表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

第十話 百億円の惨劇

 その日は、ダンジョンから帰ってくると、就業時間を過ぎていた。帰ろうとすると竜田がまだ残っていた。残業だろうかと思うが、表情が少し暗い。


「どうしました? 何かお困りごとですか? 俺で良ければ相談に乗りますよ」

「探索者チームが帰還予定時刻を超えても帰ってこないんです。今日は夜明けと同時に入っているので遅すぎます」


 探索者が帰還予定時刻を超えて帰ってこない状況はままある。重篤な怪我をして身動きがとれなくなった可能性もあれば、大きな成果を上げている状況もある。たいていはトラブルに巻き込まれているが、危険なものではなく手間だけが掛かる状況がほとんどだ。


 経験者から言わせれば、数時間の遅れはよくある。帰還に手間取って一晩を越すなんてざらである。それでも無事に戻って来るのが良い探索者だ。


「一層なら入っている人も多い。孤立しても、上手く立ち回れば帰って来るでしょう」

「だと、いいんですが」と竜田は苦い顔で応じる。


 どれ、飯の後に見に行ってやるか。一階の中華料理屋がまだやっていたので、回鍋肉定食を頼む。一階の中華料理屋はまずまずの味だが、注文してから料理が出て来るまで早いのでせっかちな犬井には合っていた。


 店にある新聞を読むと、世界各国の自然災害のニュースが溢れている。『観測史上初』『二十年に一度』『記録更新』の文字が踊る。


 幸いに日本には死者が百人も出るような大きな災害は永世の暦に入ってからここ二十年起こってはいない。世界的に自然災害が増える状況はちょっと異常であり、ネットではダンジョンの加護と噂されているが立証はされていない。


 このまま帰宅するならビールの一杯も飲みたいところだが、このあとダンジョンに行くかもしれないので控えておく。食事が済んだので会社に戻ると、まだ竜田が残っていた。探索者は帰って来ていないのか。


「心配なのはわかりますが、俺が待機していますから、帰ったらどうです。探索者が戻ってきたらショート・メールを入れますよ」


 竜田の表情は疲れていたが、不安が消えていた。

「探索者の野山羊さんから連絡がありました。なんでも、大発見をしたので今日は帰れないとの話です」


 危険な目に遭ったのではなく大きな成果を上げたのなら素晴らしい。だが。地下一層で目新しい発見なんてあるのだろうか? 一層は五年前にほぼ調べ尽くされていて目新しいものはないはず。気になったので尋ねる。


「何を見つけたんですか?」

「他の探索者チームと一緒に巨大な碑文石を見つけました。時価百億円相当だとか」


 信じられない話だ。そんな碑文石が地下一層にあったら既に誰かが見つけているはず。なんでいままで見つからなかった。


「場所はどの辺ですか? まだ、未発見の隠し区域ですか?」

「それがですね、大仏殿だというんですよ」


 大仏殿は知っている。探索者には有名な場所である。地図で見れば藻岩山スキー場の地下辺りにある場所である。誰がいつ作ったかわからないが、高さ十五mの銀メッキの大仏がある。大仏がなくなり碑文石に変わったのだろうか。


「大発見なので探索者組合の調査チームが確認に来るまでチームは現場で待機です」

 百億円が落ちていれば奪い合いや、誰に権利があるかで訴訟にでもなりそうな懸案だ。また、それだけの大発見なら現場を保存しておかないと、荒らされる可能性もある。


 これで竜田さん今日は帰れないな。

「泊まりですか大変ですね」


 力なく竜田が笑う。

「朝には社長が来るので交替しますが、発見が発見だけに仕方ないですよ」


 犬井は竜田と別れると書類保管庫からアバタールを飛ばした。地下一層の大仏殿を目指す。大仏殿に向かう通路は一本道ではない。途中分岐もあるがよく知った道である。覚えているのですぐに着いた。


 縦五十m、横五十m、高さ二十mの石室が大仏殿である。大仏殿には探索者が二十名近くいた。人間は半透明に見えて輪郭だけなので誰が誰だかわからない。野山羊もいると思うが判別できない。


 部屋の奥には大仏があるはずだが、大仏はなく代わりに十tはありそうな碑文石がある。モンスターが碑文石と化したものなら、歴代最強クラスの魔物がいた経緯になる。どんなのかはわからないが、そんなのが地下一層にいたのならぞっとする。


 二十人も探索者がいれば霊能者や超能力者が二、三人はいる。見つかって魔物と間違えられると面倒だ。そろそろと壁伝いに移動して見つからない位置に移動する。


 碑文石を部屋の端から眺めていると、良い気配を感じない。輝き、色、大きさは申し分ないのだが、なんともいいしれない引っ掛かりを感じる。探索者の中にいた霊能者が碑文石を霊能力で調べようとした時に事態は動いた。


 急に石室内に風が巻き起こり地面が黒くなる。探索者が慌てて退避すると魔物が現れた。山羊の頭、蝙蝠の翼、牛の尾、を持つ人型の悪魔。全長は五mだが、出現すると辺りに禍々しい気を放った。悪魔は目を瞑って座っている。即座に犬井は理解した。あれはまずい。


 探索者たちが驚き銃を構える。よせと叫ぶが、誰も犬井には気付かない。探索者の銃が一斉に火を噴く。だが、弾丸は空中でボロボロに錆びて崩れ落ちる。悪魔のところまで弾丸は届きもしない。


 火薬の匂いに反応したのか、はたまた音を感知したのか、悪魔が薄っすら目を開けた。まずいと思って、犬井は探索者の前面に飛び出す。悪魔から黒い波動が出た。

「招福魔滅 五光招来」


 犬井から放たれた光の波と黒い波動がぶつかると、お互いに相殺して消えた。もし、犬井が霊能力を使っていなければ耐性がない探索者は今頃は行動不能になっていた。


 犬井と全力の力と、悪魔の何の気のない一撃は互角。悪魔が本気になれば、犬井は一撃で消される。とてもではないが勝ち目はない。


「逃げろ、逃げるんだ。こいつはまずい」と犬井の気持ちを代弁するかの如く霊能力者が叫んで逃げ出した。だが、百億円の碑文石を前にして、躊躇う探索者が出た。


 悪魔が視線を向ける。探索者の五人が真黒になりさらさらと灰になる。邪眼だった。しかも、かなり強力な能力だった。


 野山羊たちが巻き込まれていなければよいが、確認はできない。悪魔はさらに逃げる探索者たちの背後から再び邪眼を放とうとする。犬井は宙に浮かんで叫んだ。

「こっちだ。こっちをみろ」


 悪魔の視線が下から上に動き、探索者から外れた。邪眼が犬井に向き放たれる。体を締め付けられるような不快感が襲う。犬井は邪眼の力に飲み込まれまいと踏ん張った。


 悪魔の邪眼に犬井は耐えた。一睨みであの世行きはない。だが、現れた悪魔とは戦いにならない。きりきりと鳴る嫌な音がする。悪魔の横に青い炎の門が現れて、僧正が出現した。悪魔一体でもどうにもならないのに、僧正が合流してくれば全く勝ち目がない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ