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第十七話 懸賞金

会社に出勤してパソコンで探索者用のニュースをチェックする。僧正の懸賞金が大幅に上がっていた。年末ジャンボ宝くじの一等賞金と同じ、かなりの額だった。


「ここまで高額になると狙って僧正を狩ろうとする探索者もでてくるな。倒せれば一攫千金だが、犠牲者も出るぞ。何をそんなに焦っているんだ」


浅い層に出てくる僧正は一味違う。懸賞金の出所は劉財団探索者組合となっている。資金力はあるのかもしれないが、目的がちょっと見えない。バフォメットを手中にするとか言わなければいいのだが、不明なのが不気味だった。


 アバタールになって地下一層を巡回する。魔物に異変はない。僧正もいない。だが、探索者に遭遇する頻度は増えた。遭遇する探索者は動きを見ていてわかるが新人ではない。普段なら地下一層を探索しないような奴らだ。明らかに何かを探している。


「地下一層は新人の修行の場でもあるからあまり荒らさないでほしいが、懸賞金の額が額だからな」

 ちょっと惜しい気もしていた。犬井がアバタールになって僧正を倒しても懸賞金はもらえない。


存在が認識されず、碑文石も持ち帰れない、では倒しても証明できない。懸賞金がそっくりもらえればどこかにアパートでも建てて、家賃収入で暮らしていけるのにと思う。


 だが、そこで思考は止まった。探索者を辞めてどうするのか? 何かやりたい仕事でもあればいいが、なければきっとダンジョンに戻って来る。アバタールであれば体が動かなくなっても関係ない。

「案外、俺はもう死ぬまでダンジョンから離れられないのかもしれない」


 ぞっとすると同時にそれでもいいと思う自分がいた。気を取り直して、ダンジョンを探索するが変化がない。地下二層も探ってみるが、同じような状況だった。束の間の、平和の言葉が頭に浮かぶ。


 体に戻って給湯室で茶を淹れていると野山羊がやってきた。

「犬井さんにお話があります。犬井さん暇でしょう?」


 なんだ? 飯にでも誘ってくれるのか、とちょっと期待する。だが、野山羊の言葉は違った。

「浅い階に出る僧正について調べてください。多額の懸賞金が懸かっています」


 なんだ、期待して損した。でも、働かないおじさん相手だからそんなところだろう。

犬井はやんわりと忠告する。


「状況が変わった。僧正を狙うのは止めたほうがいい。浅い階に出る僧正は訳ありだ。弱い訳でもないから、金目当てだと痛い目を見るよ」


「私たちが狩るのではありませんよ。チームで話し合ったのですが、懸賞金は魅力ですが、地道に稼ごうとなりました」


 ダンジョン探索なんて地道な仕事ではない。探索者なんて所詮は楽して大金を稼ぎたい人間だ。そんな中でも堅い方針を取る探索者はいる。大胆に、時には堅実にだ。今の野山羊のチームのリーダーがそうなのなら、全滅の危険性は低い。


もっともどう警戒しても全滅する時はするのがダンジョンなのだが。気になったので訊いておく。

「野山羊さん、個人としてはどうなの? 僧正に因縁があるんでしょう」


 少しばかり悔しそうな顔をして野山羊は答える。

「私としては僧正を倒したいです。僧正を倒せるようなチームではないと、どのみち深層まではいけません。ですが、高額懸賞金付きです。足の引っ張り合いも起きるでしょう」


 探索者同士の駆け引きは理解できる。美味しい話だと思った連中は他人を助けて自分が不利になるような真似はしない。汚いとか、綺麗とかではなく、それが人間の本性だと犬井は思う。わかっているだけ野山羊は大人だとも評価できる。


『善人には務まらず、悪人は生き残れず、中途半端は儲からず』は探索者の格言だ。

野山羊は僧正を倒したがっていたが、執着しない態度は立派だ。拘りや執着はダンジョンでは悲劇を生みやすい。時には一歩を引く必要がある。でないと、仲間を危険に曝す。


野山羊は新人だが探索者としては成功するかもしれないと薄々思った。

「チームで追わないのなら僧正の情報はいらないでしょう。なぜ、知りたいの?」


「私の友人に中国系探索者の(ワン)(リー)がいるんですが、王のチームが追っているんです。それで、情報にもお金が出るそうなんですよ」


「友人ってことは新人でしょう? 大丈夫なの僧正を追って? 野山羊さんも痛い目を見たでしょう」

「王たちは五人編成のチーム四つで追っています。討伐は一番強い人たちがやります」


数がいればよいわけではないが、数は力。二十人の編成なら当然、霊能力者がいる。腕の良い霊能力者がいてチーム・ワークがよければ僧正とて討てるかもしれん。

俺の出番はない可能性もある。それなら、それでも良いが。


野山羊の言葉は続く。

「中国系探索者組合では、傘下の企業に情報を流しているそうです。ただ、日本側の情報は入らないので、私に知っている情報があれば教えて欲しいと頼まれました」


 中国系探索者が閉鎖的に情報共有しているニュースはない。日本とロシアを出し抜く気かな。日本側探索者組合からの情報提供がないから、別個に動いている可能性も捨てきれない。どちらにせよ、探索者組合同士はあまり仲が良くないと見た。


野山羊が頼む。

「私も調べるだけは調べて教えてあげたいのですが、有益な情報がなくて困っているんです。犬井さんは探索者が来るスナックとか行くんでしょう? ちょっとネタを仕入れてきてください」


 そういえばそんな話をしたな。いいか、スナックに顔を出してみるか。久々にスナックに行く。スナックのママは元気にしているかな。店は雑居ビルの中にある。


店の前に行くと『スナック・よいこ』の看板はなく『Bar しずる』となっていた。

五年の月日は飲み屋にとって長い。スナックは潰れていた。犬井の後ろからお客がくる。勘だが探索者だと思った。スナックからバーになっても客層が探索者なら問題ない。


情報が仕入れられればいい。後ろから来た客を先に通して、後に続こうとする。

「いらっしゃーい」と男の野太い声がする。客の背中越しに見えたが、背の高いいかにもな感じのオカマが見えた。店はスナックからオカマバーになっていた。


「これも世の流れか。前の探索者メンバーのリーダーの金子がオカマバーは面白いと評価していたが」


新規で一人で入るには勇気がいった。くるりと背を向けてビルから出る。スマホで探索者がよく見る情報ページを開く。近場にスナックを見つけたので入った。


落ち着いた感じの明るい店だった。だが、初めてきた客にはホステスのガードが固くあまり他の探索者の話をしてもらえなかった。こればかりはホステスの人柄があるのでなんとも言えない。ただ、収穫はなかった。


翌日、野山羊に正直に伝える。

「何も目ぼしい情報が手に入らなかった」


野山羊は呆れる。

「自信がありそうだから期待したんですが、期待外れでした。いいです、あとはこっちでなんとかします」


 戦えない。事務仕事もできない。情報収集もダメでは、本当に使えない働かないおじさんと思われてもしかたないが、でも一人で初めて行くオカマバーはハードルが高い。

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