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ヒールの使えない治癒師 (4/4)

「そういう考え方って、エディさん以外にもしてる方っていると思いますか? 少なくとも、私がパーティを組もうとした人からは、誰からもそういう話をうかがえなかったのですが」

「さあな。俺は冒険者のことに詳しくないから、連中がどう考えているのかは知らん。ただ、少なくともFやEのランクでは無理だろう。治癒師を必要以上にありがたがる連中からこういう発想は出てきまい」

「それは確かに」

「加えて、ヒールの重要性がそこまで高くないことは分かっていたとしても、あんた以外の治癒師はヒールが使えるんだろう? 使えるけれど使わない、ならともかく、『使えない場合はどうなるか』ということまで考える必要が、普通はないだろうな」

「……それも、確かに」


 ヒールがなくても、人の役に立てる場面はある。

 それが分かったことはセレナにとって、とても大きな収穫ではあった。少なくともエディとの狩りで自身のスキルに不足を感じることはなかったし、ヒールがあれば、と感じる場面も一度もなかった。それは今まで荷物持ち程度の扱いでしかなかったセレナにとって、大きく尊厳を回復できる出来事だったと言っていい。


 だが、それはあくまでエディありきでの話だ。彼の実力と、それ以上に「ヒールのない治癒師でも構わない」という、非常に特異な考えがあってこその話。たとえセレナ自身がそういった考えを持てたところで、加入させてくれるパーティがそういった考えを持ってくれなければ話にならない。ろくな実績もないセレナ自身の話では、ただのホラ話として一蹴されて仕舞いだろう。


「……」


 だからこそ、彼女は思考する。

 この貴重な一件をとっかかりに、自身がこの世界で生きていくための方策を。


 今までは、ヒールも自信もなかった。

 今は、ヒールはないが自信はある。ないのはきっと、伝手とか信用とか、そういった類の話だ。

 そしてそれを分かっていたか、セレナの思案顔を見てエディが告げる。


「……あんたに必要な一切を、解決できる人物がいるだろう」

「……? えっと、エディさん、ですか?」

「違う。所詮俺はFランクだし、伝手のなさはあんたとどっこいだ。もちろん、暇なら狩りにあんたを同行させるのも悪くはない。だが、そうではなく――」


 エディがちらりと、視線をセレナの背後へと送る。

 それは冒険者ギルドロビーの奥、受付などがある方向。セレナが視線を追うと、その先にはつい今しがたその席に戻ってきたばかり、という風の受付嬢の姿があって。


「あ……もしかして」

「伝手と信用の権化みたいなもんだろう、あれは。あんたのことは俺から話しておく。あの女なら、きっといいパーティを紹介してくれるだろうよ」



   〇   〇   〇



「彼女たちのパーティ、先日ハイオークを倒したそうですよ」


 冒険者ギルド、受付にて。

 いつものようにクエスト終了の報告をし、書類手続きを進めている途中。担当受付嬢であるフローレンスの言葉に、エディは書類を書く手を止めて顔を上げた。


「クエスト依頼の冒険中に、たまたま見かけたそうです。四人がかりでの奇襲でもぎとった勝利だそうですが、エディさんとの経験が役に立ったと言ってました」

「……そうか」

「エディさんにもぜひお礼を、と言ってましたが」

「要らん。ヒールがない状況で、それでも勝てると踏んで勝った。であれば、順当な勝利だろう」


 それだけ言って、エディは何事もなかったかのように書類の記入に戻る。

 その様子に、フローレンスは少しだけ困ったように息を吐いた。


「今度会ったら、労いの言葉くらいはかけてあげてくださいね? あの子たち、エディさんから褒められるのを待ってるんでしょうから」

「……善処はしよう」


 言いながら、エディが書き終えた書類を提出する。

 クエスト終了の報告書。いつものようにフローレンスは内容をざっと確認して――


「……なんだ?」

「いえ、いえ。では、クエスト依頼はこれで終了ということで」

「……?」


 書類の向こう側。フローレンスの反応がいつもと違うことに、エディは少しだけ戸惑う。

 いつもの内容の、いつもの報告書。でも、フローレンスはどこか楽し気で。


「さて。それでは、今回はお疲れ様でした。もしよろしければ、次のクエスト内容なんかの相談も今のうちにしておきますか?」

「……何かめぼしいものがあるのか?」

「ええ。実は先ほど、どうしても攻撃魔法が使えないという新人魔術師が相談に来まして――」

「それは知らん。次の依頼は後日にする」

「でもその子、状態異常魔法や罠魔法は使えるんですって。でも攻撃魔法が使えないばかりに、パーティが組めないらしくって……ああ、なんて可哀そうに……」

「…………………………………………はあ……」


 上げかけた腰を、どっかりと降ろしなおすエディ。

 そのまま、額に手を当て大きなため息を一つ。


「……事実なんだろうな?」

「冗談みたいな話ですけど、事実です。まだギルド館内にいると思いますよ」

「…………俺は装備を修理に出してくる。その間に、そいつを会議室に呼び出しておけ」

「受けてくれるんですか?」

「知らん。話は聞いてやる。受けるかどうかはその後だ」


 ぶっきらぼうに言って、今度こそエディが席を立つ。フローレンスには向き直らずに、そのまますたすたと工房の方へと歩き去ってしまった。

 それをフローレンスは笑顔で見送って。


「……うーん、これは流石に、個人的にも何か感謝をしないと悪いですかねえ」


 言いながらも、件の新人魔術師を呼んでくるために一旦受付をクローズさせる。

 そうして今しがた提出された報告書を手に取って――


「おっと、忘れるところでした」


 提出された報告書。

 彼の性格上、普段は決してないはずの、まるで動揺がそのまま現れたかのような誤字をわざと見逃して、フローレンスは報告書にクエスト終了の承認印を押したのだった。


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