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ソニアとメリー (2/3)

「それで? いまから鍛冶師になるの?」

「え? いやあ、まさか。だってもう、私たち27とか28とかだよ? いまから丁稚奉公って歳じゃないでしょう。こんな年増、ドワーフだって面倒見たりしないよ」

「そう? でもあのドロイド師だって、元冒険者から転じたって聞いたけど」

「あの人は例外でしょ」


 ドロイド師――それはこの冒険者ギルドの鍛冶工房を一手に担う、伝説的なドワーフの名前だった。

 そもそも鍛冶師の八割はこの手の仕事が得意なドワーフが担っており、その中でも代表的な立場なのがドロイドだ。彼の銘が入った武具は非常に高値で取引される一方、冒険者の面倒見がいいことでも知られており、時間さえあれば駆け出し冒険者の武具でさえ手直ししてくれるという。

 本来は店を構えて王族相手の商売でもしていれば大儲けのはずが、本人の意向で冒険者ギルドに在籍を続けているという変わり者だ。彼を慕うドワーフも数多く、その鍛冶工房の活躍も相まって、冒険者たちの武具は非常に高い品質が保たれているという。


「私もドワーフなら万が一もあったかもしれないけどねえ。しがない魔術師なもので。ましてや女だし」

「しがない、ねえ……。じゃあ、いままでの知識を生かして魔道具師とか、薬師とか?」

「あー、そういうのになるのかなあ。あんまり……というか全然、辞めた後のことはまだ考えてないんだけど」


 話が進むにつれて、ワインが順調に減っていく。

 昼間から酒の匂いを漂わせる女性二人組。異質といえば異質だが、少し目を横にやれば冒険成功の打ち上げをやっているパーティもおり、そこでは当然のようにエールが提供されていた。ほかにもこの時間から酒を楽しんでいる冒険者はそれなりにいて、ソニアとリリーが特に珍しいというわけでもない。


 過度なストレスと隣り合わせなこの職業、酒と冒険者は切っても切れない関係だった。

 メリーもワインを傾けながら、ふと、ソニアの手元に目が行く。そこには、華美な装飾を拵えた珍しいナイフが一丁。先ほどチーズを切っていたナイフだ。


「そういえば、そのナイフって食堂の? そんな綺麗なの、あった?」

「ん? ああ違う違う。これは私が手慰みに造ったやつ。いつだったかなあ、北方都市に遠征に行ったときに、どうしても刃物が用意できなかったから、食事用のナイフを改造するついでにちょいちょいっとね。あ、もちろん戦闘での出番はなかったやつだから、ゴブリンの血を吸ったりはしてないので大丈夫だよ。念のため」

「ああ、うん。それは良かったけど……ちょっと、見せてもらってもいい?」

「ん? いいよ。大したもんじゃないけど」


 ソニアが無遠慮にメリーにナイフを渡す。

 火魔法付与のおかげでまだほんのり温かいナイフを、メリーはためつすがめつ眺めた。大きさや形状は確かに、食事用のよくあるナイフそのもの。けれども柄の意匠はどこかの貴族屋敷に置かれていてもおかしくないほどの代物で、さらに刃に至っては触れたらばっさりと指が落とされそうなくらいに研ぎ澄まされていた。

 側面を見れば、ナイフを眺めるメリー自身のその蒼い瞳がくっきりと映り込んでいる。まるで、鏡のような磨き上がり。


「そんなので良かったら、あげよっか? まだ何本かあるし、そもそも私が作ってるんだからいくらでも作れるし」

「え? こういうのがまだ何本か?」

「うん。まー下手の横好きっていうか、魔法の息抜きっていうか。本職の人たちには見せられたものじゃないけど、やっぱり冒険中って何かと刃物が必要で、その場しのぎにそういうの作って対処したりは結構あったんだよね」


 命がかかってるんだし、使えるものはなんでも使わないとねー、と笑いながらソニアが話す。

 それは確かにそうだけど、と曖昧に頷きを返しながらも、メリーの目は真剣だった。


「ええっと、メリー……?」

「あ、ううん、すごい綺麗だったから。じゃあこれ、もらってもいい?」

「いいよいいよ、持って行って。今日の愚痴の迷惑料ってことで」

「迷惑だなんて、そんな」

「まーまー。とにかく、今日明日に冒険者辞めるってわけじゃないけど、そういう方向で考えてるって話だから。……っと、ちょうどワインが切れたし、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 そう言って少しだけふらつきながら、ソニアが席を立つ。ふらふらとしたお手洗いへの道中、知り合いの冒険者を見つけたのか、「おーっ!」なんて挨拶の声もメリーの耳には届いてきて。

 そんな中。


「…………」


 冒険者ギルド内、人の波は途切れない。メリーもこっそり立ち上がり、ざっとギルド内へと視線を回した。

 いくつかの顔見知り。その中でも幸い、目的の人物は比較的近くを通り過ぎようとしていた。声を掛ける。


「フローレンス、ちょうどよかった! ちょっといい?」

「えっ? あ、メリーさん?」


 声を掛けた相手は、若いギルド職員の女性だった。

 名前をフローレンス。主に受付や事務処理を担当していて、その容姿や物腰から冒険者にとっての人気職員のうちの一人だ。いまではギルド職員の中でも中堅に位置する立場である一方、配属当初の新人時代にメリーの担当だった縁もあり、ソニアも合わせて三人はもはや旧知の仲と言えた。


「――って。うわ、メリーさん、こんな時間からワインを空けて。お相手はソニアさんですか?」

「そ。ちょっと誘われちゃってね」

「ええと……お酒のおかわりでしたら、できれば私ではなく係の者にお願いしたいところですが……」

「ああ、ううん、そうじゃないの。ちょっと、確認してもらいたいことがあって」


 言いながら、メリーが今しがた手に入れたナイフをそっと撫でる。

 当然、フローレンスの目もそちらに向いた。


「綺麗なナイフですね。もしかして、鑑定のご予約ですか?」

「あー、素性は明らかなんだよね、このナイフ。だから鑑定は必要ないんだけど――」


 メリーは、少しだけ言い淀んで。


「……今日って、鍛冶工房開いてたよね? ドロイド師って出勤してるか、わかる?」

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