天才と天狗面と私
小学生の頃、とにかく勉強が友達だったことがある。
ライナスのタオルを持って寝ていた頃だ。
本当はライナスといえば毛布なのだけれど、私は手触りの一等良いタオルが、お母さんの代わりだった。
そんな横道はさておき。
名前を付けはしなかったけれど、本当に勉強とは友達だった。
頑張れば「偉いね」という返事の返ってくる友達。
一生懸命に対して、目に見える百がお手紙のように返ってくる親友。
※
それは算数の授業の時のことだ。
その日はちょっと変わった毛色をしていた。
教室の二辺ほどのロッカーの上に、ひたすらプリントの入った箱が用意されていたのだ。
何が始まるんだろう?
そんなことを思った生徒を他所に、先生は説明を始めた。
それは小テストのリレーのようなものだった。
とはいえ、実際にテストというわけではなく、けれど競う類のものらしかった。
誰がどれだけ早く解けるか、というのだ。
小学生というのは単純なもので、そこにゴールテープがあれば走り出してしまう。
そんなお年頃だった。
御多分に洩れず私もそうで、その日はとてもわくわくしたのを覚えている。
競争が出来て、友達と遊べて結果次第では報告すれば「偉いね」と返事が返ってくるだろう。
良い成績を出して、お返事が欲しい。
私は俄然やる気になっていた。
※
一枚目は机に配られた。
公平を期すため、らしい。
先生の合図と共に一斉にみんながカリカリと解き始める。
いつもは少なからずざわざわとする教室は、その時ばかりは鉛筆のコッコッと机とぶつかる音以外はしーんとしていた。
みんな一心不乱に解き進めている。
やがて一人、二人と二枚目に向かうものが出始めた。
そこからは自分でプリントを取りに行く。
私もそう時間を置かず二枚目を取りに行った。
どれだけ解いただろうか。
一枚、また一枚とこなすうちに多数はペースが落ちていき、残るは少数精鋭となった。
私もその中になんとか食い込んでいた。
そしてまた一人、そして一人と、脱落していく。
とうとう最後の二人になった。
後から団子になって追って来るのも見えるが、ほぼ、私と彼だけ。
二人だけのデッドヒートだ。
むしろ私の方が少し早い。
抜いた。
一枚差が開いた。
※
『簡単なのに何苦戦してんの?』
私の中の私が天狗の仮面を獲得した瞬間だった。
手が止まる。
私は今何を考えただろう?
何か恐ろしい場所へと、足を踏み入れてはいないだろうか。
結局私は、団子の中に入ることを選んだ。
仮面は足元。
被る時は決して来ない。