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第十二話 駆け引き

 アバタールとなり、ダンジョンに向かう。空から見てもダンジョンの入口付近には大勢の人間がいる。探索者だけでなく、自衛隊や警察官もいるのだが、アバタールの目から見れば違いがわからない。


 あれだけ大勢の人間がいれば、霊能者や超能力者も混じっている。

「凄い人手だ。まるで祭りだな。祭りなら奇祭なんだろうけど」


 犬井は体を煙状にする。目立たなくして少しずつ侵入する。エレベーター・ホールまで気付かれずに侵入できた。エレベーター・ホールは異変がすぐにわかるように煌々と明るい。空気に混じりながら地下一層に降りる。地下一層に人はいない。ただ、空気が重く感じるので有毒ガスが発生している可能性は充分にあった。


「死を連想させる気配がある。有毒ガスのせいか」

 注意して辺りを見れば何やら筒状の機械がある。監視とガス濃度を計っている。ガスは空気より重いらしく下の階層に流れていっている。ダンジョンはどこまで深くどこまで広いかは知られていない。


 このまま放置しておいても有毒ガスは下へ下へと流れて行ってくれるのなら良い。今日明日で地上に溢れてくるものではない。有毒ガスの成分はわからない。だが、エレベーター・ホールには電気が点いていた。火花が散って爆発する類のガスではない。


「街を救うためにやってきて、俺が地下ごと街を吹き飛ばしたのなら笑えんからな」

 大仏殿には煙状のまま進んで行く。有毒ガスのせいか、バフォメットを恐れてのためか魔物とは遭わない。大仏殿の入口まで来た。中をそっと覗くと、強烈な威圧感を放つバフォメットが碑文石を背に目を閉じている。碑文石は入口と反対側の壁の奥にある。


 僧正の姿は見えない。これでバフォメットが眠っている振りをしていたなら、人生は終わりだ。注意深く見るが真偽はわからない。寝ている方に賭けた。


 空間を漂う煙状なら感知もされないだろうと判断してゆっくりと大仏殿に侵入する。バフォメットに動きはない。問題はどこにスイッチがあるかだ。霊能力には心眼と呼ばれる発見に適した能力がある。心眼を使い、壁や天井を見るが、入口付近にスイッチはない。


「誰が部屋を隔離するスイッチを作ったのかわからんが、こういうのは入口付近に作るものだろう」と愚痴がこぼれる。そろそろと、心眼で壁をチェックする地道な作業が続く。されど、スイッチは見つからない。天井も見るがスイッチはない。


 本当にスイッチがあるとしたら、バフォメットの近くになる。

「嫌だなあー、行きたくないなあ」と思う。ホラー映画だと必ず犠牲になるパターンだ。現状は行くしかない。


 バフォメットの寝顔をちらりと見ると、とても気持ちよさそうに寝ているので、すぐには起きそうにはない。近付けば異変を察知して飛び起きる可能性も充分にある。ゆっくりとバフォメットに近付いていくと異変が起きた。


 何か微かな音が聞こえてくる。聞いてはいけないと思うが、音はだんだんはっきりしてくる。音は声となり意味が掴めるようになる。

「話をしよう。君にいい話がある。きっと君も満足する」


 バフォメットの声かと思いどきりとする。だが、バフォメットの瞳は閉じたままだ。では、誰が語り掛けて来るのか? 犬井はバフォメットと同じ空間に長くいすぎたために起こった精神の変調だと判断する。これは幻聴なので相手にしてはいけない。


 無視して作業を続けるが、幻聴はずっと囁きかけてくる。

「憎い奴はいないか? 妬ましい人間はいないか? 不幸にしたい人間はいないか?」


 あまりにもしつこいので『スイッチの場所を教えろ』と言い返しそうになるが我慢する。だが、我慢しても囁きは続く。


「この国の人は他人が幸せになる判断を得意としない。皆で幸せになるくらいなら、皆で不幸になる未来を望むんだ。そんな人間を葬りたくないか?」


 声には力があるのか無視しても苛立ち集中力が落ちてくる。ただでさえ見つかり辛いものを探しているのに、これでは見つかるものも見つからない。それでも作業を続けるが、スイッチはないので段々とバフォメットに近づいて行くしかないがやるしかない。


 声が一度止まったのでほっとする。だが、場の空気が変わった状況に犬井は気が付いた。バフォメットが目を覚ましたと直感した。近づき過ぎたのがいけなかった。だが、バフォメットは動かない。寝た振りをしている。となると、バフォメットが起きた事態に犬井が気付いていると、勘付かれるのは危険だ。


 犬井は感情を殺してスイッチの探索を続ける。バフォメットの目は閉じたままだが、見られていると感じた。バフォメットは視覚に頼らない方法で犬井が何をしているか窺っている。おそらくは、何をしているのか興味を持っているのだろう。


 全力で逃げるか? いや、悪手だ。任務は失敗となるし、背後からの攻撃は避けるのが難しい。攻撃の種類によっては即死も有り得る。


 立ち止まってきょろきょろとする。何かを探している仕草で目的を匂わせる。バフォメットが起きた事態には全く気付いていない演技を続ける。すると、バフォメットが無意識なのか背後の碑文石にふっと意識をやった。


 まさか、バフォメットの背後の碑文石にスイッチがあるのか。もしそうなら、最悪の場所だ。碑文石はバフォメットが振り返って手を伸ばせば届く位置にある。バフォメットは巨体だが、動きは鈍いと考えるのは危険だ。


 バフォメット・クラスの魔物なら下手をするとアバタールの反応速度より速いかもしれない。捕まえられたら終わり。だが、行くしかない。スイッチを起動させて瞬時に現場を離脱するしかない。


 犬井はバフォメットが眠っているか確かめる風を装う。バフォメットは眠っている演技をして誤魔化そうとしていた。こちらを不意打ちしてやろうと企んでいる。


 犬井はあからさまにそろそろと碑文石に近付いて行く。バフォメットの傍を通る時は胸が苦しくなった。攻撃されたら危険だが、バフォメットは動かない。こちらが目的を遂げる瞬間に動いて、後悔の中で死ぬのを見て楽しむ気だ。


 碑文石に近づくと直径五㎝の円があった。円を注視する。触ると起動しそうだった。そっと手を上げてわざとゆっくり動くと見せかけて素早く触れた。


 ぶんとバフォメットの手が異様な角度で曲がって迫って来た。予想していたので犬井は体を縮めて回避する。そのまま、体を車輪状に変えて入口に向かう。入口では天井から金属質の壁がゆっくり降り始めていた。


 逃げられると思った瞬間、体が硬直した。バフォメットの邪眼だ。方向を調整できずダンジョンの壁に激突する。勢いを利用して、壁をすり抜けようとしたが無駄だった。部屋の壁に謎の力が働いておりアバタールでも通過できない。


 壁に激突すると痛みが体に走る。視界ではバフォメットが立ち上がっていた。戦闘になったらまずい。犬井は体を狼に変えて、入口に走る。だが、時間が遅くなったように体が進まない。バフォメットの邪眼により体が捕らえられている。


 バフォメットが歪んだ微笑みを浮かべて近づいて来る

「招福魔滅 五光招来」と霊能力を使い、を発生させる。強い光によりバフォメットが目を細めた。


 邪眼が解除された隙に犬井は体を変化させる。体から光る粉を吹き出しダミーを作って入口に飛ばす。本体も入口に向かって走らせる。


 同時に二体で移動すれば、バフォメットがどうするか? 二体を攻撃してくる。犬井の読み通り背後からバフォメットが力を放った。


 ダミーの体は爆発して光を放つ。本体も体がバラバラになりそうな強い痛みを覚える。犬井は強く意識を保ちつつ、体を千切れた布状に変えた。バフォメットからは二体を倒したように見える。


 思惑通りにバフォメットが犬井を倒したと勘違いした。犬井は千切れた布状になった体を飛ばして閉まりつつある扉に迫る。扉の下は十㎝しか空いていなかったが、布状なら充分に通過できた。隔壁が閉まったのを確認する。隔壁の向こう側からは音はしない。


 バフォメットは隔離された。だが、これで本当にバフォメットが出られなくなったのか犬井には疑問だった。


 仕事はやり遂げた。アバタールでなければできない任務だった。犬井が地上に出ると陽が暮れかかっていたので、ちょうど良かった。今は陽に当たりたくない。会社に戻ると誰もいなかった。理由はわからないが、待っていると眠くなったので会社のソファーで眠った。

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