ヒールの使えない治癒師 (1/4)
「パーティメンバーを紹介してほしい、ですか?」
晴れた日の昼下がり。いつものように冒険者の対応をしていたフローレンスは、目の前の冒険者の言葉に少しだけ意外そうな声を上げた。
「はい。受付ではパーティメンバーの紹介もやっていただけると聞いて……もしかして、まずかったですか?」
「あ、いえ、それは問題ないのですが……」
フローレンスが応対しているのは、まだ新しい法衣に身を包んだ女性治癒師だった。駆け出しからようやく一歩進んだような、まだまだビギナーといった程度の装備。フローレンスの手元には彼女に関する資料があり、記載されたクエスト実績も見た目相応で、まだ初心者向けのクエスト依頼をソロで数件こなしただけの旨が記されている。
だがもちろん、そういった冒険者が珍しいわけではない。最初は誰もが駆け出しで、他の冒険者とのツテなどある人間のほうが少ないのだ。必然、パーティを組みたければ受付に紹介を求める、というのもそう不思議な話ではない。
けれど。
フローレンスが意外なのは、目の前にいる彼女が「治癒師」である、ということだった。
――治癒師。
その名の通り、人の怪我を治すことができる特殊な職業だ。教会と関わりが深く、そういったスキルを持つ人間の大半は教会所属の神官か、教会出身の元神官と考えてほぼ間違いない。教会に居れば安泰なものを、何を間違ったか冒険者などになってしまった人間が、特に「治癒師」と呼ばれているのが現状だった。
「セレナさん、でしたか。治癒師の方であれば、パーティメンバーは選び放題かと思われますが……?」
フローレンスが、女性のネームプレートを見ながら尋ねる。
女性治癒師の名はセレナ。応対するのは初めてだが、フローレンスにとって見かけたことはある人物だった。そもそも数が少ない治癒師という職業。さらに若い女性で、容姿も整っているとなれば、印象に残っているのも頷ける。
「それって、例えばあそこの掲示板にあるパーティ募集の張り紙とかのことですよね?」
「ええ、そうです。右側がメンバー募集で、左側が所属先募集ですね。治癒師であれば、所属先募集を出せばすぐにも数件の申し込みが来ると思いますよ」
「ふむふむ……」
言いつつも、治癒師――セレナの表情は晴れない。
「それって、条件とかもつけられるんですか?」
「条件ですか? そうですね。メンバー募集の場合は募集職を記載することが多いですし、所属先募集でもある程度の希望は皆さん書かれますね。特に若い女性であれば、女性だけのパーティを希望する方なんかは多いです」
「ふむふむ……。でも、そうすると当然、条件も一緒に張り出されちゃう感じですよね?」
「それは、まあ、そうですね。……何か気になることが?」
フローレンスが尋ねると、セレナは少しだけ言い淀んで。
「……ちょっと、自分のスキルのことで。公言したくはないのですが、かなり特殊な事情があるので、それでもよいと言っていただける方がいないかなと」
「ああ、そういうことでしたか。であれば、はい、私の方で事情をうかがって、適したパーティを推薦させていただくことも可能です。勿論、最後は当人同士で調整いただくことにはなると思いますが……いかがでしょうか?」
「は、はい。ぜひお願いしたいです。……あの。正直、ダメもとなので、無理なら無理と言ってもらえると助かります」
「……? そんなに難しい条件なのでしょうか?」
フローレンスがセレナの身なりと、活動実績に目を通す。
取り立てて特殊な事情はないように見受けられた。装備も普通だし、活動実績も少ないながら真面目さが伺える。自分よりずっと高ランクの人としかパーティを組みたくない、という無理難題もたまに言われるが、彼女はどう見てもそういう高望みタイプではなさそうだった。だからこそ、彼女のこの慎重さにフローレンスは内心首をかしげる。
とはいえ、仲介を頼まれれば否やはない。フローレンスは頭の中で、いろいろと寛容そうで治癒師を探していそうな冒険者たちを頭の中で思い浮かべながら、セレナの言葉を待った。
「…………」
しばらくの沈黙があって。
ゆっくりと、セレナの小さな口が開く。
「それがですね」
「はい」
「私、治癒の魔法を……つまり、<<ヒール>>が使えない治癒師なんです――」
〇 〇 〇
「失礼します……」
二日後。冒険者ギルドに数多ある会議室、その一室。
フローレンスに促され、ヒールの使えない治癒師セレナが扉を開けて中へと入る。
中にはすでに、黒づくめの大男が一人、待っていた。男が鋭い視線をセレナとフローレンスへと向ける。
「……っ!」
セレナは思わずその威容に息を呑んだ。
一方、フローレンスはどこ吹く風だ。
「もう、怖がらせないでください。若い方だとはお話してあったでしょう?」
「む……そういうつもりはないんだが」
言いながら、男が少しだけ困った顔をする。
……今日は、セレナはフローレンスに「紹介できる冒険者が見つかった」として呼び出されていた。
事情もある程度伝えていて、それでも「話は聞こう」と言ってくれた冒険者。事情が事情なだけに、セレナに断る理由はなかった。
だが。
想像よりも貫禄のある冒険者が出てきて、セレナは内心驚きでいっぱいだった。
「セレナさん。こちらがお話した、私が紹介したい方です」
「エディという。見ての通り剣士職、前衛だ」
「は、はい。セレナと言います。今日はよろしくお願いします」
まずはセレナが深々と挨拶。その後、フローレンスに尋ねた。
「あの……フローレンスさん? 本当にこの方ですか……?」
「そうですよ。見た目はこうですけど、エディさんはセレナさんと同じFランクです。なんならクエスト実績はセレナさんのほうが上で、ギルドでは先輩ですよ」
「えっ」
セレナの大きな目が、一際丸くなる。
「……」
男は応えない。その態度は、明らかにフローレンスの言が事実であると認めていた。
当然、セレナの頭は「?」でいっぱいに。
「まあまあ、その辺りのお話も、エディさんご本人からお聞きしていただければと。会議室は1時間で予約してあるので、終わったら受付で使い終わった旨ご連絡ください」
「あ……はい、分かりました。お手数おかけしてすみません」
「いえいえ、これが仕事ですから。先ほどはああ言いましたけど、エディさんは信頼できる方ですので、そこはご安心ください」
そのまま「では私はこれで」と言って、フローレンスが立ち去っていく。
セレナは当然、この話し合いにフローレンスも同席してほしかったが、冒険者ひとりひとりにそこまで時間を割けるほど受付嬢は暇ではない。
……というわけで、室内に残されたのは二人だけ。
「……」
「……」
流れる気まずい静寂。
破ったのは、当然ながらエディだった。