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ハルト兄弟と田舎貴族 (1/3)

「失礼。ハルト兄弟というのは、貴殿らのことだろうか」

「……あん?」


 冒険者ギルド、地下の一角。そこには、冒険者のために用意された広い空間がある。

 その名を冒険者訓練場。壁や天井には防音・耐衝撃魔法が隙間なく施されており、お金を払えば訓練用の泥ゴーレムを召喚してもらったり、常駐しているギルド専属の治癒師から治癒を受けることもできたりと、冒険者が訓練するのに申し分ない施設だ。金額もそう高くないため、訓練場は常にそこそこの人数の冒険者によって賑わっていた。

 訓練場内は大小合わせて32の区画に分けられ、1区画ずつ予約をすることができ、空きさえあればすぐに使うことも可能となっている。壁際には訓練用の木剣や木槍も並べられており、こちらも訓練場利用者であれば誰でも使うことができた。


 そんな中。

 第14区画で訓練をしていた二人――「ハルト兄弟」と呼ばれている兄と弟の二人組に声を掛けたのは、兄弟と同年代である二十代半ばの、金髪碧眼の美青年だった。

 身に着けているのはいたって普通の皮鎧。装備からするとランクDあたりの一般冒険者といった風情だったが、冒険者ギルドには似つかわしくないとも思えるその甘いマスクっぷりに、ハルト兄弟は訝しがりながらも訓練の手を止めた。


「そうだが……あんたは?」

「私はアゼットという。実は初めて冒険者ギルドというものに来たのだが、訓練所というものがあるのを先ほど知ってね。腕が立つ冒険者の訓練を見たいと受付に聞いたら、フローレンスという女性から貴殿らの名前を教えてもらったのだ。いま訓練中だからちょうどよいだろうと」

「あー、フローレンスか……。まあ、腕の立つ方なのかはともかく、駆け出しでないのは確かだな」


 兄弟のうち兄のほうが、訓練場内を見回しながら答える。

 訓練場にはいまも何人かの冒険者が居たが、その大半は装備を買ったばかりの駆け出し冒険者だったり、メンバーを集めている新興パーティによる実技試験だったりだった。少なくとも、兄の知っているような同格以上のベテラン冒険者は、いまは訓練場には見当たらなかった。

 最近よく見かける黒づくめの凄腕剣士も、今日はあいにく不在らしい。


「ハルト兄弟と呼ばれちゃいるが、実のところハルトというのは俺の名でね。こっちは弟のブルーノだ」

「ブルーノです、よろしく。しかしアゼットさん、ですか。冒険者の訓練を見たいというのは? 失礼ながら、あなたもそれなりの訓練経験がある冒険者のように見えますが」

「そう見えるかい? であれば頑張った甲斐があるというものだ」


 ブルーノの言葉に、アゼットが大仰に手を広げて装備を見せつける。

 どこにでもある皮鎧に、腰には店売りの長い剣が一本。どこにでもいる冒険者の装備に見えるが、なるほど、頑張ってそう見せていると言われれば、そうかもしれないとブルーノは思った。

 どの装備も、典型的な一般冒険者の装備品。けれど誰しもひとつくらいは抜きんでた装備を持っていたり、あるいはお金が足りず妥協した装備があるものだが、アゼットの装備は不自然なまでにすべてが平均的だった。それはそう、まるで冒険者を装うために一から買い揃えたかのようで。


「正直なところ、訓練を見たい、というのも本音の半分でね。もう半分は、手合わせするような相手がいないか探していたのだ」

「いきなり手合わせとは随分だな。いま聞いた感じだと、冒険者じゃあないんだろ?」

「それが……恥ずかしい話だが、私はとある田舎貴族の末弟でね。この歳まで領地に居たはいいが、色々あって、まあ、家を追い出されそうなんだな。ただ幼いころから剣術は習っていたから、これを機に冒険者として独り立ちできないかとね」

「ほう! それで、自分の剣術がどこまで通用するものなのか試したいと?」

「そういうことだ。理解が速くて助かる」

「ほうほうほう!」

「……どういう反応だ、それは?」


 急にテンションが上がったハルトに対し、身の上を語っていたアゼットの眉が少しだけひそむ。


「アゼットさん。実はですね、俺たちも田舎貴族の三男、四男なんですよ。冒険者仲間の中では有名な話だから、別に隠しているわけでもないんですけど」

「なんと! そういうケースがあるとは知っていたが、まさか同じ境遇の人物にこうも簡単に会えるとは。もしかして結構多いのか?」

「あー、どうだろうな。他に何人か知ってはいるが、多いってほどではねえかな。俺たちは別に隠してないが、積極的に広めたいわけではないし、素性を完全に隠してるやつも多いな。妙なやっかみを買わんとも限らん」

「ふむ……」


 田舎貴族の末弟なんていうのは、それこそ一般市民とそう変わらない――どころか、一般市民よりも生活が窮屈なくらいなのだが、そういう細かいことを知らない市民も数多い。貴族、というだけで拒絶反応を起こす人間はそれなりにいるのだ。


「ああ、だからハルト兄弟、と呼ばれているのか」

「ま、そういうこった。いかにも貴族な家名じゃ、ちょっとな」

「ちなみに家の名前は、聞いても?」

「ブルクバルド家という。北方のグラデンド領の端っこにある山岳地帯だよ。知らんだろ?」

「グランデンド領のブルクバルド家……となると、精霊石が産出されるあたりだったか? 随分と遠いところから来たんだな、貴殿らは」

「…………」

「なんだ? もしかして違っただろうか」

「いや、いや! 聞いたか、ブルーノ! まさか俺たちの家を知っているやつがいるとは!」

「……このギルドに来て初めてですよ、知ってた人。もしかして、アゼットさんもあの辺りの方なんですか?」

「ああいや、そういうわけでは。ただちょっと、父や母がこういうことには厳しくてね。ま、とにかく――」


 兄・ハルトの機嫌がいいうちに、アゼットが話を戻す。


「――とにかく、手合わせの相手を探していたんだ。声を掛ける前に少し見させてもらったが、ぜひ二人に手合わせして評価願いたい。どうだろうか?」


 本題の申し出に、ハルトが食い気味に応える。


「おう、やろうぜ! 同じ境遇同士、しかも俺たちの家まで知っているようなやつとなれば、いくらでも付き合ってやらあ! だが手加減はしねえからな!」

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