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ハルト兄弟と田舎貴族 (2/3)

「はあー、生き返るねえー」


 ……手合わせ後。

 ハルトとブルーノは、アゼットを連れて冒険者ギルドに併設された大浴場へとやってきていた。

 軽く身体を洗った後、三人そろって湯船へと浸かる。


「まさか、冒険者ギルドに浴場まであるとは……」

「みんな最初は驚くみたいですね」


 入浴の習慣は、基本的に貴族のものだ。最近では大衆向け浴場なども各地に出来つつはあったが、いまだ一般的とは言い難い。もちろんよほどの物好きでなければ一般家庭に浴槽はないし、そもそもそれだけの湯を調達することが一般人には難しかった。

 そんな中で、冒険者ギルドの大浴場。疑問に思うのは当然でもあった。


「しかし何故? 汗をかくから、という理由ならずいぶんと豪勢なことだが」


 大量の湯を消費するだけあって、その入浴料は決して安くない。それでも人気なのは、やはり冒険者が基本的には遠征する職業である、ということとも無関係ではなかった。

 つまり、街にいる間くらいはリラックスしたい、というような理由だ。加えて。


「まあ、冒険者ってのは常在戦場だからなあ。打ち身、打撲、切り傷……そんなもんは、みんな無数に抱えてる。であれば、むしろ冒険者ギルドにあるってのは理に適ってると思うがね」

「つまり湯治だと?」

「そうだ。それと、衛生目的だな。どいつもこいつも泥まみれだった時代に比べて、風呂ができてからは感染症で死ぬような冒険者もだいぶ減ったって話だ。強敵にやられるならともかく、ゴブリンに噛まれた傷から感染症が広がってパーティ全滅、なんてのは誰しも避けたいだろうよ」

「ほう……それは確かに」

「だから冒険者ギルドのお湯は、結構な頻度で取り替えているはずですよ。その分金もかかりますし、普通だったらお湯を沸かすためにべらぼうな薪が必要ですが、そこは非番の魔術師がそこそこの報酬で協力してるって話です」

「なるほどな。その辺りも冒険者ギルドならでは、というわけか」

「まあまあ、感心するのもいいがまずはゆっくり浸かれって。どこもまだ痛むだろう?」

「むっ……」


 ハルトの言葉に、アゼットが言葉を止めてしずしずと肩まで浴槽へと沈めていく。


 ……手合わせは、比較的穏便に終了した。

 経験がある、と豪語しただけあってアゼットの腕は素人のそれではなく、少なくともランクCの剣士相当はあるとハルトは判断した。ハルトの本来の獲物は槍だがアゼットに合わせて剣を振るい、白熱したこともあって都合二時間以上、訓練場で打ち合い続けたのだった。

 剣であるとはいえ、実力的には比べるまでもなくハルトの方が上。しかしアゼットの負けん気の強さも凄まじく、その熱意に押されて少しだけ、ハルトも本気を出した。その際に、アゼットの身体に合計数発、木剣をしたたかに打ち込んだのである。

 中でも左首筋に打ち込んだ一撃はかなり重く、いまもアゼットの首筋にはくっきりと木剣の赤い跡がついていた。


「加減はしたから骨折みたいなことにはなってないと思うが、数日アザは残ると思うぞ。変な痛みがあれば治癒師に声をかけてもいいが……」

「いや、これは私が望んだようなものだ。むしろ遠慮せずやってくれて感謝している。田舎貴族とはいえ、貴族の末席に名を連ねていると、指南役もこうしたことはついぞしてくれなくてね。最近は特に物足りなかったのだ」

「そういうもんかね? 我が家の師範は泣くまで滅多打ちしてきたもんだが。なあ、ブルーノ?」

「まあ、そうですね……アゼットさんの家は、我々の家よりも子に優しかったのでしょう」

「……だといいのだがな」


 ふう、とアゼットが大きく息を吐く。その額には、じんわりと汗が滲み始めていた。


「アゼット。訓練中にも言ったが、お前さんなら冒険者としても十分独り立ちできるだろうよ。このハルトとブルーノが保証する」

「保証します。少なくとも、貴族上がりだと馬鹿にされるような腕前では決してありません」

「そうか。それはよかった。であれば、日々の訓練も報われたというもの」

「だが、冒険者やるにしたってどういう冒険者になりたいんだ?」

「どういう……?」


 ハルトの問いかけに、アゼットが少しだけ困った顔をする。


「あー、その顔はあんまり考えてなかったって顔だな」

「つまりですね、大きく分けて冒険者には2種類いるんですよ。なんだか分かります?」

「む……ソロかパーティか、とかだろうか?」

「それも分け方の一つですけど、本質的ではないんです。より重要なのは、『依頼をこなす冒険者』なのか、『そうでない冒険者』なのか、です」

「……?」


 ブルーノの話に、アゼットが口元に手を当てながら考え込む。


「……冒険者ギルドというのは、市民の依頼を受け、それをクエストとして冒険者に紹介する、仲介業のようなものだという認識なのだが……」

「はい、あってますね」

「であれば、依頼をこなさない冒険者、というのは?」

「例えばですけど、とある村が襲われていたから、その村からクエスト依頼が届く。これを請け負った冒険者は、依頼をこなす冒険者ですよね?」

「そうだな」

「じゃあ、誰の迷惑にもなっていないし、誰から頼まれたわけでもないけれど、その素材が高値で取引されるため、ダンジョンに何日も籠もって魔物を狩っていく、という冒険者は?」

「……確かに、それもまた冒険者ではあるな」

「でしょう? これが、『依頼をこなす冒険者』と『そうでない冒険者』の違いです」


 冒険者はクエストをこなすもの、という認識が広く知れ渡っているのは確かではあるが、それは一面的な話でしかない。

 確かに、冒険者ギルドに舞い込む依頼は数多く、その解決は市民に直接役立つため、そういった印象を持たれがちなのは仕方がない。けれどもそういう『依頼をこなす冒険者』のほかに、冒険者ギルドには『依頼をこなさない冒険者』もそれなりに多かった。


「この二つの何が違うかは、分かります?」

「報酬、つまり金の出どころだろう? クエストの依頼料、あるいは成果報酬として依頼者から金をもらうのが前者。素材の売却など、市場や社会を通して金を回収するのが後者ということになるわけだ」

「その通りです。そしてその違いはそのまま、冒険者としての生き方の違いになってくるんですよ」

「というと……?」

「例えば俺たち兄弟は、基本的に何らかのクエスト依頼があってから動くようにしている。理由は簡単、その方が安定して稼げるからだ。依頼はこなせば確実に既定の報酬が手に入るが、ダンジョン探索なんてのは、正直俺らからすれば博打に近い。とんでもないお宝を抱えて凱旋することもあれば、まったくの成果なしで遠征費のぶんだけ赤字、なんてこともザラにある。そういうことにロマンを感じる輩は多いが、それを生活の糧にするにはちょっとリスクがありすぎる」

「新人冒険者なんかは、そういう生き方をつまらないと言ったりしますけどね。でも現実問題、我々は命を賭ける冒険者ではありますが、ギャンブラーではないわけで」

「なるほどな……」


 先輩冒険者二人の話を受けて、頭まで茹りそうな熱さの中、アゼットはぼうっと考えを巡らせる。


 なるほど確かに、この2分類は的を射ているように感じた。クエスト依頼をこなす、というのはいわば報酬をもって「雇われる」ということで、これは冒険者に限らず人が働く上での一般的な考え方だ。仕事を選べるという点で通常の勤め人とは異なるが、それこそ傭兵稼業なんかに非常によく似ている。

 一方で誰にも頼まれずダンジョン探索で生計を立てる、というのもよく分かる考え方ではあった。ダンジョン探索のためには予算を組み、パーティメンバーの座組を考え、必要な物資を調達し、不確定な成果に向けて全力で取り組む、という姿勢が必要になる。報酬が保証されないうえに不確定要素も多いが、クエスト依頼とは異なり成果次第では利益は青天井であるとも言え、ギャンブルに喩えられるのも分からなくはない。


「この2つ、ギルドの冒険者ではどちらのほうが多いんだ?」

「数で言やあ、クエストをこなすだけの奴らの方が多いな。そもそもダンジョン探索は専用の知識が必要だし、計画立案も含めて総合的な力が問われる。俺たちくらいならやってできないことはないとは思うが、大半は『ダンジョン探索なんてやりたくてもできないし、そもそもやるつもりもない』ってところだと思うね」

「なので、一部の冒険者の間で、クエスト依頼をこなす冒険者より、ダンジョン探索やドラゴン討伐といった分かりやすいロマンを追い求めている冒険者のほうが評価される風潮があるのは事実ではあります。実際、そちらを専門にしているクランの<<宵闇の月>>や<<焔炎>>なんかは人気がかなり高くて、その人気の高さが一層そういった風潮を助長していますね」

「まあ、こつこつとクエストをこなすのは、安定していても地味だろうからな。きらきらと輝いているように見えるほうが危なっかしくても人気が高いのは、どこも同じか」

「……? アゼットさんも、何かそういう経験が?」

「あ、いや、まあそうだ。実家の方で少々な」


 言いながら、アゼットが浴槽から立ち上がる。顔は汗だくで、前髪はぴったりと額に張り付いていた。


「お、なんだアゼット。もう上がりか」

「ああ、そろそろ時間がね。二人はまだ入っているかい?」

「いや、お前が上がるなら俺たちも上がろう。せっかくだしメシでも奢ろうとしたんだが、なんだ、次の予定があるのか?」


 ざぶざぶと、アゼットに続いてハルトとブルーノが浴槽から上がっていく。

 アゼットとは違い、二人にはまだ熱さに余裕がありそうだった。


「予定の話をするなら、実は予定の時間はとっくに超過している。そもそも訓練場であんなに白熱するとは思っていなかったのだ。そろそろ、連れが心配する頃合いだ」

「なんだ、連れがいたのか。じゃ、メシは次の機会にするとしても、最後にここの名物を教えてやる。そのくらいはいいだろう?」


 そう言って、ハルトが裸を隠すこともなくずんずんと大浴場を出ていく。

 アゼットとブルーノの二人も、その背に続いて大浴場を後にした。

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