表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

第二十八話 裏切り

 翌日、また体調が悪くなったと理由を付けて有休をとる。誰も文句は言わない。心配もされなかった。北海道大学のダンジョン研究棟に行くと、蛇目は忙しい時間を縫って会ってくれた。


「蛇目さん、バフォメット対策チームの中に裏切り者がいます」

 犬井の言葉を聞いても蛇目は驚かない。蛇目は犬井の言葉を信用していなかった。


「裏切り者はいない。バフォメット対策は緊急かつ重要な任務だ。どこの馬の骨ともわからぬ探索者は使っていない。そもそも、裏切るって、誰が誰を裏切るんだい?」

「探索者が蛇目さんを裏切るんです。僧正がこちらの作戦を知って紋様を消している」


 蛇目はどんと構えて意見を述べる。

「たまたま見つけたんだろう。紋様はいくつもある。そのうち、一つ二つが見つかって消されても作戦に支障はない」


「そんなものではないです。こちらが紋様を描いている場所をかなり正確に知っていた。情報が流れています」


「仮に僧正に情報を流して探索者はなにを得る? 僧正がキャッシュを持っているとは思えないね。碑文石で払っているなら足が付く」


 僧正が金で探索者を買収しているとはさすがに犬井も考えてはいない。僧正が碑文石を探索者に渡して探索者が換金しているのなら、裏切り者は調べればわかる。僧正もそこまで馬鹿ではあるまい。

「一応、調べてください。動きがあるのに、調べもしないで失敗すれば阿呆です」


 蛇目は渋々といった感じで了承した。

「わかった、わかった。犬井くんに心ここにあらずで、仕事をされては堪らない。裏切り者の件は調べてあげるよ」


 蛇目は調べると請け負ってくれたが、態度が怪しい。端からいないものと考えて調査したら見つかるものも見つからない。

「俺のほうでも調べたいので、紋様を描く探索者のリストを貰えますか?」


 蛇目は渋い顔をする。明らかに乗り気ではない。

「それは無理だ。探索者の情報は機密事項だ。注意しないと情報がどこから漏れるかわからない。犬井くんから作戦が外に漏れたら、私の立場がない」


 懸念するのはわかるが、こちらを信用してほしい。だが、ここで蛇目との関係を悪くすれば、肝心の本番で連携ミスを起こしかねない。バフォメットを倒すのに失敗すれば、犬井も含めて、数十人の探索者が死ぬ。どこまでやれるかわからないが、自分の足で調べるしかない。


 手間だがやりようはある。ダンジョンの入口で張り込みをする。できそうな、チームを見つけてはエレベーター・ホールまでこっそりついていく。行き先が地下二層以外ならそのまま見送り、地下二層なら尾行を開始する。


 重要な任務に就く信用できる探索者は腕が立つ人間である。できる人材は何かの事情がない限り、地下二層で仕事をしない。もっと深層で仕事をする。地下二層に向かうできる探索者たちを探せば、紋様を描くチームに遭遇する。


 アバタールであれば感覚が研ぎ澄まされているので見ただけで探索者がどのくらいの腕なのかわかった。やはり、できる探索者は地下二層より深い階に降りていく。時折、地下二層に降りていくチームがあるが、紋様を描く作業に入らない場合はまた入口に戻る。


 目当てのチームに遭えなかったが、三日、粘って当たりを引いた。相手は霊能力者を含む五人組のチームだった。魔物は探していない。ヘッドマウントディスプレイに地図を映して移動しているのか、行動に迷いがなかった。目的地点に到達すると霊能者が壁に紋様を描く。


 間違いないが、果たして五人の中に裏切り者はいるのかはまだわからない。探索者チームはダンジョン慣れしていた。ダンジョン内でもリラックスしている。五人の内、四人は他愛もない雑談をしている。ただ、一人だけ会話に積極的に加わろうとしていない探索者がいた。


 最初は一人だけ最近入ったのかと思ったが、どうもそういう感じではない。会話があまり好きではないようだ。他の四人も一人だけ仲間外れにしている感じはなく、気も使ってもいない。そういう奴だと知っている気楽さがある。


 おしゃべりな連中がどこかで情報を漏らしている可能性は薄い。おしゃべり好きでも探索者としてはプロだ。オンとオフは常に切り替える。


 気になるのは無口な男だ。以前の仲間にも同じようなタイプがいた。ダンジョン内では無口だが、外に出ると饒舌になる。ダンジョンの重圧から解放されると反動で話したくなる奴だ。


 まさか、無口な探索者がどこかでペラペラと大事な情報をしゃべっている場合はないだろうか? 気になったら調べるに限る。犬井は黙って探索者チームが帰還するのを待った。


 探索者が仕事を終えて外に出ると夜だった。探索者たちを尾行する。探索者たちは所属する会社に戻った。しばらく待つと、無口な探索者が一人で出てきてタクシーを拾う。


 タクシーの天井に乗って移動する。聞き耳を立てるがタクシー運転手との会話がない。探索者がこのまま家に帰って寝るのなら外れである。タクシーはススキノの歓楽街に向かった。タクシーから降りると、探索者は雑居ビルに向かう。場所に覚えがあった。


 オカマバーの『Barしずる』がある場所だ。探索者は『Barしずる』に入った。あとに続いてこっそり入る。探索者とバーのママは一緒に飲みだす。酒が入ると探索者は段々と饒舌になっていく。仕事の愚痴や自慢話を始めると、探索者とママは盛り上がっていく。ここまでは傍から見ていて問題なかった。


 ママが陽気な口調で探索者に尋ねる。

「今どんな仕事をしているのか興味ある。教えて、教えて」


 探索者は気心が知れたママが相手なせいか、簡単に口を割った。

「秘密なんだが、ママには特別に教えてあげるよ。極秘任務でダンジョン内に紋様を描いている」


 探索者は自慢していたが、傍からみたら嫌な予感がした。

 ママが酒を注いでさらに尋ねる。


「秘密の作戦なんてすごーい、やっぱりやり手なのね。できる男は大好き。それで、どんなところに行っているの。危ないの? やっぱり、心配だわ」


 探索者は笑って答える。完全に酔いがまわって気が大きくなっている。

「地下二層さ。俺にとっては庭みたいものだ」


 ママがそれとなく探りを入れてきた。

「でも、地下二層でも危険な場所はあるでしょう。心配だわ、具体的にはどこにいっているの」


 探索者はわざとらしく辺りに人がいない状況を見てから身を乗り出す。

「ママだけに教えちゃう、それはね――」


 あろうことか、探索者は作業していた箇所を詳細に全部白状した。犬井は頭を抱えたくなった。やはり情報は外に漏れていた。


 探索者といえど人間、愚痴りたい時もあれば、飲みたい時もある。寂しさを埋めたい気持ちにもなる。だが、これはいけない。


 それに、ママの質問もおかしい。紋様を描く任務なんて聞いていても話のネタにできない。こんな話題を普通はしない。もっとも、誰かに情報を流したくて男を誘導しているなら別だ。


 まずいね。ママが僧正と繋がっていたら、確実に利用されているね。しかも、ママの態度はどうも怪しい。僧正が客の振りしてオカマバーに来ているとは思えない。


 だが、誰かを通じてママが入手した情報を手にしていれば、怨霊坊主が場所をピンポイントでわかる説明が付く。これは、ママに探りを入れる必要があるな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ