。働かないおじさんが僧正を倒すと息巻いても笑い話としてしかとられない。


「冷たいなー、もっとおじさんに優しくしてよ」

「働かない人に振りまく愛想はありません」


 はっきりしている子だなと思う。ちょっと真面目過ぎる気もするが、裏表がある人間よりは良い。探索者で成功するには人間性が大事。卑屈な人間や小狡い奴はいずれ消えていく。


「なんか、面白い話とかある? あったら教えて、おじさん時間だけはあるから調べるよ」

「寝ながらじゃ無理ですよ」


「勤務時間が終わってから調べるよ。探索者がよく来るスナックとかで話題にしたいんだ。面白い話があるとホステスさんと盛り上がれるんだ」


 野山羊が口を尖らせて言い返す。

「犬井さんが誰と飲もうと自由ですが、私をネタ元にしないでください」


「探索者が来る店のホステスさんとの会話って馬鹿にならないよ。盛り上がれば、他の探索者が知っていた情報を教えてくれる。ちょっとした情報交換だよ」


 野山羊は面白くなさそうな顔をしたが教えてくれた。

「地下一層は落ち着いています。地下二層に出る怨霊坊主が問題になっています」


 怨霊坊主は僧正より格下の魔物だが厄介である。銃や剣が効かず霊能力を使ってくる。また、単体で出現する状況はなく、他の魔物に指示を出す指揮官的な動きをする。探索者チームと魔物群の相性によっては指揮が勝敗を分ける場面もあり、要注意な魔物だ。ただ、地下二層では怨霊坊主は普通は出ない。


「それって問題なの?」とわざと素人ぶって質問する。

「怨霊坊主ですが、逃げるんです。それも一度や二度ではなく頻繁に逃げる怨霊坊主が目撃されています」


 おや? と思う。逃げる魔物は珍しい。魔獣系では時々あるが怨霊系は普通、逃げない。遭えば勝つか負けるかまで戦う。不思議な対応だ。

「罠のある場所に探索者を誘導しようとしているとか?」


 怨霊坊主は知性があるので、待ち伏せやトラップと連携をする策を講じてくる。誘い込みの一種かと思った。

「いえ、本当に逃げるんです。手下を殿(しんがり)にされた場合はまず追いつけません」


 妙な話だな。本当に逃げるんだ。でも、なぜだ。探索者を恐れる魔物はあまりいない。ましてや亡者系なら皆無だ。もっと上位の魔物が怨霊坊主に『探索者に会ったら逃げろ』と命令しているなら有り得る。僧正が絡んでいるのだろうか? 僧正クラスが司令を出しているなら怨霊坊主は従うが、本当にそうなんだろうか?


 ダンジョンの守り人としては調べるに限る。何かよくない事象の前触れかもしれない。

「ちなみに、野山羊さんたちは地下二層に行っているの?」


「いいえ、一チームしかない私たちが戦えなくなると困るので地下一層で地道に稼いでいます。新しい人が来たら変わるでしょうけど」


 可愛い後輩のために危険な芽は摘んでおこう。それがダンジョンの守り人たる俺の役目だ。アバタール投影法を使い、アバタールとなり地下二層に降りる。地下二層も地下一層も人間の目では変わって見えないが、アバタールであれば違って感じられた。


 ダンジョンには言いしれない力が漂っている。魔力とも精神エネルギーともいえる力だ。一部の学者はフィロソフィー粒子と呼ぶ。フィロソフィー粒子の濃度が地下二層は一層よりわずかに濃い。アバタールの体はダンジョンの力に反応するので気分が良かった。


 同時に危険にも感じる。アバタールの体はダンジョンの深層に行けば行くほど心地よくなるなら、深い場所にいけば戻りたくなくなるのではないとの疑念を持った。気が付けばダンジョンの住人になっていたでは笑えない。


 通路を適当に進んで行く。逃げる怨霊坊主が頻繁に目撃されているのならどこかで遭遇するはずだと楽観的だった。数時間が経過する。探索者や弱いモンスターを見かけるが怨霊坊主は見つからない。こんな日もあると帰ろうとすると、通路の先に魔物の気配を感じた。


 魔物が放つ気から弱い魔物ではない状況が窺えた。そっと進んで行く。赤犬の六頭を連れた怨霊坊主がいた。怨霊坊主はボロボロの袈裟を着ており、禿げあがった頭に、生気のない顔をしている。


 距離があるせいか怨霊坊主は犬井に気付かない。いきなり襲わずに、まずは観察する。怨霊坊主は辺りを気にしていた。怨霊坊主は袖から筆を取り出した。なんの変哲もない壁に何かを書き始めた。不思議な行動だった。


 怨霊坊主の感知できる範囲は僧正より狭い。どこまで近づけるかわからないが、何をしているか確認したかったので近づく。怨霊坊主がビクッとなった。まだ、感知されるには距離はあるが気付かれた。怨霊坊主は袖から灰のような物を出して慌てて壁にかける。文字を消した。


 作業跡を消された。かくなる上は怨霊坊主を捕まえるしかない。体を飛ばすと赤犬が突進してくる。赤犬には犬井を感知できる距離ではない。怨霊坊主が時間稼ぎに突進させただけだ。


 赤犬の二頭を蹴り飛ばして、怨霊坊主を追う。ぐんぐん距離が詰まる。あと一息というところで怨霊坊主が通路の角を曲がった。


 捕まえられると思って犬井も角を曲がると、怨霊坊主の姿がない。霊能力で隠れたのかと思い、目に力を入れて見るが見つけられない。馬鹿な、どこへ逃げた。逃げる場所も隠れる場所もないはず。そうしていると残りの赤犬が追ってくる。


 赤犬を軽く拳で殴って倒す。赤犬が碑文石に変わった。魔物は全ていなくなり通路がシーンとなる。怨霊坊主を逃した。戻って灰を掛けられた壁を見る。


 かろうじて『夢』の文字が微かに見えたが、文字はそのまま薄くなり消えた。怨霊坊主は何かをしていた。誰かがダンジョンで何かをしようとしている。

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