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第二話 アバタール投射法

 気が付いた時には病院のベッドの上だった。光が眩しい。生きていると実感できた。目を覚ますと、部屋にいた看護師が慌てて駆けて行く。腕を上げると、腕は細くなっていた。


 体に管が入っているので、寝たきりになっていたと知る。どれだけ寝ていたのか見当が付かない。眠って起きたが疲れていた。その後、医者が来てあれこれと質問する。ぼーっとする頭であれやこれやと答える。


 頭がはっきりしてきた時に医者の言葉がわかるようになった。

「犬井さん貴方はダンジョンへと下りるエレベーター・ホールで倒れていました。重篤な状態で搬送後、五年ほど眠っていました」


「札幌ダンジョンはまだありますか?」

 五年の月日が経過したことに対して出てきた言葉は家族の心配でも、仲間の安否ではない。ダンジョンがまだ存在するかだった。医者は顔をちょいとばかし(しか)める。


「ありますよ。でも、もう貴方は探索者を辞めたほうがいい。ダンジョンは今や五年前と比べてあまりにも危険になった」


 ダンジョンがまだ存在すると聞いて安心した自分がいた。医者が忠告する。

「まずは身体のことを考えてください。五年寝ていたんです。筋肉はだいぶ衰えています」


 体が弱っている現状はわかる。体を起こすのすら億劫だった。医者が帰ったあとに鏡を見る。三十になった自分の顔が写った。短く切りそろえられた黒髪。とろんとした目。皮肉を感じさせる唇。顔も痩せてはいる。だが、髪型以外はダンジョンに潜る前と同じだった。爪を確認すると、きちんと切られて手入れされていた。姉さんかな。


 夕方には姉の百合が病院にきた。百合は黒髪の長身の女性だった。ネットショップで雑貨の販売する仕事をしていた。。百合は目覚めた犬井を見て安堵した。


「やっと目を覚ましたな、馬鹿弟。立て替えている入院費は払ってもらうわよ」

言葉はぶっきら棒だが、語感には柔らかさがある。百合は顔には出さないが犬井を心配していた。

「出世払いになるけど、きっと返すよ、姉さん」


 百合の顔が曇った。

「出世払いでもいい。だが、もうダンジョンには行かないほうがいいわ、懲りたでしょう」


 将来は考えていない。だが、漠然とダンジョンに行くと犬井は感じていた。

「約束はできないよ。俺には霊能力以外になんの取柄もない。健康でなくなって、体も衰えた感がある。霊能者でいられるのもダンジョンの中だけだろう」


 怒るか、と覚悟した。だが、本心を偽っても裏切るだけだ。百合は怒らなかった。

「あんたの人生よ。あんたの好きに生きればいいわ。だが、無理はしないで。それと、父さんが札幌の地下に消えたわ。あんたの目が覚めなくなって二ヶ月後の事件よ」


 犬井の父親は札幌ダンジョンを管理する下級役人だった。役所の上の人間はダンジョンには入らない。だが、時折調査の必要性があれば下の役人はダンジョンに潜る。


 眠っている間の父親の失踪には衝撃を受けた。

「どこら辺? 死体は発見された?」


「浅い階層に向かったとの話だけど、予定された階層に足を踏み入れた形跡がないわ。また、同行メンバーが全員消えているの。ダンジョンに呼ばれたのかもしれないわね」


 不可解な事件だが、ダンジョンでは何事も起こりえる。それがダンジョンだ。ダンジョンで消息を絶った人間は四十九日を超えると死亡扱いになるのが今の法律だった。


 ダンジョンの地下にエレベーターで降りると、たいていは特定の階層に着くが、極稀にエレベーターは予期しない場所に出る。一般的に『ダンジョンに呼ばれる』という現象だ。ダンジョンに呼ばれた人間が帰ってくる事態はままある。


その時は大きな発見や大層なお宝を持って帰ってくる展開が多かった。

「ならこれで二人だけになったのか」


 犬井の母親は失踪していた。動機も理由もわからない。ただ、ダンジョンの入口付近で見かけられたのが最後である。犬井はつくづくダンジョンに魅入られた家系だと思った。


 百合が帰ってから社会復帰に向けてリハビリを行う。リハビリは思うようにいかなかった。筋力が戻らず、心肺機能も低下していた。重い物が持てず、走れない。リハビリが思うようにいかないので医者に相談する。医者は気の毒にと言いたげな顔で告知する。


「犬井さんの外見は三十歳ですが、骨、内臓、筋肉は六十代です。原因はわかりませんが、体の中だけ老化しています。これ以上はリハビリを続けても体は元に戻らないでしょう」


 内臓の急激な老化。ダンジョン探索者に起きる不思議な現象として知られていた。ダンジョン内の魔物の攻撃により起こるとされている。攻撃を受ければ外見そのままに老衰で死ぬので、寿命を抜かれるともいえる。


 可能性はあった。僧正に寿命を抜かれた。僧正は放っておいても犬井が死ぬと思ったからこそ、犬井に止めを刺さなかった。探索者としての犬井は死んだと思った。


 ダンジョンは気軽に行ける場所ではない。心身ともに健康でなければ攻略は難しい。下手に手を出せば仲間も巻き込んで死にかねない。俺はもう無力なのか。これ以上はよくなりようがないので退院が決まった。


 退院の前日、一人病院の中庭でベンチに腰かけていると犬井と同じくらいの年齢の女性が近づいてきた。肌は白く、肩まである髪は白と黒に分かれている。顔立ちは端正で綺麗な目をしていた。服装は犬井と同じクリーム色の病衣を着ている。


犬井勝三いぬいかつみさんですか? 私は猫柳美住といいます。貴方と同じ霊能者系統の探索者です」


猫柳は犬井を知っていたが、犬井は猫柳を知らない。

「探索者はもう廃業ですよ。こんな体ではダンジョンに入るのは自殺行為だ」

「アバタール投射法と呼ばれる霊能力があります。幽体離脱といったほうがわかりやすいでしょうか」


 幽体離脱は霊能力の一種である。アバタールとなり魂と体を切り離せばダンジョンでも行動できる。アバタールが使えれば、肉体を地上においたままダンジョンにアバタールとなった幽体だけを降ろせる。


 アバタールは目に見えないが、強い霊能力を行使できるので、アバタールならばダンジョン攻略も可能だ。ただ、かなり格の高い霊能者にしかアバタール投射法は使えない。

「知ってはいますが、俺にはできませんよ」


 猫柳は微笑む。微笑みはどことなく怪しい魅力があった。

「私が犬井さんにアバタール投射法を伝授してあげてもよいのですが、どうしますか?」


 詐欺でも本物でも月謝は高いと思った。詐欺かどうかはあとで支払い前に資格を確認すればわかる。でも、なんで俺の境遇を知っているのだろう?


「もう一度、ダンジョンに入れるのならお願いしたところです。でも、高いんでしょうね?」

「もちろんです」と猫柳は認めた。猫柳は人指し指を立てて指示する。


「では、まずこの指の動きを見てください」

 猫柳が指を横に動かすので目で追った。ふっと意識が途切れる。気が付けば犬井はアバタールとなり上から下を見下ろしていた。下にはベンチにもたれた犬井の体と見上げている猫柳がいた。宙に浮かぶ犬井を猫柳が微笑む。


「あとはご自分で練習なさってください。ただ、アバタールはダンジョン以外では保持すると消耗が激しいです。無理をし過ぎて消えないように気を付けてくださいね。消耗による消滅は死を意味します」


 わけがわからないが、急ぎ体にアバタールを戻すとベンチの上で目が覚める。目が覚めた時には猫柳の姿はどこにもなかった。

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