第十一話 思惑
判定回です。二日後に結果が出るので、この回で二部を作るかどうか決めます。一部はきちんと区切りが良いところまで続けるので安心してください。
もはやここまでかと覚悟をした。悪魔が僧正に目を向ける。僧正は数珠を手に悪魔に向かって何やら呪文を唱えた。すると、悪魔の目がとろんとなって閉じて行く。何の意図があるかわからないが、僧正は悪魔を眠らせようとしていた。
僧正が悪魔に掛かりっきりの今なら逃げられる。犬井は即座に逃げる選択をした。悪魔も僧正も犬井を追ってこなかった。
エレベーター・ホールまで逃げると胸がどきどきして、息切れした。たった数分の出来事だが死にかけた。地上に出ると碑文石を確認しにきた探索者組合の人間と地下から逃げて来た探索者の間で混乱が起きていた。
事態を見守りたいが、疲労感が強い。すぐに混乱は収まりそうになかったので本体に戻る。これから、竜田は忙しくなるだろう。犬井にできる仕事はない。
「お先に失礼します」と表面上はのほほんと構えてタクシーで帰宅した。帰ると疲れがどっと出る。気が張っていたのでわからなかったが、悪魔から受けていた圧がすごかったのだと知った。犬井はベッドで倒れるように眠った。
朝、テレビを付けるとニュースがやっていた。札幌に二十四時間の戒厳令が出ていた。市民は外に出ず家からいるようにとの命令だ。ダンジョンができた時に戒厳令が出せるように法は改正されていたが、実際に出たのは初めての経験だった。
戒厳令の名目は札幌ダンジョンの地下に大規模な有毒ガスが発生したためとなっていた。現在、探索者組合支援の元でガス抜きの作業中だとニュースでは告げる。外に下手に出るとガスを吸う恐れがあるので、外出を控えるようにと報道している。悪魔が出たあと有毒ガスが発生した可能性もある。だが可能性は薄い気がした。
「まさか、悪魔は地上に出られるのか?」
人を睨んだだけで灰にする悪魔が地上に出て来たら大惨事である。ダンジョンの魔物は外に出てきた過去はない。だが、大仏殿にいた悪魔が地下一層の浅い階に出た過去もない。前に起きなかったから、これからも起きないと考えるのは思慮が浅すぎる。
携帯に探索者組合からのメールがあった。内容は会社に籍がある探索者は会社待機、フリーの探索者は探索者会館待機となっていた。事態を危険視して上が動いていた。
公共機関は減便で動いていたので、乗り継いで会社に向かう。会社に行くと疲れ切った竜田がいた。昨日から帰っていないのはあきらかだった。
「いまどんな状況ですか? 俺に何かできる仕事はありますか?」
「会社には札幌市より正式に協力要請が出ました。社長はいま市庁舎に行っています。仕事はないと思いますが、犬井さんもライセンス保持者なので今日は会社で待機してください」
人の目がない状況を確認して切り出す。
「有毒ガスの発生って本当ですか?」
竜田も辺りに人の目がないのを確認する。
「ダンジョン内で有毒ガスが発生したのは本当ですが、問題は大仏殿内に出現した悪魔です。組合ではバフォメットと呼んでいます。バフォメットは規格外に強い魔物です」
ガスが出たのが本当ならバフォメット対策は難航する。アバタールなら有毒ガスの影響は受けないのでダンジョン内に入れるが、人間なら専用装備が必要だ。バフォメットは今どうしているかが気になる。
邪眼だけでも厄介なのに、有毒ガスまで撒き散らすのなら地上に出すわけにはいかない。
「バフォメットが地上に出てくる気配はあるんですか?」
竜田の顔は暗い。
「ないと、願いたいですが、こればかりはなんとも。野山羊さんの話ですが、バフォメットはどうにかできる魔物ではないと、下手に手を出すと死体の山ができると警告していました」
悪魔系の魔物は光を嫌う傾向にある。光で倒せるわけではないが、活動を開始するなら夜だろう。それまでには何か手を打ちたいが探索者組合に方法はあるのだろうか。
会社の扉が開く。会話を中断すると、先代社長の牛込が立っていた。牛込は少し老けていたが、立ち姿はぴしっとしている。牛込は笑顔を二人に向ける。
「竜田くん、なにができるかわからないが、来てしまったよ。一応は会社の相談役だからね」
「いえ、相談役に来ていただけると心強いです」
牛込は犬井に顔を向ける。
「犬井くんちょっと話がある。書庫で話そう。老いぼれの愚痴に付き合ってくれ」
これは何か頼み事があるなと直感した。書庫で二人になると牛込が神妙な顔で切り出す。
「犬井くんにお願いがある。アバタール投射法で大仏殿に行ってほしい。最低でも現状を確認してきてほしい」
近付くだけでも危険なので本来なら断りたい。だが、生身のベテラン探索者では近づくだけでも難しい。アバタールでもなければ無理な依頼だ。
「俺が適任なら俺が行きます」
「行ってくれると助かる。それでだが、もし可能なら大仏殿内にあるスイッチを探してほしい。スイッチを作動させれば、隔壁を降ろして大仏殿を閉鎖できる」
そんな仕掛けが大仏殿にあるとは知らなかった。五年前にも調査や探索で大仏殿に入った経験がある。だが、五年前にはそんな仕組みはなかった。探索者の中にもそんな装置の存在を知るものはいない。
「どこら辺にあるんですか? 大仏殿は広いですよ。小さなものなら見つけられない」
「残念だが、あるとしか言えないんだ。バフォメットはいま眠っているはず。バフォメットを起こさないようにスイッチを発見して、大仏殿を閉鎖してくれ」
バフォメットを倒せと命じられたら無理ですと断るしかない。だが、寝ているバフォメットを起こさないようにスイッチを押すなら可能かもしれない。もっとも、バフォメットが起きたら終わりだし、僧正が邪魔をしてくれば無理だ。
「難しい仕事ですね。報告にはなかったかもしれませんが、バフォメットがいる部屋で僧正を見かけました。僧正と戦闘になればいかにバフォメットが眠っていても目を覚まします」
牛込は断言した。
「僧正は邪魔してこないよ」
不思議だった。
「なぜ、僧正が邪魔しないと言い切れるのですか、根拠が知りたいです」
「バフォメットを夢の世界に繋ぎ止めているのが僧正だからだ。なんのためにバフォメットを眠らせているかわからないが、バフォメットを目覚めさせたくない点では僧正と探索者組合の利害は一致している」
確かに僧正が呪文を唱えるとバフォメットは眠った。僧正が怨霊坊主を使ってダンジョンに呪詛をかけていた理由が判明した。ダンジョンの力を借りてバフォメットを眠らせるためなら理由が付く。だが、なんのために行っているかは依然謎。世のため、人のためではないことは確かだが。
牛込がしっかりと犬井の目を見て頼んだ。
「やってくれ、札幌とダンジョンを守るために君の協力が必要なんだ。探索者組合の規定通りに危険手当は出す」
探索者組合の危険手当の額は危険な割には少ないとの認識が一般的だった。五年前より上がっただろうが、これもダンジョンの守り人の勤めか。
「いいですよ。札幌がなくなったら引っ越し先を探すのが大変そうだ」
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