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第三十一話 展望

 感じられる力の波動から今いるこの境内のような場所がダンジョン内だとわかる。蛇目を見るが、いつもの恰好だった。ダンジョン内に来るには、地下一層だとしても軽装過ぎる。地上で捕まって連れてこられたような恰好だ。


 だが、妙でもある。仮に僧正が特殊な方法を使い地上とダンジョンを行き来できる魔物だとする。蛇目は対策チームの人間であり、地上には探索者が大勢いる。いくら、僧正が強くなったとはいえ、誰にも見つからずに誘拐できるとは思えない。


 僧正が犬井に気が付いた。蛇目がふわりと浮かび離れた場所に置かれる。僧正は戦う気だ。僧正相手に後手に回っては不利だ。高速移動で距離を詰めて殴りかかる。僧正は円を描くような綺麗な動きで犬井の攻撃を捌いた。


 反応速度を上げる。緩急をつけて攻撃を繰り出すが僧正の防御は崩れない。体を柔らかくする、脚を槍状にして蹴りを繰り出す。これも僧正は冷静に防ぐ。僧正は犬井の攻撃をかわしながら、キリキリと音をあげる。呪文を唱え始めた。どんな力を行使するかわからないが、使われてはまずい。


 犬井は身体から光る粉を大量に噴出させた。僧正が危険を悟って距離を空けようとした。一気に光る粉を爆発させる。爆発に僧正は巻き込まれた。だが、回避行動を取っていたので威力は半減していた。それでも、視界は途切れたので、大きく踏み込んで顔を殴りにいった。


僧正が首から上を大きく曲げる。人間には不可能な姿勢で回避された。僧正の呪文が完成した。犬井の体が燃え上がった。熱さと激痛が襲う。犬井は堪らず、地面を転がったが、火は消えない。このままで焼け死ぬ。犬井は身体から光る粉を放ち自分の体を爆発させて火を消し飛ばした。


 火は消えたが、僧正の姿を見失った。突き刺さるような痛みを腹部に感じる。真黒な呪槍が深々と刺さっていた。槍はアバタールから命の力を吸い取っていく。このままでは死ぬと思ったので力任せに槍を引き抜いた。


 視界に僧正が見えたので僧正に呪槍を投げるが、力が入らない。僧正は投げつけられた呪槍をひょいと避けた。アバタールの体を保つのが辛くなった。あと、一撃を受ければ終わりだ。だが、体が思うように動かない。


 僧正が落ちた呪槍を拾い上げて近づいて来る。止めの一撃を入れようとしていた。犬井は賭けに出た。僧正を引き付ける。体を粒子にして僧正に向かって放射する。犬井が使える最速最強の技。


 気が付いた時には体は煙状になっていた。攻撃が決まったが、人型にアバタールを再構成するだけの力は残っていない。ここで僧正に一撃を入れられたら終わりだ。


 僧正を探すと僧正は倒れていた。犬井の攻撃により一撃で僧正の致命傷までもっていけた。危なかったが勝ったと思った。だが、僧正は碑文石に変わらなかった。僧正の体から蚊の集合体のような(もや)が飛び出し、蛇目に向かっていく。止めたいが、煙状の体はのろのろとしか動かない。


 集合体は蛇目の体に入った。嫌な予感しかしない。僧正を倒しきれなかった。

「蛇目の体を使って再生するつもりか。このままではまずい」


 視界を急いで巡らすと、薄くなっていたが門が残っていた。

「逃げるか? 戦うか?」


 犬井は数秒迷ったが撤退を決めた。寺が僧正の本拠地なら手下がいる。ここで襲われたら終わり。それに、蛇目と一体になった僧正にはまだ余力がある。こちらは死亡まであと一歩だ。門の向こうが先と同じ暗闇の世界なら、追ってこられても隠れれば逃げ切れる。闇の世界なら体の回復を待てる。僧正との戦いは敗北だが、生きていれば再戦はできる。


 犬井は門を潜った。出た先は闇の世界ではなかった。大仏殿だった。僧正に追ってこられるとやられるので、ふらふらになりながら地上を目指す。力を大分失ったので、陽の光を浴びても死ぬかもしれない。


 だが、外は薄明るいが陽は沈んでいた。助かったと思い会社に急ぎ帰り、体に戻る。急激な疲労感に襲われた。そのまま意識が切れて眠る。


「朝ですよ。起きてください」

 犬井を呼ぶ声に目を開けると、野山羊が立っていた。野山羊の顔には不満がありありと出ていた。時計を確認すると、午前九時。十二時間以上寝ていたが、体感では一瞬だった。体がまだ辛いが起きられないほどではない。


 犬井がソファーの背もたれに体を起こすと、野山羊が呆れる。

「働きもしないで、本当によくそんなに寝れますね」


 結構な活躍をして、ハードな戦いをしてきたが、野山羊から見れば一日以上、ソファーでだらだら寝ていた経緯になっている。


「歳かな」と笑って誤魔化しておく。本心では少しは労わってほしいが、活躍は秘密なので言えない。言っても現場を見ていない野山羊には『痛いおじさん』と思われるのが落ちなので黙っておく。

「朝食は机の上においておきますよ。夜のお弁当は悪くなっているので下げます」


 夕食を食べていなかったので空腹を感じた。腹が空いているのなら体は大丈夫なのだろうと結論づける。野山羊が帰ろうとしたので確認する。


「戒厳令はどうなったの?」

「今日の十三時をもって解除です。待機命令は十五時で終わりです」


 バフォメットの脅威はなくなった。上層部は事件が解決したと安堵しているのなら心配だ。僧正はまだ生きている。放っておけばまた危機が引き起こされる。状況をひっくり返される可能性もある。


 また、蛇目がどうなったのかも心配である。焦ってもどうにもならないとりあえず、食事を摂り十五時まで休息を取る。できるだけ体調をを回復させておかないとろくに働けない。


 朝食の弁当を食べ終わると、メールが蛇目から送られてきた。

『事態は理解している。重要な話をしたいので十九時にダンジョン研究棟に来てほしい』とあった。


 蛇目の中には僧正がいるかもしれないので、罠かもしれない。だが、確証は持てない。確認するためにも行くしかない。


 まだ時間があると思ったので。昼の弁当の支給がないので、下の中華屋に食事をしにいく。戒厳令が解けたすぐあとなので客は少ない。


 テレビではニュースがやっており、札幌市のダンジョンについて特集がやっていた。市民の声をリポーターが聞いていた。


 市民はまた毒ガスが発生するのではないかと不安だったが、専門家は今後十年以内に毒ガスは発生する確率はかなり低いとコメントしていた。説明用のフリップを使ってもっともらしく説明している。


 バフォメットについては全く触れてはいない。情報統制だが、メディアに文句を言う気はない。バフォメット級の化物がいつ出るかなんてわからない。そうそう現れても困る。いつかは真実が公開される日が来るだろうが、それまで騒ぐ必要性は感じなかった。


 昼食後にひと眠りすると、スマホのアラームで目を覚ました。気が付けば十八時、出掛ける時間だ。疲れているせいか時間が消えるようになくなっていく。


 タクシーを拾ってダンジョン研究棟に行った。ダンジョン研究棟の窓から灯がいくつも漏れている。まだ仕事が残っている人間が多くいる証拠だ。


「専門家も夜遅くまで大変だな。残業ご苦労様だ」

 事務員もまだ残っていたので、共通応接室に案内してもらう。


「遅くまで大変ですね」と声を掛けると、事務の男性員は肩をすくめる。

「ダンジョン研究棟の職員の我々は二十四時まで待機です。終電もないのでタクシーですよ」


 何かあったら困るからの措置だな。ダンジョンを持つ街ならでは苦労だ。

 蛇目が今日は時間通りにやってきた。

「蛇目さん、お話したいことがあります。事件はまだ終わっていません。僧正がまだ生きています」


 蛇目は素っ気ない態度でサラリと返す。

「知っている。なにせ、私が僧正だったのだからな」

 悪い冗談を言っているのかと思った。だが、蛇目は一切取り繕っているようにはみえなかった。

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