第二十六話 謀議
会社は新たに探索者の募集をかけたが、すぐに人は入ってこない。しばらくは今いる人員で編成を考える必要がある。残っているのは、慣れた人間なので、お世話の必要はない。犬井は僧正の探索に専念すると決めた。
地下二層で謎の扉を探すと、今度はすぐに見つかった。気になったので他の扉を探すと、また見つかる。謎の扉が増えている。僧正が毒ガスを使って探索者を罠にかけようとしたために、扉を増やした。または、探索者が謎の扉の先は危険と思い回避して使わなくなった。両方の可能性もある。真相は不明だが、犬井にとっては進む以外の選択肢はない。
謎の扉を潜った。扉の先は静かだった。探索者が活動している気配がない。魔物の気配も感じない。何かが起きている。または、何かが起きる前触れに感じた。
通路を歩いて行くと、質の低い碑文石を見つけた。魔物が回収しなかった碑文石だ。碑文石は、前回、魔物が集まっていた丸部屋へと向かって落ちていた。
質の低い碑文石は魔物の狩り残しだな。魔物にあったら今度こそ撒かれずに本拠地を突き止めてやる。丸い部屋の入口が見える。用心のために隠れ見の霊能力を使ってそっと移動する。部屋の入口から中を覗くと、僧正が独りでいた。護衛の魔物はいない。
僧正と一対一で戦えるチャンスがきた。僧正がどんな悪巧みを考えていようと倒してしまえば問題ない。戦いを決意した時に部屋に変化が起きた。僧正の正面の床に黒い染みができて拡がる。染みから闇を纏った魔物が現れた。チャンスを失った。無理に戦えば返り討ちに遭う。
心の中で歯噛みしていると、二人は何やら話し出した。悪事の相談なら聞いておきたいが、二人は小声であり、距離もあるので聞こえない。しかたなく、様子を窺う。見ていて感じたが、二人は仲が良い空気ではない。僧正は時折と首を横に振っている。
どうやら、話し合いは上手くいっていない。すると、闇を纏った魔物がいきなり僧正に飛び掛かった。僧正はさっと後退して印を組む。僧正から黒い球体がいくつも飛び出すと、闇を纏った魔物がかわす。仲間割れか? 理由が全くわからないが、これはどちらかを倒す絶好の機会だ。
どちらを倒すのが正しいかわからないが、倒せるほうを倒した方が良い。どうせ、どちらも探索者に仇なす存在だ。霊能力で弓矢を作り引き絞る。隙ができた時、どちらかを射殺すつもりだった。
戦いは闇を纏った魔物がやや優勢だった。お互いに実力を隠しての戦いかもしれないが関係ない。僧正が不利なら、僧正を仕留める。殺せるときに殺しておかないと、次に勝てる保証はない。
僧正が半透明な闇の壁を作って詠唱に入った。闇を纏った魔物が力の籠った刀を形成する。闇を纏った魔物の刀が僧正を斬る。だが、刀は壁に触れると相殺されて消えた。
僧正が霊能力を放とうとして隙ができた。今だとばかりに犬井は矢を射った。矢は高速で飛んで行く。僧正の胸を狙ったが、僧正が寸前で身を捻る。矢は肩に当たった。
威力は充分、隙が大きくできた。犬井は飛び出すと、僧正に駆け寄った。手を刀状に変える。僧正の首を刎ねるつもりだった。犬井が失敗しても闇を纏った魔物の攻撃を僧正がかわせない。勝ったと、慢心した。
犬井は弾き飛ばされた。部屋の隅まで後退を余儀なくされる。犬井を飛ばしたのは闇を纏った魔物だ。てっきり、隙をついて敵対した僧正を倒すかと思ったが違った。
僧正に逃げる時間ができた。僧正はすかさず門に移動する。動きを止めようと犬井は呪縛の霊能力を行使する。だが、霊能力は闇を纏った魔物の手により打ち消された。邪魔が入った好機を僧正は逃さない。僧正は撤退した。僧正の殺害は失敗に終わった。
部屋には闇を纏った魔物と犬井だけが残される。闇を纏った魔物が邪魔をしてくるのは少々予想外だったが、こうなれば闇を纏った魔物だけでも倒すか。犬井が構えると闇を纏った魔物が手を突き出し制止する。
「おっと、今ここで君とやり合う気はない。話し合おう」
戦うかどうか迷いが生じた。警戒は解かないが、話合いに応じる決断をした。戦うのはいつでもできるが、闇を纏った魔物から情報が得られる機会はまたとない。
「なぜ、僧正と戦っていた? どうして、俺が加勢したのに僧正を倒さなかった?」
「僧正はどう思っているか知らない。僕は僧正を敵だと思っていない。妥協できるところは妥協したい。もっとも、今回は意見の相違から残念な結果になった」
答えているようで、答えていない。こちらを煙に巻く気か。
「僧正は何をしようとしている?」
「僧正はバフォメットを地上に出そうとしている。僕は人間がどうなろうと知ったことではないが、バフォメットを地上に出されるとちょいと困るんだ」
「なら、さっき倒せばよかっただろう?」
「僧正に今、倒れられても僕には都合悪い。僧正にはきたるべき未来のために研究を続けてもらわなければならない」
「僧正の研究ってなんだ。研究が進めばどうなる?」
「僧正はダンジョンの真の姿について突き止めようとしている。もし、成功すれば世界は救われる。もっとも、僧正のやり方だと大勢犠牲は出るだろう」
僧正は自然発生した魔物ではないのか? まさか、元人間でダンジョンの研究者なのか。魔物になっても人間時の行動原理に動かされている?
「僧正を止めないほうが世界のためだと?」
「何に重きを置き、どう行動するかは人の自由だ。強制はしない。君が僧正を止めたいのなら止めるとよい。僕は邪魔しない」
「今、邪魔をしただろう」
「あれは、そう、フェアじゃない。それに興が削がれる戦い方だ」
闇を纏った魔物に公平だとか、卑怯だとか、武士道だとか、騎士道だとか、言われたくはない。探索者にとっては生き残った者が勝者であり、ダンジョンでは勝てるならどんな形でも勝利である。
闇も纏った魔物は言葉を続ける。
「それにあのまま僕が何もしなかったとしても、君は僧正を倒せなかっただろう。断言できる。僧正には秘密があるんだ」
僧正が変身して強くなるとは思わないが、僧正にはまだ奥の手があるのだろうか?
「理由はなんだ? 僧正の秘密が知りたい」
「僧正の秘密は君が暴きたまえ。努力したほうが実入りは大きい。それと、次に君が僧正と戦っても僕は邪魔をしない。」
闇を纏った魔物の足元に黒い染みが再び現れる。
「あまり抽象的なアドバイスだけだと、僕が君に嫌われそうだ。だから、一つ教える。僧正を止めないと、大勢の人間が死ぬ。死んだ人間はダンジョンに連れていかれる」
闇を纏った魔物が黒い染みにゆっくりと沈んでいく。
「あともう一つ、小ネタを教えよう。中国系のニュースを見るといい」
闇を纏った魔物が黒い染みに沈む。染みが薄くなり消えた。収穫があってなさそうな日だった。僧正が今日は動かないと予想できたので、会社に帰る。
中国のニュースを検策すると、中国では今年は大旱魃が起きるとあった。また、現地では新興宗教の信徒が教祖の指示で大勢の住民を殺した事件がニュースになっていた。教祖は大きな災いを避けるために人柱が必要だった、と犯行の動機を述べている。
災いを止めるための人柱。僧正がやろうとしている計画もこれなのか、でも日本では大きな自然災害はない。それとも、大きな災害がこれから来るのか。犬井は未来に暗いものを感じた。




