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第二十九話 全滅の真相

 翌日、会社を定時に上がる。犬井はこっそり会社から銃を持ち出した。オカマバーのママが素人とは限らない。戦いになった場合は力負けする可能性があるので用心のためだ。犬井の外見は三十だが、肉体は七十代。格闘になったら負ける。


 Barしずるに直行する。開店時間の少し前ならまだ準備中だがママはいると予想した。他に店の子が出勤しているなら面倒だが、客がいる場所では秘密の話はできない。Barしずるの客は探索者の可能性がある。


 店には準備中の札が下がっていたが、店内の電気は点いていた。店のドアを開けるとママの野太い声が聞こえる。

「まだ、準備中。もう少し待ってね」


 さっと店内を見渡すが、店員も他の子もいない。問い詰めるにはチャンスだった。ママが犬井を見ると驚いて目を開く。

「犬井か?」


 どうしてオカマバーのママが犬井の名前を知っているかすぐに理解できなかった。ママの顔をじっと見る。化粧でぱっと見にわからなかったが、以前にチームを組んでいたリーダーの金子だった。犬井もびっくりだった。


「リーダー? ここで店をやっていたんですか?」

「よいこのママが田舎に帰るってきいてな、居ぬきで店を譲ってもらったんだ」


 犬井も金子も『スナックよいこ』の常連だった。金子が元気になった後でよいこのママから相談されて、店を引き継ぐのも理解できる。金子は笑顔で席を勧める。


「お前なら問題ないか、開店前だが歓迎するよ。水割りでいいか?」

「いえ、お酒は結構です。確認したいことが終わったらすぐに帰ります」


 金子は寂しげに笑う。

「なんだ付き合い悪いな。昔の仲間だろう」


 リーダーは悪い人間でも、使えない人間でもない。かつての仲間を僧正の仲間だと思いたくなかった。だが、金子もダンジョンで僧正と遭っていたのなら、僧正との繋がりは充分にあった。金子が僧正の仲間だとは思いたくなかった。


 本当はもっと搦め手から質問したかったが、はっきりと尋ねた。

「金子さん、僧正と繋がっていますね。僧正に探索者側の情報を流しているでしょう?」


 寂しげな表情で金子が犬井を見つめる。瞳には悲しみや苦悩が滲んでいた。

「なるほど、俺に会いに店を訪ねてきたわけではないと思ったが、僧正の件できたのか」

「否定しないんですか?」


「しない」とはっきり金子は言い切った。違うと答えて欲しかった。かつての仲間が裏切っていたなんて思いたくはない。蛇目にだって報告したくない。蛇目に告げ口すれば金子はただではすまない。


「なぜです? なぜそんな馬鹿な真似をしたんですか? 金ですか?」

「最後の任務の時はお前も覚えているだろう。あの時、俺たちは全滅した。だが、僧正は望みを聞いてくれるなら、助けてやると取引を持ち掛けてきた」


 全滅確実な状況で助かった真相が明らかになった。金子が皆を助けるために僧正の仲間になって助けてくれた。今こうして犬井が生きていられるのは金子のおかげだった。絶望的な状況下で皆が生き残れる策を選択したリーダーを犬井は責められなかった。


「リーダーのおかげで、無事に帰ってこられて全員が感謝しています。でも、もう僧正と付き合うのは止めてください。僧正は恐ろしい事件を画策している」


 金子は厳しい顔で尋ねてきた。

「このままでは、死人が出るか?」

「大勢、出ます。千人単位です。俺は金子さんに僧正の悪事の片棒を担いでほしくない」


 偽らざる心境だった。金子はこのままでは大罪人になる。捕まらなかったとしても、きっと大勢死人が出れば、金子は己を責める。金子は沈痛な表情で約束した。


「ここら辺が頃合いかもしれない。僧正とは縁を切って札幌を出る。だから、今は見逃してくれないか」


 僧正が金子をみすみす逃がすかわからない。また、金子が犬井を裏切る場合も考えられた。犬井は数秒迷ったが、金子を見逃すと決めた。甘いかもしれないが、昔の仲間を信じたい。


「僧正と縁を切ってくれるのなら、もう金子さんの裏切りは追及しません。街を無事に去れる状況を願います」


「ありがとう」の金子の言葉を背に受けて犬井はBarしずるを出た。数日後、再びBarしずるを訪ねると、ドアには『空室あります』の貼紙が貼ってあった。金子は約束通りに札幌を出た気がした。


 裏切り者が誰なのか真相を知ったが、蛇目に報告する気にはなれなかった。作戦決行までそれほど日数がないだろうから、僧正が新たな協力者を探しだすのは無理だろう。あとは犬井が作戦を成功させれば、金子の罪を追求する者はいない。


 ダンジョンに戻って様子を見る。探索者による紋様を描く作業は順調に行われていた。また、怨霊坊主を積極的に探したが、見つからない。情報元がなくなったので、僧正が諦めたのならいい。だが、相手が僧正だけに油断はできなかった。


 さらに、数日後、ダンジョンの地下二層に降りると、ダンジョンに流れる空気が変質していると感じた。威圧的なものを感じる。また、アバタールの調子が良い。ダンジョンでなにかが変化していた。バフォメットが近々帰って来る前兆の気がした。


 家に戻ると蛇目からメールが来ていた。用件は短く『槍が完成した』との内容だった。バフォメット討伐の準備が完了した。ここまでは予定通りだ。バフォメットが再出現しても今度は倒せる。


 だが、ダンジョンでは物事は想定通りに進まない。犬井は決戦の日を待つとすぐに決戦の日がやってきた。朝にテレビを見ると『戒厳令発令』のニュースがやっていた。


 札幌のダンジョンの地下で再び毒ガスが発生したとの報道だった。バフォメットが現れた。蛇目に会いにダンジョン研究棟に行くと蛇目は市長に呼び出されて留守だった。


 蛇目は犬井宛に一枚のメモを残していた。メモには場所が書かれていた。メモに書かれた場所は以前に大仏殿があった場所。


 消えた大仏殿がバフォメットと共に戻って来た。地下一層ならすぐ上は地上だ。失敗すれば二度目の機会はない。犬井は会社に行く。竜田が徹夜になってもいいように、毛布やレトルト食品の準備をしていた。


「犬井さん、ライセンス持ちは会社で待機です。必要な物があったら今のうちに教えてください。買いに行ってきます」


「お気遣いなく。ライセンスを持っていますが、働けない体です。竜田さんは探索者チームのサポートに徹してください。俺は待機命令が解除されるまで部屋で時間を潰していますから」


 竜田はいつものことなので文句を言わない。犬井は部屋のソファーに横たわるとアバタールとなり、ダンジョンに向かった。

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