トイレの赤い奴は小さくて
「俺が俺であるように、お前はお前なんだよ!」
「私が知ってたのはこんな痛みじゃない。」
「君だから、君だから助けられたんだ」
「お前が欲しい」
「行こう。この空の向こうへ!」
……。違うよ。コイツらじゃない。僕が求めているのはこう言う奴らじゃない。
○
【トイレの赤い奴】
学校のトイレの3番目。そこでノックを3回する。そして呼びかける。「花子さん」と。そうすると出てくるよ。返事をするよ。昔々に死んでしまった花子さんが。
そんな噂を聞いて女の子達が集まった。
「はーなーこさーん」
返事はない。
「なーんだ。噂かー。」
そんな風に残念がって女の子達はトイレを後にした。
「はーなーこさーん。」
就寝前に女の子はそんな声を聞いた気がして振り向いた。
そこには扉があり、いつの間にか自分は見知ったトイレの中にいた。
手順を間違えてはいけない。間違えれば次の花子さんになってしまうから。
○
市立矢野中学校。中学2年生の山凪メイは、理科室の机に小綺麗に書かれたその文章を暇つぶし程度に読んでいた。授業は相変わらず教科書と先生の自慢話のような説明が続くばかりでメイにとっては退屈でしかなかった。じきに眠たくなってきて、メイは落ちてくるまぶたに抗えずそのまま眠りについた。
とんとんと優しく肩を叩かれてメイは目を覚ました。
「山凪さん、もう授業終わったよ?」
そう言ったのは友達の岸サユカで、眼鏡をくいっと人差し指で上げて呆れたような視線を向ける。
「寝ちゃった」
そんな返事をし、メイは広げたままの教科書やノートを片付ける。その中でふと頭をいましがた見たであろう夢の映像がよぎる。
暗い教室。首の長い先生。サユカが暗い顔でメイに人形を渡している。そんな夢。
メイはフッと笑った。
「どうしたの急に笑い出しちゃって。」
友人の頭がついにおかしくなったのではないかとサユカは怪訝な表情をする。
「変な夢見たなーって」
「あっそ。夢もいいけど、もうすぐ期末だよ?勉強しなよ。」
はーい。とテキトーに返事をしてメイとサユカは理科室を後にした。
「で、どんな夢見たの?」
廊下を歩きながら隣でサユカが訊ねる。メイは天井を少し仰いでから「なんか不思議なやつ。サユカが人形渡してきた夢」そう言ってまた笑った。
「変なの」
サユカはまた怪訝な表情をするも、呆れたように笑った。
教室につき、メイは自分の席へと戻って最後の授業の準備をと机の中に手を入れる。
「ッ!」
むにゅっとした感覚に慌てて机から手を引き出す。
「何……」
ゆっくりと中を覗くと、そこにはどこかで見たような人形が入っていた。どこで見たんだろうと思考を巡らせることなくそれが先程の夢で見た物であると直感した。
そっと引き出してみる。おじさんが華やかな着物を着た人形。どこかコケシを思わせる姿をしている。
「何これ……。」
思わず声も出る。
メイはその人形を机の横にかけてある鞄の中へと入れて、落ち着くためにトイレに向かった。
(私、疲れてるのかな?)
トイレの個室に入り、鍵を閉める。深いため息をついて天井をなんとなしに見上げると鼻と大きな口がついた風船が浮いていた。
「キャッ!」
思わず悲鳴が漏れる。風船は口角を最大まで上げて笑っており、その不気味な存在はメイに恐怖を与えるには十分すぎた。怖さで動けないメイの目にはうっすらと涙が浮かび、徐々に体が震え始めていた。そんな折に後ろから袖をナニカに掴まれた。
「ッ!?」
もはや声にはなっていないその悲鳴は誰にも届かず、メイのひたいにはあぶら汗がにじむ。
ソレを確認すべくメイは上に向けていた顔を後ろへ恐る恐る向けた。
『ばあっ』
「ヒッ!?」
ようやく漏れた悲鳴。そこには黄色い帽子を深く被り、赤いスカートをはいた女の子が壁に埋まっていた。
涙がメイの頬を伝い落ちていく様を見て女の子はあからさまにあたふたとし始める。
『ご、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだけど!』
どうしよう!と動揺を隠しきれない女の子を見ているうちにメイの中で恐怖が薄まってきた。
メイは涙を拭う。それを見て女の子は安心したようにふうっと一息ついた。
『本当にごめんなさい。まさかそんなに驚くと思ってなくて……。』
「大丈夫。正直驚いて死ぬかと思ったけど、もう大丈夫だよ」
メイも落ち着き女の子にきちんと向き直る。女の子の目は帽子の影で見えなかったが、鼻や口と、目に見えるところは血色が悪く、心配になる程だった。
まじまじと顔を見られて恥ずかしくなったのか女の子はぷいっとそっぽを向きもじもじとする。
「ごめんなさい。顔色悪いから心配になっちゃって……。」
『か、顔は元々こうだし!心配しないでも大丈夫だから!そ、それよりもお願いがあるんだけど!』
女の子は恥ずかしさを紛らわすように声を張り上げる。そして壁に埋まった体の方を向いてからまたこちらを向いた。
『これ、埋まっちゃって出られなくなったの……。引っ張ってもらえないかな?』
そう言った女の子の手に力が入る。
「いいよ。」
メイの返答に嬉しそうに女の子が口角を上げる。
「じゃあいくよ?」
メイが女の子の手を掴みうんと引っ張ると女の子の体は案外すんなりと壁から抜け、メイはその拍子に扉にお尻をぶつけた。
痛そうにお尻をさするメイを尻目に女の子は飛び跳ねたりクルクル閉じた便座の上で回ったりと嬉しそうだ。
『ありがとう!おかげで助かったよ!』
女の子はそういうとメイのお尻をさすってくれた。
「助かったなら良かった。」
女の子はにんまりと笑うと、『本当にありがとう。私は花子。また会おうね!』そう言って霞のように消えた。
これが花子さんと、私との出会いだった。