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第十三話 風通し

「起きてください。朝ですよ。寝てばかりいると体に毒ですよ」

 目を覚ますと、弁当とカップを持った野山羊がいた。野山羊の顔は渋い。この緊急時に働いていないと誤解されているのだから、無理もない。


 野山羊が机の上に食事をおく。

「これ朝食です。待機は今日の十四時をもって解除となります」


 椅子に着いて食事を確認する。弁当は炒飯弁当で、カップの中身は味噌汁だった。簡単な食事だが朝食抜きよりはよい。


「戒厳令はどうなったの? 有毒ガスは?」

「作業の遅延により戒厳令は延長されましたが、十二時三十分をもって解除です。有毒ガスは発生元が特定され、塞ぐ作業に成功しました。あとは、ガスを濾過して完了です」


 大量の有毒ガスがすぐになくなるとは思えないが、処理の目途は付いたのか。バフォメットがこれで隔離された部屋から出てこないのなら当面は問題ない。だが、あのままにはしておけないので、いずれは装備と人員を集めて退治しなければならない。


「ダンジョンには入れるの?」

「七十二時間データをとって国の決定会合をもって決めます。うちは仕事を割り振られていないので、社長からは明日から代休を取るようにとの指示です」


 休める人員を休めておかないといざという時に総崩れになるので、賢い判断だ。

「皆、疲れているから、そうしたほうがいいね」


 野山羊が疲れた顔でチクリと発言する。

「私も同感ですね。一名元気な人がいますが」


 野山羊は俺に厳しいな、まあ、寝ていた人が、休暇を取るなんて贅沢と思っているのかもしれないが、俺だって働いているんだけどな。言ってもわかってくれないだろうから主張はしないが。


 一人で朝食を取る。炒飯はまだ温かいので美味しかった。味噌汁にいたっては会社の給湯室で作ったのか、熱くて美味い。

「野山羊が作ったのかな。なかなかどうして、美味しく作るものだ」


 食事を終えて事務室に行くと、竜田が食事をしたまま眠っていた。こちらも相当疲れているみたいだ。他の事務員も社長に随伴しどこかに行ったのかいない。探索者の控室に行ってもよいが、野山羊や探索者とて疲れている。そっとしておこう。


 元気になったので、書庫に戻ってアバタールとなりダンジョンを見に行く。入口付近では人の気配が多いが、昨日よりも減っている。また、場に流れる空気もピリピリとしていない。煙になってダンジョンに降りる。


 地下一層には探索者がいた。有毒ガスがどの程度残っているのか調査していると見ていい。アバタールは呼吸していない。空気を吸わないのではっきりとはわからないが、有毒ガスはかなり薄れていると感じた。以前は感じた死を思わせる気配が引いている。


 有毒ガスは専門外なので専門家に任せればよい。ただ、大仏殿がどうなっているか気になった。大仏殿に向かうが魔物はいない。いないのではなく、大仏殿への通路には出現できなくなっていると感じた。


「弱い魔物は有毒ガスにより一掃されたと見ていい。だが、出現する気配もないとはちょっと妙だな」


 大仏殿に繋がる入口が石壁になり消えていた。昨日は金属質の隔壁により閉鎖された。石壁はおかしい。調べるが隔壁の痕跡がない。偽装されているのかもと思い壁に触れる。普通の石壁のようにすり抜けられる。石の中を進むが、空洞もなければ何かにぶつかりもしない。大仏殿だった空間がすっぽりと消えていた。


 元の大仏殿入口だった場所に戻る。ダンジョンでは不思議な状況によく遭遇する。わけがわからないが、それがダンジョンだ。帰ろうとすると、通路の先に佇む黒い人影に気が付いた。人間ではない。魔物だが、闇を纏っているので正体はよくわからない。闇の魔物が話しかけてくる。


「話をしよう。今の世界はおかしいと思わないか?」

 言葉を話す魔物は珍しくない。下層に行けば謎かけをしてきて答えられないと襲って来る魔物もいるが、どうもその類ではない。攻撃されても良いように用心はしておく。


「おかしいも、おかしくないも、今はあるものがここにある、それだけだ」

「世界は間違っている。ダンジョンは災厄を捨てるゴミ捨て場と化した。だが、いずれは満杯になって溢れ出す。探索者がいくら処理しても追いつかない」


 言っている意味はわからないが、闇の魔物との遭遇は初めてではないと知った。声の質や雰囲気がバフォメットがいた部屋で囁いていたものと同質だ。バフォメットの部屋で堂々と活動していたのなら、危険な存在には違いない。だが、闇の魔物からは敵意を感じない。


 危ないかもと思ったが会話は続ける

「俺に何かをさせたいのか? だったら、報酬を持ってこいよ。タダ働きは御免だ」

「碑文石について知るといい。知れば知識が報酬となる」


 闇の魔物はすっとダンジョンの奥に消える。気配が消えた。もっとはっきり教えてくれればよいだろうと苦く思う。


 碑文石は魔物が倒された時に出る石である。探索者会社を通して国に売っている。国では碑文石を利用して、エネルギー、素材開発、新薬の研究に使っている。どのように利用しているのかは知的財産権が絡むので公になっていない。


 探索者も回収して換金されるのが大事なので、どう使っているかはあまり気にしてはいない。犬井にしても会社に渡した先の利用実態は知らなかったし、知ろうとも思わなかった。


 大仏殿をあとにして他の場所を見て回る。すると、ダンジョン内では珍しい風を感じた。ダンジョン内でも風が吹く場所はある。だが、犬井が立っている場所はよく知った場所であり、風が吹く場所ではない。しばらく歩くが、風は止まらない。


「ダンジョン内の空気が動いている。ダンジョンが内部の空気を排出しようとしているのか」

 探索者組合や市による除染活動の一環ではないと思えた。広報では濾過と言っていたが、現状はダンジョンの機能による換気に思えた。


どこに排出しているのかわからないが、単純に街中に流れているのならパニックになっているはず。だが、先ほどの地上ではそんな状況にはなっていない。だとすれば、人のいない場所に空気が排出されているのか。いったいどこへ、と思うがわからない。


 ただ、このまま空気の入れ替えが進めばダンジョンにまた探索者が入れるようになる。ダンジョンは魔物を産み、探索者を殺す。だが、ダンジョンは人の出入りを歓迎しているのだろうか? 知れば知るほどダンジョンとはわからなくなる。

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