第二十三話 碑文石の収集(下)
【ご報告】本作品は第一部で終了となります。最終話(第三十四話)は完成間近なのできちんと終わります。
バンシーと長鼻を倒せたのでほっとする。部屋に大きな碑文石が二つ残った。持って帰れれば、かなりの収入だが、持ち帰る術がない、もったいないと思うがどうしようもない。どんな幸運な奴が持って行くのか興味が湧いたので待つ。
探索者が逃げてきた方角から足音が聞こえてくる。靴の立てる音ではない。石と石がぶつかる音である。石の靴を履く探索者はいないので魔物の類だ。部屋の隅に移動して、姿隠しの霊能力を使い隠れた。
やって来た魔物は石でできた力士の魔物だった。力士の魔物は三体おり、最後尾に怨霊坊主がいる。階層を徘徊するには妙な組み合わせだった。
「この組み合わせは見た経験がない。また、怨霊坊主がいるのが気になる」
怨霊坊主は部屋に入ると落ちている碑文石に迷わずに向かう。怨霊坊主は持っていたズタ袋に碑文石を入れた。魔物が碑文石を拾う? これまた、初めて見る光景だった。魔物は碑文石に興味を示さないのが通例。この魔物のチームは何かが違う。
魔物のチームは碑文石を回収すると部屋を出て行く。気になったのでそっと後ろを従いて行く。分かれ道に来ると怨霊坊主が指示を出して進む道を決めていた。
「こいつらこの階層の地理を知っているな。定期的に巡回しているのか」
後ろを付いて行くと、通路に小さな碑文石が落ちていた。碑文石は点在しているが怨霊坊主は拾わない。不思議に思って尾行して行くと、部屋にいる黒い熊の魔物であるオーガ・ベアと怨霊坊主たちが遭遇した。力士の魔物が突進して三体でオーガ・ベアを押さえつける。
オーガ・ベアは力の強い魔物だが、力士の魔物が三体集まれば制圧できた。怨霊坊主が手に数珠を構えて呪文を唱えると、オーガ・ベアは黒い煙を上げて碑文石に変わった。
怨霊坊主は碑文石を回収した。
「こいつら碑文石を集めている。しかも、小さな質の低い碑文石は回収せず、質の高い碑文石のみを選別して集めている。魔物が碑文石を売るわけでもないし、なんのためだ?」
おかしな点はまだある。魔物同士で争いが起きる場合は魔物の特性によるもの。探索者のように魔物を狩って碑文石を回収する魔物は聞いた覚えがない。されど、目の前の怨霊坊主は明らかに魔物を狩っている。
更に尾行を続ける。怨霊坊主は魔物と戦うが弱い魔物を倒しても碑文石を回収しない。探索者と魔物が戦っている戦闘音が聞こえても探索者を倒すために向かったりしない。
まるで、巡回路が決まっているとでもいうように道をすたすたと歩いて行く。怨霊坊主はそのまま、広い丸部屋に出る。丸部屋の四方向に通路が延びている。部屋に入ると他の怨霊坊主や魔物がいた。怨霊坊主が六体に怨霊坊主が指揮する魔物が三十と数が多い。
幸い感知能力に優れた魔物がいないのでアバタールである犬井は気付かれていない。部屋の隅に門が現れて僧正が出現した。怨霊坊主がズタ袋の中を見せる。成果を報告していた。
「やはり事件の裏には僧正がいたか。怨霊坊主に指示を出していたとしても、なんで僧正は碑文石を集め出したんだ? 魔物が碑文石を集める意味がわからん」
僧正が碑文石を確認すると、顔を上げる。僧正が犬井を見た気がした。さすがに、三十を超える魔物と僧正を同時に相手にしたくはない。壁をすり抜けて後退した。
追って来るかとドキドキしたが辺りはしーんとしている。気になって部屋にゆっくりと戻ると部屋に魔物は一体もいなかった。気付かずに撤退したのか?
気付かれていないのなら、探ってみる価値はある。門が残っているのならまだ追える。ここで追うと魔物の巣に飛び込む可能性もあるが、迷いはなかった。
行くだけ行くか。アバタールの体なら見つかっても逃げに徹すれば逃げ切れる。
門に触れると扉が開いた。奥には通路が続いていた。進むがダンジョンの他の階と違いがない。魔物の群れもいない。おかしいと思いつつ彷徨うと見覚えのある場所に出た。
記憶を頼りに進むと、知った地形が現れる。
「ここは地下二層か? 俺は戻ってきたのか」
来た道を戻って門を探すが見当たらない。門は時間で消えるので有り得た。僧正に謀られた。僧正は地下二層に続く同じような門を設置した。その後、本命の門を使って撤退した。現場を見ていない犬井はまんまと偽門を潜って地下二層に追放された。
「やはり、気付かれていたか。僧正、侮り難しだ」
だが、気付いていたのならもっと危険な場所に続く門を設置してもよいようなものだが、あえて地下二層に犬井を送った意味がわからなかった。
「僧正は俺に何かをさせたいのか? それとも誰かに見られているとは気が付いたが、俺だとは思わなかったので地下二層に続く門で煙に巻いたのか。気になるところだ」
深く疑えればいきなり本拠地に帰らなかったとも考えられる。本拠地を発見されない策として、あえてワンクッションを置いて地下二層に出てこちらを撒いてから帰った可能性もある。どちらにしろ、逃げられた事態には変わりはない。
僧正が何か新たな行動を起こしたのはわかった。探索者の救出と並行して探らないとまたよからぬ事件が起きる。僧正は俺が止めねばなるまい。
会社に帰ると、机の上に給与明細が置いてあった。中を確認するが、給与は五年前と比べて下がっていた。がっかりだが、致し方がない。
「探索者のほうが事務職より給与は良いとは思っていたが、事務職の給与ってこんなものか。夫婦二人なら充分な額だけど、子供ができるとやりくりが大変そうだな」
資格がある竜田ならもっと貰っているのだろうなと思う。自分は働かないおじさん扱いなので文句は言えない。ただ、探索者時代の金銭感覚で生活すると生活が破綻しそうだった。
家に帰ってネットバンクから給与の振り込みを確認する。預金残高が想定より多かった。探索者組合から纏まった額の振り込みがある。額は探索者時代の月給の二倍近い。
メールをチェックすると、探索者組合から『手当を支給しました』との件名で明細が付いていた。正直に言うともう少し欲しい気もするが、悪い額ではない。
「猫柳さんの配慮だな。給与面でもちゃんと報いてくれるのならダンジョンの守り人も悪くない。会社と守り人の手当を合わせれば楽に生活ができる」
ダンジョンの守り人はいつまで続けられるかわからない。また、危険な仕事ではあるのでいつ死ぬかはわからない。でも、やりがいもあり、きちんと見合った報酬が付くのなら続けたいと思った。




