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ヒールの使えない治癒師 (2/4)

「それで、パーティを組む相手を探している、と聞いているが」

「あ、はい。それでフローレンスさんにご相談させてもらって……その、私の事情については?」

「ああ。ヒールが使えないと聞いている。確認するが、事実か?」

「はい。神官見習いとして四年、ずっと練習はしていたのですが、かすり傷ひとつ治せるようにはならなくて。かなり珍しい事例だと言われました」

「ふむ。まあ、俺も聞いたことはないな……」


 言いながら、じっ、とエディがセレナを見つめる。

 疑っているというよりは、ヒールが使えない原因を探ろうとしているような態度。それを見て、セレナが聞きたかったことを思い出す。


「あ、あの。私からも質問、いいでしょうか」

「なんだ」

「先ほどの、あの、Fランクで実績もあまりないっていう……あれは? あの、どう見ても、かなり冒険慣れしている冒険者さんに見えるのですが」

「……ああ、あれか」


 エディは少しだけ、呆れたように溜息を吐きつつ。


「冒険者になったばかりで、Fランクなのは事実だ。ただそれまでは傭兵として活動していた。剣の扱いや戦闘についてずぶの素人というわけじゃない」

「あ、なるほど。そういうことですか」

「ギルドがパーティメンバーを紹介するときは、できるだけ同ランク帯を推薦するって規則があるらしい。だからまあ、あんたみたいな事例には俺が適任だと判断したんだろうな」


 エディの言葉に、セレナはすぐに言外の意味を悟る。

 それはつまり、「普通のFランクとは組ませられない」ということだ。ヒールを使えない治癒師という、かなりのイレギュラー。駆け出し同士で組ませるのが不安だというのは、セレナ自身もよく分かる話では合った。


「あの、やっぱりご迷惑……ですよね。ヒールが使えない治癒師なんて」


 治癒できるからこそ、治癒師と呼ばれて重宝がられるのだ。

 治癒できない治癒師など、それこそ荷物持ちがいいところ。だからこそフローレンスも、一人で冒険をこなせるような傭兵上がりを私に宛がったのだ――そう結論付けようとして、口を開いたのはエディだった。


「迷惑かどうかはまだ分からん。俺はあんたがヒールを使えないとしか聞いてない」

「……? どういう意味でしょう?」

「そのままの意味だ。例えば、そうだな……神官見習いを四年していた、とさっき言っていたが。ヒール以外で使えるスキルは何がある?」

「ヒール以外、ですか? それでしたら、<<プロテクション>>や<<アクセラレーション>>なんかの支援系は一通り、あとは<<ホーリーライト>>などの対アンデット魔法が少しだけ使えます」

「ふむ。では、ソロでいくつかクエストをこなしたと聞いているが、体力なんかについてはどうだ」

「えと、前衛職のみなさんには敵いませんけれど、神官としてはかなりあるほうだと思います。ヒールができないなら、せめて身体だけでも鍛えておこうと思ったので……」

「そうか。ちょっと立ってみてくれ」

「……? はい。こうですか?」


 エディの言葉に、セレナが立ち上がる。

 まだ新しい法衣がふわりと舞った。


「後ろを向いて」

「は、はい」

「……」

「……」

「いいぞ、座ってくれ」

「……?」


 首をかしげながら、セレナが言われた通りに再度座りなおす。


「体幹がしっかりしている。傭兵時代に神官は何人も見たが、そういう鍛え方のやつはいなかった」

「あ、ありがとうございます……」


 思わぬ誉め言葉に、戸惑いながらもセレナは少しだけ泣きそうになった。

 今まで、そんな風に自分を褒めてくれる人間はいなかったからだ。


「よし。セレナと言ったな。今日、この後の予定は?」

「今日ですか? いえ、特に予定はありませんが……」

「なら行くぞ。ついてこい」

「行く……? え、どこにですか?」


 すでに立ち上がっていたエディに対し、当然のようにセレナが尋ねる。

 こちらもまた、当然のようにエディが応えた。


「狩りだ。パーティを組むために、ここに来たんだろう?」

「え……でも、ヒールについては……」

「要らん」

「え?」


 戸惑うセレナに対して、エディはもう一度。


「だから、要らん。ヒールなど、そもそも狩りには必要ない魔法だ」



   〇   〇   〇



「あ、セレナさん。打合せ終わったんですね。どうでしたか、エディさんは?」


 会議室を出て、しばし。

 掲示板を見に行ったエディを待っている間、セレナはフローレンスに声を掛けられた。


「フローレンスさん。それがですね……」

「今から狩りに出る。情報をくれ」


 割り込んだのは、早々に戻ってきたエディだ。


「え、今からですか? ということは、パーティを組むことに?」

「そうだ。クエストではなく素材獲得のための狩りにする」

「は、はあ……急ですけど、でもパーティを組んでいただけるのなら、紹介させていただいた甲斐があります。狩りということは……情報というのは、魔物素材の売価でしょうか?」


 魔物というのは、基本的に獣と一緒で、肉も皮も金になる。ただ、強い敵ほど素材の売価も高い――とはいかず、そこはやはり需要と供給の世界で、倒すのが簡単でも素材としては高価だったり、ものすごく強い敵だけど素材としては使えない、といった状況もあったりする。

 獣で例えると当然の話だ。肉が食いたいときに、わざわざ狼を狩る馬鹿はいない。その辺で捕まえられる兎を狩ったほうがよっぽど楽だし美味いからだ。


「そうだ、売価だ。ハイオークを一匹仕留めるとどのくらいの額になる?」

「ハ、ハイオーク、ですか? もちろん素材の売価を調べることはできますが、なぜハイオークの……?」

「なぜとは?」

「……? え、ハイオークを狩るわけではないですよね?」

「……?」


 かみ合わない会話に、フローレンスとエディがお互いに首をかしげる。 


「ハイオークを狩ったら何かマズいのか?」


 エディは冒険者としてはまだ駆け出しだ。

 当然知らないことも多々あるし、暗黙の了解なども理解しているとは言い難い。土地によっては狩猟禁止の野獣が指定されていることも多く、エディはハイオークもその類なのかと思った、のだが。


「いえ、えっと、マズいも何も、Cランク相当の魔物なのですが……」

「そうなのか」

「え、本気でハイオークを狩りに行くと? セレナさんを連れて?」

「さっきからそう言っているつもりだが」


 動じないエディと、柄にもなく頭を抱えるフローレンス。

 隣のセレナは、もはや二人のやりとりを見ているだけの置物と化していた。


「……念のため確認ですが、ハイオークをご覧になったことは?」

「傭兵時代に何度か。野営中に襲い掛かってきて、全て返り討ちにしている。実力は分かっているつもりだ」

「あ、ああ、それなら多少は安心しました。そうですよね、Fランクとはいえ、エディさんの場合は戦闘の実力までランク基準で考える必要はありませんよね……」


 Fランク冒険者に、Cランク相当の魔物の情報を与える。

 通常であれば、受付としては懲戒ものの行為だ。それは機密性というよりは、冒険者を死地に追いやるのが分かっていながら止めなかった、という意味で。


「あの、せめてただのオークにはなりませんか? その、セレナさんもいることですし……」

「ただのオークでは、パーティを組む意味がない。魔法一つ撃たずに狩りが終わることになる。それでは荷物持ちと変わらん」

「……!」


 荷物持ち、という言葉にセレナが反応する。

 それは、ヒールが使えない治癒師として、彼女がずっと自分自身に押し続けてきた烙印だ。


「あんたが荷物持ちとしてこいつに勉強させてやってほしい、という意図で俺に紹介してきたなら、別にオークでも構わん。が、そういうわけでもないのだろう」

「あー……」


 痛いところを突かれて、フローレンスは頬を掻く。

 つまりエディは、紹介したのなら紹介したなりの責任を取れ、とフローレンスに言っているのだ。であればもう、彼女は白旗を上げるより他になく。


「信頼しますよ、エディさん。これでセレナさんに何かあったら、Fランク冒険者にハイオーク狩りを薦めたとして下手したら裁判沙汰ですからね」

「そうはならんよう努めよう。おい」

「は、はい!」


 声を掛けられて、セレナが飛び跳ねる。


「<<北の森>>のハイオークを狩りに行く。今話したように俺は倒したことがあるが、駆け出しにとって危険であることには変わりない。あんたがもっと安全策を取りたい、というのであれば、再考しても構わない」

「は、はい」

「で、どうしたい?」

「――」


 改めて問われて、セレナは深く自問する。

 ヒールの使えない自分。千載一遇の機会。Cランク相当という難敵。荷物持ちという安全策。


「……私は、エディさんの実力を知りません。でも、フローレンスさんからの紹介ということも含めて、信頼できる方だというのは分かります」

「……」

「そのあなたから見て、ハイオーク狩りが、私たち二人パーティには適切だと判断されたんですよね?」

「そうだ」

「であれば、断る理由はありません。ぜひ、お願いします」

「……だ、そうだ」

「はあ……もう、分かりましたよ。私も紹介した責任がありますからね」


 溜息を吐きながら、フローレンスが一度奥に引っ込み、冊子を持って戻ってくる。


「ハイオークは比較的素材としては優秀で、売価もそれなりに高いです。一匹狩るだけでも、丁寧に素材化すれば、Fランクの魔物の数十倍の金額にはなるでしょう」

「この冊子に記載してある金額で買い取ってもらえるのか?」

「いえ、これは先月時点での相場なので、あくまで目安ですね。個体差によっても当然金額は上下します」

「ふむ……」


 フローレンスが持ってきた冊子には、素材ごとの単価が記載されていた。

 エディにとってはおおむね想像通りの金額。だが勿論駆け出しが容易に手にできる金額ではなく、隣からのぞきこんでいたセレナは何度も桁を数えなおしていた。


「……まあ、これならいいだろう。クエスト受注ではないから報告の必要はないかもしれんが、とにかく<<北の森>>に行ってくる。よく分からんが、何か手続きが必要ならよしなに頼む」

「畏まりました。もちろん勝手に行って帰ってきても構わないのですが、旅程表をギルドに提出しておいていただければ、その間の連絡対応や素材買取の準備、また行方不明時の捜索などにとっても便利です。ぜひ提出をお勧めいたします」

「分かった。では書類を準備してくれ。書いている間に、お前は買い出しを頼む」

「は、はいっ! 任せてください!」


 フローレンスが書類を準備する間、エディがセレナに具体的な狩りの内容の説明をし始める。

 受付として、フローレンスが繋げた縁。どうか良い結果になりますようにと、心の中で願いながら彼女は作業を続けたのだった――。

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