第五話 探索者の事情
会社を出て街を歩く。ダンジョンがある藻岩山付近は開発が進んでいた。ダンジョン探索をする会社、警備会社、装備を売る会社が集まっている。ダンジョンができる前は霊園と展望台しか目ぼしいものがなかったがすっかり様変わりだ。
気になったのが街の変化だ。中華料理屋とロシア料理屋が増えていた。前は洒落たフレンチやイタリアンの店が多かったが、変わっていた。中国語が聞こえ、いかついロシア人が歩くのを見た。
「札幌ってこんな街だっけ?」と疑問に思う。五年は短いようで長い。状況が変化するには充分な時間だ。探索者専門の職安を除くと、やはり日本人に混じって中国人やロシア人がいる。職員とは日本語で話しているのがちょっと驚きだった。
職は決まったが気になったので求人情報を端末で検索する。社名と経営者から中国系やロシア系の会社が何社も求人を出していると知った。また、求人の数も多い。
五年前、探索者は数がいたが、危険な割にそれほど儲からない現状が知れ渡り、求人数は減少傾向にあった。だが、現状では五年前より多くの求人が出ている。
「求人が多いからといって、探索者が多いとは限らないからな。でも今は儲かるんだろうか?」
給与を確認すると高卒の新人でもかなり割がよい。金額だけなら大学を出て役所に入った人間の二倍とはいかないが、近い金額もらえる。それなのに、求人数が多いのは、やはりなり手がいないのだろうか?
探索者組合のサイトを覗くと組合加入者数は微増していた。探索者の全員が組合に入っているわけではないが増えていた。サイトを見ていると前にはない違いに気が付いた。
五年前、札幌の探索者組合は日本探索者組合の一つしかなかった。だが、いまは札幌には二つの組合が増えている。劉財団探索者組合とロマノフ探索者組合だ。
「外国の探索者組合だって? しかも、中国系とロシア系だな」
北海道に中国系とロシア系の探索者組合が進出してきている。五年前まで考えられない状況だった。ダンジョンはどういうわけか日本にしか出現しない。日本はダンジョンを他国に解放せず、独自に探索していた。
五年前はアメリカからの支援名目の調査すら拒否していたので、第二の鎖国とマスコミに揶揄されていた。どうやら、寝ている間に日本を取り巻く環境も大きく変わったようだ。
ダンジョンへの入口を調べると、ダンジョンの入口は変わらず四か所。北の茨戸霊園前、東の森林公園の脇、西の定山渓、南の藻岩山だ。北大の敷地内にも入口はあるが、こちらは街中なので魔物が地上に出ると危険との理由で閉鎖されている。
月曜日まではゆっくり休んでから出社する。受付の男性に挨拶をする。
「今日からお世話になります。犬井勝三です。よろしくお願いします」
受付の若い男性は礼儀正しく挨拶を返す。
「竜田龍之介です。よろしくお願いします。こちらが身分証です。部屋の入退室の鍵も兼ねているのでなくさないでくださいね」
竜田が受付横の箱型機械に目をやる。
「事務職はあの機械で勤怠管理をしているので、朝来たらカードを通すのをお忘れなく」
さっそく、機械にカードを通して出勤を記録する。書庫の場所はわかっている。書庫は三階の会議室の横にある。カードで扉を開けた。広さは二十畳ほど、窓はあるが、黒いフィルムが貼られているので、陽当たりはよくない。空調はあるので黴臭くはないが、なんとも陰気な部屋だ。
「光が遮られるのはいいな。アバタールの体に光は悪い」
窓際に古い事務机とデスクトップパソコンがある。あとは、真新しいソファーが一つあった。ソファーに横になると高級なソファーなのか首や腰に負担がかからない。
他には書棚と壁面書庫があって七割が埋まっている。
「ここが俺の新しい職場か、働かない人間にはうってつけの場所だな」
天井を見ると防犯カメラとも監視カメラともつかないカメラが廻っていた。書類の持ち出しを警戒するものであろうが、犬井が部屋にいないとわかる仕組みでもある。
「部屋にいないと、仕事していないとみなされて解雇かな。社長は俺を快く思っていないから、そこだけは注意だな」
パソコンは使えたのでメールの設定だけをしておく。ロッカーがないので鞄は机の鍵のかかる抽斗に入れておく。一応、何の書類があるか確認しておく。台帳の類はないし、タグを使って機械で入出庫を管理しているわけでもない。
犬井の仕事は本当に何もなさそうだった。あえてするなら掃除だが、書類保管庫のわりに綺麗に清掃されているので、掃除すらやることがない。
出社一時間ですることがなくなった。探索者用の時計をする。探索者用の時計には脈拍をチェックする機能があるので、これをしていれば死んでいると勘違いされる状況にはならない。
寝ていても良いと兎田に言われているので横になる。アバタール投影法を使うと問題なくできた。ビルの壁やドアはすり抜けられるので外に出る。やはり、日差しを浴びると眩しく感じて、体がちりちりと焦げるように感じる。
高速でダンジョンに飛んでいく。会社からダンジョンまでは近いので一分とかからない。前回同様に、詰所の横をスルーして扉を潜る。扉を潜ればもう陽に当たらないので苦しいことはない。地下一層に降りる。
ダンジョンに降りると気分が良くなった。アバタールがダンジョンに馴染んできていると感じた。深呼吸をしてみると、体に力が取り込まれる。アバタールは地上よりダンジョンで活動するのに向いている。
犬井は一階のモンスターを掃除するつもりだった。いくらなんでも、デビル・ベアみたいなのがゴロゴロしていれば、新人では死体の山ができる。探すが、モンスターはいないかった。
入口付近なので、探索者が良く通る。モンスターと遭遇すれば倒して進むので当然ともいえる。ダンジョンを進んで行くと、今までに気付かないものに気が付いた。人間の目では見えなかった印がダンジョンにはあった。
何か魔術的なものかと観察するが、どうも違うらしい。印章や紋章ではなく数字に見える。市街地の電柱にある番地を書いた札に似ている。ダンジョンは誰がいつ作ったのかは現代でも謎だった。だが、管理者がいるのではないかと昔から噂されていた。
「管理者がいるなら座標を作って地図を作っている可能性がある。もしかして、この人間の目に見えない札が管理座標なのか」
写真に撮るないしは、紙に書いて記録をとれば法則性がわかるかもしれない。だが、アバタールの体では携帯は触れないし、紙もペンも持てない。全部記憶できれば問題ないがそこまで犬井は頭が良くない。
気にしながら奥に進む。銃声が聞こえる。駆けつけて見れば、探索者がモンスターを始末した後だった。探索者たちは碑文石を回収して先に進んで行く。気になったので後をついて行く。
赤犬が前後から現れて探索者を挟み撃ちにするが、探索者は冷静に対処して被害をゼロで切り抜けた。危なかしい戦いはしていない。新人ではない中堅クラスの腕前だ。
この探索者たちは放っておいても帰ってきそうなので問題なかった。ただ、疑問もある。探索者たちの腕ならもっと下の階を探索できそうなものだ。なぜ、もっと下にいって稼がないのだろう。アバタールの声は聞こえないので質問はできない。
とりあえず、安全だと思ったので中堅探索者と別れて奥へ奥へと進む。奥に進むと弱い人型の魔物がいた。弱い魔物は見た目でわかった。また、魔物が放つ圧が小さい。弱い魔物は犬井が触れそうになるくらい近づいても気付かない。
雑魚は一捻りで倒せそうだが、相手にしない。雑魚の魔物でも碑文石を落とす。碑文石が回収できないと探索者の収入にならない。あまり弱い魔物を狩ると探索者の収入が減る。
犬井が倒さなければならないのは探索者が全滅する危険がある強い魔物だ。だが、地下一層では強い魔物に遭う展開はなかった。もう一層下に降りようかと思うと、激しい戦闘音と悲鳴が聞こえた。誰かが助けを必要としている。犬井は助けに向かった。