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第二十二話 碑文石の収集(上)

 アバタールとなり地下二層に降りる。音は聞こえないが気配でわかる。ダンジョンが騒がしい。探索者が地下二層に降りて来ている。野山羊の話では扉は潜ってしばらくすると消える。探索者の間で扉の奪い合いが始まると面倒だな。


 謎の扉を探すが見当たらない。ニュースで有ったとされる場所に行ってもそんな扉はなかった。扉はランダムに現れるのなら、困りものだ。だが、全く当てがないわけではない。


 姿鏡の魔物を連れた怨霊坊主と謎の扉の出現時期は一致する。姿鏡の魔物に謎の扉を開く能力があるのなら、姿鏡の魔物か怨霊坊主を探せばよい。


 以前に怨霊坊主に遭遇した区域に向かう。心眼の能力を使って魔物の集団の痕跡を探すと、地面に新しい痕跡が残っていた。追跡をしていくと、赤犬を引き連れた怨霊坊主の姿があった。姿鏡の魔物も一緒だった。怨霊坊主には前回、前々回と、逃げられているので今回は距離を長めに空ける。


 しばらく歩くと、怨霊坊主が部屋の中で立ち止まり、きょろきょろと辺りを窺う。赤犬も匂いをしきりに嗅ぎ出す。魔物は見られたくない状況を確認していた。念のために犬井は姿隠しの霊能力を行使しておく。


「ここまでする必要はないかもしれないが、三回も逃げられたら馬鹿みたいだからな」

 誰にも見られていないと安心したのか怨霊坊主が袖から筆を取り出して壁にさらさらと何かを書く。


 書き終わると、文字を背に姿鏡の魔物が重なる。姿鏡の魔物の姿がぐにゃりと曲がり、扉になった。やはり、姿鏡の魔物には謎の扉を出す能力があった。


 怨霊坊主は赤犬を置いて謎の扉を潜る。赤犬は役目が終わったのか集団で移動を開始する。赤犬は地下二層でも出る魔物。こうしてみれば一般的な徘徊する魔物である。現場を見なければ怨霊坊主が謎の扉を設置して消えているのがわからない。


「これが謎の扉が突如として現れる仕組みか。さて、入ってみるか」

犬井のいる方角と反対方向に赤犬が移動を開始したので、消えるのを待つ。誰もいなくなった部屋に入り、謎の扉の前に行く。扉は光沢のある銀色の扉だった。


 ドアノブを握ろうとする。ドアは触れる前に自動で開いた。奥は直線通路になっていた。記憶している地図ではドアの向こうに空間はない。ドアの向こうは地下二層ではなくダンジョンの別のどこかに繋がっている。


 ドアを潜って三歩進んで振り返るが、ドアは開いたままになっていた。確認のために戻ろうとする戻れた。一方通行ではない。


「いくつもドアが開くと、運が良ければ開いたばかりのドアから地下二層に戻れるのか。野山羊たちが帰ってこられるわけだ」


 再びドアを潜って進む。しばらく進むと、気分が良くなってきた。まるで、森林浴をしている気分だ。アバタールの力が増すのなら、ここは地下二層より深い場所になる。

「地下二層だと思って進んで行くと大怪我するわけだ」


 T字路ぶつかった。初めての場所なので地図はない。勘だけを頼りに左に進む。そのままいくつかの分かれ道を適当に進むが魔物には遭わない。魔物が少ない区域だと思っていると、縦十五m、横十五mの部屋に出た。


 部屋に半透明な女性の霊がいた。女性はすすり泣いている。バンシーだった。先に進むにはバンシーと戦わなければいけない。バンシーを見た過去はあるが戦った経験がない。以前なら、強敵だった。今なら勝てると思い、一歩を踏み出そうとしたが止めた。


 バンシーから受ける霊的な圧力が強い。同じ姿格好をした魔物でも一般的な魔物より強い個体がダンジョンには存在する。気付かずに戦うとチームが半壊、下手すれば全滅がある。目の前のバンシーが強い個体だと犬井の勘が告げていた。


「ただのバンシーではないな。サイクロプス以上に厄介かもしれない。これは迂回路を探して避けた方が賢明か。先がどうなっているかわからない以上、消耗は避けたい」


 強いバンシーではあるが行動形式は一般的なバンシーと同じだった。縄張りに入らないと襲ってこない。引き返せば問題ないと思うと、部屋の反対側の通路から銃声がした。反対側の通路の奥で戦闘になっている。


「魔物に追われてバンシーのいる部屋に踏み込まないでくれよ」

 強い魔物に追われて他の魔物の縄張りに踏み込むのは最悪に近い。前後の敵に挟まれれば一方的に攻撃されかねない。そうなれば探索者は終わりである。


 犬井の祈りは虚しく、遠くから走って来る人の足音が聞こえた。

「逃げてくる探索者は先がバンシーの縄張りだと気付いていない。これは助けてやらんと死ぬな」


 バンシーが先に動いた。縄張りに入って来る探索者を警戒したのか部屋の中央に移動する。犬井の予想通りに部屋の中に探索者五人が走り込んで来た。


 バンシーが金切り声を上げる。バンシーの声に不思議な力がある。聞いた人間を萎縮させ、動きを止める。部屋の中で探索者の全員が転倒した。奥からは探索者を追ってくる魔物の足音が聞こえる。


 バンシーは倒れた探索者に憑りつき殺そうとした。犬井はさっとバンシーの縄張りに入る。バンシーはどちらに向かうか迷った。犬井は魂奮いの霊能力を瞬時に発動させる。探索者の萎縮が解けた。


 バンシーは犬井を強敵と見て襲ってきた。バンシーが瞬間移動で距離を詰める。触れただけで命を奪う死の接触を試みる。人間には回避が難しくても、アバタールの反応速度ならかわせた。


 身を捻って逆に蹴りを入れる。バンシーは瞬間移動で大きく後退した。運悪く後から探索者を追ってきた長鼻とバンシーは激突した。


 長鼻は身長三mで、体重は一tを超える巨体である。人間の体に象の顔を持つが目は退化している。武器は血塗れの棍棒を持っていた。長鼻にとってもバンシーにとっても激突は不意打ちになっていた。


「逃げろ」と探索者に声を掛けて、犬井がやってきた道を示す。アバタールの言葉は普通の人間には聞こえないが、霊能者か超能力者がいれば伝わる。


「こっちだ」と探索者の一人が叫ぶと、犬井の横を駆け抜けていく。他の探索者も後に続いて逃げていく。ここから帰れるかどうか運だが、そこまでは面倒は見切れない。


 なにせ、犬井はバンシーと長鼻を相手にしなければならない。どちらか一体でも用心が必要。二体となると勝てるかどうかわからない。


 長鼻がバンシーに象の鼻を大きく伸ばして、絡め取ろうとした。バンシーは素早く回避して距離を空ける。部屋で三人が三角形の位置取りになった。長鼻は獲物を逃して憤っている。バンシーもまた縄張りを荒らした長鼻に対して怒っていた。


 現状は一対二ではなく、三つ巴の戦いだった。バンシーと長鼻が先に潰し合ってくれたら楽だが、現状を理解したのかバンシーと長鼻は動きを止めた。


 魔物同士が共闘して襲ってくる事態は珍しくない。黙って待っていてはまずい。バンシーと長鼻が冷静になり『まずは犬井から』となると困る。犬井から先に動いた。威力を半減させた霊能力を長鼻に放つ。


「魂壁爆散 縦一文字」

 床に筋が現れ一直線に爆発する。長鼻は爆発する位置を読んで横に回避する。長鼻が何かを放り投げる仕草を取った。危険を感じたので避ける。犬井の横を透明な何かが通り過ぎ、壁にぶつかる。石が砕ける音がした。変則的な念動力か。当たるとまずいな。


「魂壁爆散 縦一文字」

同じく、わざと威力を弱めて霊能力を放つ。一度目に威力を見ていた長鼻は耐えられると踏んで突進してきた。爆発の中を突き進んでくる。長鼻は棍棒を犬井に振り下ろした。


 身を捻って回避する。反撃で蹴りを撃ち込む。長鼻の体は巻藁のように丈夫で効いていない。犬井の攻撃は大した威力がないと長鼻は過信し、棍棒で殴ってきた。


 犬井は反応速度を上げて避ける。突きを次々に打ち込む。威力は充分だが、長鼻の体には大してダメージにならない。だが、長鼻が一回の棍棒を振るうまでに犬井は六回攻撃する。手数は犬井のほうが多い。


 攻撃が当たらずに長鼻が苛々し出した。長鼻が犬井に気を取られた隙をついてバンシーは長鼻を背後から襲う。死の接触を両手に纏いバンシーは長鼻の背後から首を絞めた。長鼻が苦しみ出したので、全力で霊能力を行使する。


「魂壁爆散 方円之陣」

 長鼻の真下に円陣があらわれバンシーを巻き込み爆発する。バンシーは爆発の刹那に瞬間移動で後方に回避した。長鼻は逃げるタイミングを失い直撃を受ける。


 膝を突いた長鼻の眉間に光る粉を纏った蹴りを入れる。長鼻の眉間で爆発が起き、長鼻は衝撃で昏倒した。


 まだ、生きてはいるが無理に追撃はしない。バンシーの姿が消えた。背後に気配を感じる。振り向きざまに裏拳を放つと、背後にバンシーがいた。バンシーは犬井の攻撃を避ける。


 バンシーは瞬間移動を小刻みに繰り返し、犬井の背後に回って攻撃を繰り返す。回避できているが、厄介な攻撃をしてくる。


 犬井は全力で体から光る粉を噴出した。光る粉で部屋が満たされる。バンシーは縄張りに固執して部屋の外に逃げなかった。光る粉が爆発する。範囲が広いので威力は強くはない。だが、バンシーの目を奪う作戦は成功した。


 高速で詰め寄る。手を刀に変えてバンシーの首を刎ねる。バンシーは小さく泣くと消えた。あとは、まだ意識が回復しない長鼻に近付き、首に巻き付き、締め上げて窒息させた。

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