袖すり合うもギルドの縁 (1/2)
「それでは、どうぞお気をつけて!」
冒険者ギルドの受付嬢歴×年。
だいぶ板についてきた笑顔を形作って、受付嬢・フローレンスは今日もまた冒険者たちの旅立ちを見送った。
意気揚々とクエストに出かけて行ったのは、まだ冒険者登録から日の浅い、若手冒険者五人組のパーティだ。普段は二人や三人で行動していたメンバーを集めた、彼らにとっては初の中規模パーティクエスト。
うまく行くことを祈りながら、フローレンスは大きく息を吐く。
「ふう……」
貿易都市ハーベストに位置するこの冒険者ギルドは、国内では王都のそれに次ぐ規模の大きさだった。
正面入り口には待ち合わせや軽食などのための大きなロビーが存在し、今もひっきりなしに冒険者たちが行き交っている。そのロビーを一望できる場所には複数の受付カウンターが設置され、フローレンスを含めた受付嬢たちはそこで業務にあたっていた。
一口に受付と言っても、その業務内容は幅広い。冒険者ギルドの受付とはいえ、応対する相手は冒険者だけとは限らず、市民や商人、時には役人や貴族の相手もせねばならない。受付が空く時間帯は裏方の事務業務やほかの雑事に狩りだされることもままあって、表に見せているきらびやかな笑顔とは裏腹に、結構な重労働なのがこの職業の特徴だった。
「では次の方――」
フローレンスは先ほど見送ったパーティたちの資料を片付けながら、次の来客を呼びかける。
並んで待っていたのだろう、ほどなく現れたのは、全身に黒い衣装を纏った、明らかに冒険者然とした男だった。
「……」
大柄な体躯と、鋭い目つき。通常であれば目を合わせるだけで委縮してしまうような大男にも、当然ながらフローレンスは動じない。当然だ。職業柄、人相が悪い程度の人物は見慣れている。
けれど唯一、フローレンスが内心驚いたことがあるとすれば、その明らかにベテラン冒険者の風格を漂わせる男の顔を、彼女はただの一度も見た覚えがないことだった。もちろんギルドを利用する冒険者全ての顔を覚えているわけではないものの、これだけ特徴的な人物にまったく見覚えがないというのは珍しい。
けれども驚きを表に出すことはせず、相も変わらぬ笑顔でフローレンスは己が役割を全うする。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「……。ハーベストにある冒険者ギルドというのは、ここのことであっているだろうか」
「はい、そうです。ハーベストにはここしか冒険者ギルドはありませんので」
「そうか」
男は短く言うと、懐に手を入れて何かを取り出した。
黒い手袋をした大きな手の上に乗せられて出てきたのは、くすんだ銀色の小さなプレート。
「これをここに持ってくるよう頼まれた」
「これは……」
それは、フローレンスもよく見知ったものだった。
取り出されたのは、金属製のネームプレート。ギルドが発行しているもので、発行したギルドによって形が異なっており、男が取り出した長円形のそれはまさにこのギルドが発行しているプレートそのものだった。
「拝見しても?」
「ああ」
フローレンスも念のため手袋をして、ネームプレートを持ち上げる。
長年身に着けていたせいだろう、だいぶくすんではいたものの、刻み込まれた文字を読み取るのに支障はない。
書かれているのは、このプレートの持ち主の情報だ。それはフローレンスも顔と名前が一致する程度にはベテランの冒険者のもので、よくこのギルドを利用していた人物だった。そして、それは目の前の男とはまったく別の人物で。
――フローレンスが、瞬時にその意味を悟る。
「確かに、予定より帰還が遅れてはいましたが……。しかし、持ってくるよう頼まれた、というのは……?」
「成り行きで、看取った。<<北の森>>のあたりで、俺が見かけたときにはすでに瀕死の状態だった。知っている人物か?」
「はい、よく当ギルドをご利用されていた方です」
「そうか……」
珍しいことでは、ない。
こういう稼業をしていれば、毎日のようにどこかで聞く話ではある。大規模な討伐クエストが行われた際などは、束になって見かけることだってあった。
けれど、だからといって慣れられるものではなく。
受付という役柄上、どうしても名前と顔が一致してしまうのも、重ねて不幸ではあった。
「家族がいるのなら、遺留品の一部を引き渡しても構わないが」
プレートを眺めて少しだけその人物を思い返しているフローレンスに対し、男が言葉を投げかける。
――それは、男の親切心だった。
そもそもネームプレートをこうしてギルドに持ってくること自体が、本来であればする必要のない行為のはずだった。別に謝礼が発生するわけでもないし、移動に実費がかかっていても経費を請求できるわけでもない。加えて、冒険者の遺体が身に着けていた装備品については拾得者のものにしてよいという暗黙の了解がありはするものの、わざわざ顔を出すことによって遺品を巡った揉め事が発生する可能性だってあり得る。
けれど、男はわざわざ遺言に従ってネームプレートを持参し、遺留品の一部引き渡しまで打診した。
要するに、律義なのだろう。フローレンスはもう一度男の目を見た後、答える。
「いえ、確か彼は独り身なので、遺留品についてはそちらに所有権が――あっ」
「……なんだ?」
「ええと、彼によく面倒を見てもらっていた新人パーティがいまして、彼のこともかなり慕っていたようですから、金銭的価値のないものでよいので何らか頂戴できたらと……」
「ふむ」
男が考え込む仕草をしながら、ふっと目を伏せる。
その拍子に――果たして運が良いのか悪いのか――フローレンスの視界に映るロビー、行き交う冒険者たち、その中にとあるパーティの姿が映ってしまって。
「それなら奴の装備していたこれを――どうした?」
「あっ、いえ……その……件のパーティが、ちょうどロビーに居るのが見えてしまって」
「……ほう」
本来であれば、伝えるべき情報ではなかったはずだ。
けれどあまりにもあまりな偶然に、フローレンスに取り繕う暇はなく。
男もフローレンスの視線を追って、小さく「あれか」と呟いた。
二人の視線の先には、テーブルを囲んで軽食を取っている、若い冒険者の四人組。
「……」
「……」
さすがの状況に、二人の間にしばしの沈黙が降りる。
先に破ったのは、フローレンスだった。
「……。あの、ネームプレートをお持ちいただいた上に、お手数おかけして恐縮なんですが」
「なんだ」
「お時間よろしければ、看取った際の状況などを詳しくお聞かせ願えますか。一応、ギルドとして聞き取りすることになっている、というのもありますが……なにより、できるだけの情報を彼らにお伝えしたいので」
「……」
善意の第三者に対する、やや踏み込んだお願い。
黒づくめの男にしてみれば、なおのこと余計な仕事なはずだ。善意で拾い物を届けてみれば、警備兵に状況を詰問されて余計な時間を費やすかのような。
けれども男の律義さに賭けたフローレンスのお願いは、男から予想外の答えを引き出すことになる。
「その必要はない。彼らには直接、俺から話そう」