ソニアとメリー (3/3)
三日後。
ソニアは三日ぶりに、再び冒険者ギルドへと訪れた。
といってもクエストを受注しに来たわけではない。メリーから、少し話があるから、と時間指定で呼び出されたのだ。
ギルドの大きな扉を開けて中へと入る。相変わらず人の絶えない玄関ロビー。
ざっと周りを見回しても目的の人物がいないため、ソニアは受付へと足を向けた。
「すいませーん」
「はい! お待ちしてました、ソニアさん」
「あれ、フローレンスじゃん。メリーが来てるか聞こうと思ったんだけど……」
お待ちしてました、とは?
首をかしげるソニアに、フローレンスが笑顔で応じる。
「そのメリーさんから言伝で、ソニアさんが来たら会議室に案内してほしいと。時間は……ちょうどいいですね。今から向かいますが、よろしいですか?」
「あ、そうなの? そういうことなら、まあ……」
突然の流れに戸惑いを顔に出しながらも、拒否する理由もないのでソニアは頷いて返す。
フローレンスが別の受付嬢に離席を告げて、ソニアに先立って歩き出した。ソニアが後を追いかける形になる。
「しかし、会議室なんて大げさな。メリーからは他に何か聞いてる?」
「いえ、具体的な内容までは。でも、悪いお話ではないと思いますよ」
「……?」
妙な口ぶりに、さらにソニアの首が傾いていく。
そうこうするうち、二人はロビーを抜けて、会議室が並ぶ一角へ。
冒険者ギルドには、大小複数の会議室が用意されている。基本的にはギルド職員が商人や一部貴族の使いなどと打合せするためのスペースだが、有料で冒険者たちにも広く貸し出していた。パーティのメンバー採用面接や、臨時パーティの経費精算、冒険者同士の商談など、その用途は幅広い。
高ランク冒険者ほど利用する機会が増えるため、ソニアもそれなりに馴染みのある場所ではある。だが、メリーと使うのは初めてだった。
「マジで何の用なんだろ……?」
首を傾げたまま、会議室の並ぶ通路を歩いていく。
思い当たることと言えば、やはり前回の「冒険者辞める」宣言だった。ワインで酔っていて少し記憶が曖昧だが、何か色んな話をした気がする。その中にはメリーのパーティに入ったらどうか、という話もあったはずだった。
「……」
フローレンスの後を歩きながら、ソニアは思案する。
やはり、パーティに入らないか、という勧誘の話だろうか? けれどソニア自身は、そこそこ有名ではあれど、去就が注目されるほどのスターというわけでもない。いつものように、ロビーのテーブルで話をしたって誰に盗み聞きされて困るというものでもないはずだった。
「着きました。こちらの部屋でお待ちです」
結局答えの出ないまま、フローレンスがとある部屋の前で立ち止まる。
ソニアがフローレンスに「ありがとう」と軽く告げて、扉に手を掛けようとしたところで――口を開いたのはフローレンスだった。
「ソニアさん。ソニアさんとメリーさんって、私のこと、新人時代から知ってくれていますよね」
「へっ? あ、うん、そうだね……?」
あまりに突然の話に、ソニアは反射的に手を引っ込めて答えた。
「その私が、いまから冒険者になろうかなって言ったら、ソニアさんはどう思います?」
「え……いや、え? えーと、まあ、やったらいんじゃない、って言うと思うけど……ギルド職員としての知識って、多分冒険者になっても役に立つと思うし」
「ですよね? だから、きっとそういうことだと思いますよ」
言い切って、では、と告げてフローレンスが歩き去っていく。
当然ながら、ソニアの頭の中は「?」マークで占められて。
「……なんだってんだ、いったい」
ため息交じりに吐きながら、会議室の扉を無遠慮に開けて中へと入る。
「もう、メリー、どうしたのさこんなところまで借りて。話なら別にロビーでだって――――」
そう、言って。
そう広くない会議室。中にはソニアを呼び出した張本人であるメリーと。
その横には、背丈の割にとても大柄な、ドワーフ特有の背格好をした人物が、見覚えのあるナイフを手にして座っていて――
「ほう、アンタがそうかい。あァ、確かにギルドの中で何回か見かけたことはある顔な気はすンな」
言いながら、ドワーフがゆっくりと立ち上がる。
ソニアやメリーの顔を掴めそうなくらいに大きな手のひらを差し出して、彼は自身の名を告げた。
「知ってるかもしれんが、ここの鍛冶工房を任されてるドロイドという。嬢ちゃん達に頼まれてな。大人ぶった迷えるクソガキが、教会でなく鍛冶屋に懺悔したいってンで、ツラァ拝みに来てやったぞ」
〇 〇 〇
――数週間後。
「おつかれさまでした。それでは本クエストはこれにて完了ですので――」
フローレンスの説明に、パーティリーダーの女が了承の意を返し、久々に時間のかかったクエストが完了する。
報酬を金貨で受け取り、ロビーのテーブルで待つ仲間のもとへ。
「みんな、おつかれさま。少し休んだら、いつものように消耗品の精算なんかをして今日は解散にしようか。少なくとも二日は完全休養として、そのあとはまた小さなクエストをしつつ、大型クエストを待つ形にしようと思う」
パーティメンバーは四名。すでに何度かクエストをこなしているため、終了後の流れもみんな慣れたものだった。
命がけのこの仕事。黒字なのはもちろん誰もが嬉しいが、一番は誰もが大きな怪我もせず無事帰還できたことだろう。
「リーダーはこれからどうするの?」
斥候役のサブリーダーが尋ねる。リーダーの女は答えた。
「私はちょっと、武器も防具も修理に出してこようかなと。今日はせっかく、ドロイド師が担当の日だしね」
ドロイド師。
その名前に、ぴくりとパーティメンバーの一人――最近ランクBに上がった魔術師が反応する。
「工房に行くんですか?」
「ああ、そのつもりだよ。もっとも、ドロイド師の日はどうしても混むからね。みんなは先に休んでいるといい」
リーダーの女が、自身の装備を詰め込んだ大きな布袋を背負って立ち上がる。
早々に立ち去ろうとするその背中に、魔術師が急いで声を掛けた。
「工房に行くなら、すみません、途中の食堂までご一緒させてもらってもいいですか」
「食堂? ここに来る前に昼を食べたと思うけど、もしかして足りなかった?」
「ああいえ、そうではなくて」
魔術師が小銭入れを持って立ち上がりながら、言う。
「工房に差し入れを持って行ってほしいんです。とてもチーズが好きな知り合いが、きっと頑張っていると思うので」