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11歳 -水の陽月3-

「お嬢、やはり俺が行った方が……」


「山吹……、それ6回目だよ」


昨晩から今朝にかけてという短時間で、同じ問答を既に6回もやっています。睡眠時間を抜けば、1時間に1回を上回るペースです。その度に山吹には一から説明をして納得してもらっているはずなのですが、少し経つと「お嬢……」と始まってしまうのです。


「山吹の心配も言いたい事も解るし、

 こんな事態じゃなければ私も山吹にお願いしていたと思う。

 でも、今の山吹は辛うじて動ける程度で、熱も下がり切っていないじゃない。

 そんな山吹に行ってもらう訳にはいかないでしょ」


そう、山吹が言いたい事は良く分かります。何せ私はまだ10歳です。しかもこの世界の平均的な10歳児と比べて、明らかに身体の大きさや体力などのフィジカルな面が劣っています。また十三詣りを終えていないので、通行手形だってありません。なので関所を通る必要がある場合、確実に関所破りをする羽目になります。呪詛の発生源がヤマト国内なら、アスカ村に居ると思われる茴香(ういきょう)殿下に話しを通しておけばどうにかなるかもしれませんが、他国だった場合は殿下たちの助力も望めません。


ですが山吹だって、山を下りられるような体調ではないのです。

どうにか御帳台から下りられるようになったのは昨日、皆が倒れてから3日後の夕方でした。しかも動けるようになったというだけで、熱が下がり切った訳ではありません。他人の手を借りずに自分で飲食が出来て、ふらつきながらも移動が出来るという程度で、本来ならまだまだ身体を休めていてほしいぐらいの体調なのです。


そんな山吹に呪詛の大元を探し出して、対処してほしいなんて口が裂けたって言えません。皆の看病をお願いしないといけない事すら心苦しいのに……。


(つるばみ)が今朝になって少し熱が下がりだしたから、

 明日には今日の山吹ぐらいにまでは回復するとは思うけれど……」


山吹に続いて回復の兆しが見えてきたのは橡でした。とはいっても、辛うじて意識が戻ったという程度で、御帳台から降りるどころか介助無しでは飲み物を口にする事すらできないような状態です。なので予断を許さない状況な事に変わりはありません。


ただ母上や兄上、叔父上たちはもっと状態が悪く、未だ意識すら戻りません。

そんな母上たちを置いて出かけなくてはならない事が不安で……不安で……。

ですが呪詛の大元を断たない限り母上たちが目覚める事は二度と無いと三太郎さんが言う以上、私に選択の余地はありません。


なので私はこの3日間、家族みんなの看病をしながらも大量のスポドリを作り、今年の竹醤用に作ってあった麹と備蓄してあった米を使って甘酒を作ってきました。意識の無い人に何かを飲ませるのは危険極まりない行為ですが、背に腹は代えられません。点滴も注射も無いこの世界では、スプーンを使って極少量ずつを唇を湿らせるようにしながら口へ含ませ、注意深く様子を見ながら水分と栄養を取ってもらうしか方法が無いのです。





そうやって母上たちが意識が戻る事を願いながら看病を続けてきましたが……

どうやらタイムリミットのようです。


「とにかく、絶対に無茶はしないでね。橡にもそう伝えて」


念には念を入れてそう言えば、山吹から「お嬢、それ4回目です」と返されてしまいました。だって心配なんだからしょうがないじゃない。それに山吹よりは少ないよ……と返そうと思いましたが、五十歩百歩なので止めました。


心配そうに私を見ている山吹に背を向けて、鞄を肩にかけて立ち上がります。


母上にお願いして作ってもらった、肩から斜めがけするように作られた私の鞄。その鞄に橡が作ってくれた毛美(もみ)のぬいぐるみを入れて持って行きます。このぬいぐるみは綿ではなく端切れが詰められていて、その端切れの奥には小さなものなら隠して収納できるような袋があります。今回はそこに厳選した霊石を幾つか入れておきました。他にも替えの服や山吹から貰った小刀、先日大和に行った際に叔父上から貰ったお小遣いの残りも入れました。


「じゃぁ、行ってきます」


「いってらっしゃいませ、お嬢様……。

 そして11歳のお誕生日おめでとうございます。

 戻られましたら、姫様や若様、坊ちゃまと一緒に盛大にお祝いしましょう。

 不肖この山吹、全力で準備をさせて頂きますから……。

 ですから必ず無事にお戻りください」


何時もよりもずっと顔色が悪いけれど饒舌な山吹が祝ってくれて、今日が私の誕生日だった事を思い出しました。この騒動の所為ですっかりと忘れていましたし、そもそも今はお祝いするような気分でもありませんが、祝ってくれる山吹の気持ちは嬉しく……。


「うん、お祝いありがとう……。

 兄上のお祝いもちゃんとできなかったし、兄上のお祝いも一緒にやりたいな」


そう言って少し無理をして笑いました。少しでも山吹が心配にならないように……。それに「はい」と答えた山吹も無理をして笑っています。そんな山吹に、まだ起き上がれない橡や意識の戻っていない母上たちの事を頼んで、私は水力ケーブルカーのある洞窟へ三太郎さんと一緒に向かいました。


その道中にある馬小屋は空っぽで、その静けさに何ともいえない寂しい気持ちになってしまいます。黒松と王風は水の陽月に入った途端に馬小屋から消えてしまい、もう戻る事はないだろうと叔父上たちが言っていた事を思い出しました。


逆にそこから少し先にある毛美4匹が居る小屋はとても賑やかで、「ジーーィ」だとか「キュィ」だとか、ちょっと表現しづらい声で鳴いています。兄上に良く懐いた馬たちとは違い、毛美たちは何故か異様な程に私に懐いています。子供の守り神なんていう異名があるそうなので、小さい子供の私に懐くのでしょか?





そんな寂しさと賑やかさに彩られた、まだまだ雪が残る道を進んでいきます。目指すは洞窟内にある高舞台のような水力ケーブルカーで、それにいざ乗り込もうとした時、桃さんが立ち止まってしまいました。


「桃さん?」


「俺様は……ここに残る。アイツらだけじゃ心配だからな。

 だから安心して行ってこい。おまえの大切な家族は俺様が必ず守るから」


そう言うと頭を少し乱暴に撫でてきました。アイツらと呼ばれた母上の守護精霊は今、金さんと浦さんの部屋に居ます。飲食の必要がない母上の精霊は、部屋に籠って守りの技をいつでも展開できるように待機しているのです。


三太郎さんは普段、私と一緒にいる事が多い為に殆ど使う事の無い各々の私室ですが、そこに自分たちのお気に入りの物を溜め込んでいった結果、それぞれの精霊力が他の場所よりも濃くなりました。言うなれば三太郎さん自身で作り上げた神域や聖域といった感じです。その部屋に満ちた精霊力を取り込む事で、三太郎さんに比べて色々な意味で力不足の母上の守護精霊は力を補うつもりのようです。


ちなみに何度か三太郎さんの部屋を見せてもらった事がありますが、金さんの部屋には珍しい鉱石や宝石が、浦さんの部屋には色とりどりの貝殻や珊瑚といった海のモノや鏡が、桃さんの部屋には意外にも綺麗な鳥の羽根や何故か香炉やお香がありしました。



「櫻を頼む……っていうのが違うって事は解ってるし、

 俺様が心配しなくちゃならねぇほど、おまえらは弱くねぇって事も知っている。

 だから……だから……、おまえらの事を信じてる……とだけ、言っておく」


何だかバツが悪そうにそっぽを向きながらいう桃さんに、金さんや浦さんも絶句してしまい、


「どうしました? まさか呪詛の影響が?」


と今までの経験上、煽っているようにしか聞こえない事を浦さんが言いました。ただ浦さんの表情は本気で心配しているソレで、悪意は欠片も無さそうです。同時に滅多に表情を変える事のない金さんも、眉根を寄せて怪訝そうな顔をしました。


「精霊力に大きな乱れは無いように思うが……如何した?」


「あぁ、もう!! てめぇらにこんな事を言った俺様が馬鹿だったっ!!

 さっさと行ってこい、そしてさっさと帰ってこい!!!」


顔を真っ赤にした桃さんが癇癪を起して拗ねてしまい、ふんっ!とばかりに勢いよく背を向けると、ドスドスと足音も荒く戻っていってしまいました。慌ててその背中に向かって


「行ってきます!! それから桃さん、ありがとう!!!」


と声をかけたら、振り返らないまま拳を上げて返事をしてくれました。桃さんが母上たちと一緒にいてくれるのなら、安心して旅立つことができます。残るという決断をしてくれた桃さんに感謝しかありません。


この11年。色々ありましたが、金さん、浦さん、桃さん、そして私はちゃんと信頼関係を築けていたんだと、そう思うとこんな時だというのに少しだけ嬉しくなってしまいまうのでした。





叔父上単独なら3日強。私が一緒なら7日はかかるアスカ村までの道のりを、金さんは半日で踏破するという荒業をやってのけました。金さんが常に私を背負って、精霊の持つ驚異的な身体能力で道なき道を疾走した結果が、この前代未聞の半日移動です。


こんな目立つ行為と書いて暴挙と読むような行為を実行に移した理由は、今は呪詛によってほぼ全ての人が寝込んでいる可能性が高く、目撃される可能性が限りなくゼロに近いからです。あとは呪詛の対処が遅くなれば遅くなるほど母上たちの命が危険になる訳で、その事と目撃される危険性を天秤にかけた結果とも言えます。


ただ、背負われて自分の足で移動していないとはいえ、長時間移動は私の体力を容赦なく奪っていきます。ですが今回は急ぐ旅なので、私の休憩時間は極力減らしたく……。結果として金さんには大きな籠を背負ってもらい、その中に私を入れて移動してもらう事にしました。


おかげで私は金さんにしがみつく必要が無くなり、何だったら中に入れられている温かい羽毛入りの外套にくるまって寝る事すら可能です。


そして浦さんは、基本的には私の中で回復に努める事になっています。というのも呪詛はあの日1回限りではなく、その後も夕方から夜にかけて何度も波状攻撃のように押し寄せてくるのです。その度に浦さんは守りの力を使わなくてはならず、日中に少しでも回復しておく必要があるのです。



そうして辿り着いたアスカ村は、ゴーストタウンになってしまったかのように静かでした。茴香殿下の領地となった以降は、本当に活気にあふれた村に変ったのですが今は門番すら居らず、村の中も閑散としていて通りを歩いている人も1人も居ません。


籠から出してもらって通りを歩いていると、建物の中から苦しさに呻く声が微かに聞こえてきて、思わず耳を塞ぎたい衝動にかられてしまいました。ある程度は予想していたとはいえ、実際に目の当たりにすると衝撃を感じてしまいます。


「とりあえず茴香殿下の様子も気になるし、殿下の所に向かおう」


そう言って私達は村の外れにある丘の方へと向かいました。そこに立てられた大きな建物は、殿下の居住区と研究所を渡り廊下で繋いだモノで、何時もなら門番の衛士や庭の手入れをしている庭師などなど、沢山の人の活気にあふれた場所です。


ただ、今は村の中と同様に人影一つありません。


そして門番が居ないという事は、門を開けてもらう事が出来ないという事です。しっかりと閂がかかった大きな扉は、私が押したところで動くようなものではありませんし、かといって三太郎さんに壊してもらう訳にもいきません。


「金さん、何か手はない?」


「無くはない。少々礼に欠ける行為ではあるが……」


そう言うと金さんは私をしっかりと抱え込むと、ポーーーーーンと大ジャンプをして塀の中に入ると、そのままどこかに向かって跳躍と疾走を繰り返し、とある部屋の蔀戸(しとみど)の前まで来るとようやく私を下ろしてくれました。


その途端、


「誰だ!!!!」


激しい誰何の声が私の耳を震わせたのでした。


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